VI
遅くなってしまって申し訳ありません。
待ってくださった方にはご迷惑をおかけいたしました。
初めて読んでくださる方には最大限の感謝を。
先ほどまでの土砂降りが嘘のように雲ひとつない空が広がり、夏を真近に感じさせるような陽光が照りつける。
涼はその光源に手を翳し、指の間から漏れた光に目を細めた。
「感傷に浸ってるのかしら?それとも、自分に酔ってる?」
前を歩いていた凛はいつの間にか立ち止まっており、冷ややかな笑みを涼に向けていた。
慌てて涼は手を下ろすと、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いや、なんかノスタルジーを感じてね。」
「そんな感性があるのね。まぁ私は何も感じないけれど。」
「ほっとけよ…。」
それ以降凛は後ろを振り返ることはなく、涼は黙って凛の3歩ほど後ろを歩き続けた。
行くあてのない涼の視線はふらふらと宙を彷徨い、凛の揺れる髪を捉える。
彼女の金色の髪は陽光に煌めき、形容しがたいほどの美しい輝きを放っていた。
道行く人々は凛とすれ違うと、二度見するように後ろを振り向き、凛自身も慣れているのかそれを気に留めるようなことはなかった。
凛はそのまま大きな公園に入り、屋根のある、いわゆる「東屋」に腰を下ろした。
「それで?私の何から知りたいの?」
凛はよく見ないとわからないくらいに薄く笑って涼に問いかける。
「全部っていうのもあれだからな。なんで坂井さんみたいに他人の気持ちがわかる人が、他人を拒絶して1人でいようとするのか知りたい。」
涼は失礼かと思ったが最初から1番聞きたいことを尋ねた。
何か気に障ったのか、凛は眼を閉じると、そのまま沈黙を保ち続けた。
涼は目の前の人形のように美しい少女が眼を瞑ったまま微動だにせずにいる状態に見惚れていた。
涼はそのままの時間がずっと永遠に続くのではないかと思うくらいに集中しており、周りの音は涼自身が音楽を奏でている時のように遠くなり、全く聞こえていなかった。
しかし、永遠にも思われた時間は突如として終わりを告げ、凛は眼を開いて涼が瞬きもせずに見つめていることに気づき若干こわばった笑みを浮かべた。
「あの、そんなに見つめられると流石に怖いというか不快なのだけれど…。」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃなくて、なんていうか純粋に綺麗だなって思って…不快にさせちゃってごめん。」
「別に謝る必要はないわ。美しいものに気をとられるのは当たり前だもの。」
「そうかよ…。」
普通の人なら恥ずかしくて言えないであろうセリフを凛は堂々と言ってのける。
言葉だけを捉えるならば自分自身を賞賛するほど自信に満ち溢れているようではあるが、彼女の表情は不思議と少しも嬉しそうではなかった。
「まぁ、別に構わないわ。じゃあ、話に戻るけれど、貴方は私を初めて見た印象ってどうだった?」
「坂井さんもわかってると思うけど…。」
涼が恥ずかしい告白をしようとすると、凛がそれを眉根を寄せて遮った。
「ごめんなさい。坂井さんと呼ぶのはやめてくれないかしら。あまりいい気はしないのよ。」
「あ、ごめん。別にいいけれど、じゃあなんて呼べばいい?」
「じゃあ、凛でいいわ。」
少し思案したのちに、凛は変わらぬ表情でとんでもないことを言い出した。
「いやいや、俺らちゃんと会話したのって今日が初めてだよね?なんでいきなりそんな名前呼びで、しかも呼び捨て?」
涼は、本当は嬉しい気持ちはあったのだが、混乱して自分でも何を言っているかよくわかっていなかった。
「そうね。信じてみたい…と思ったからかしら。私にとっては初めて私自身に興味を持ってくれた他人だからね。」
凛はそう言って優しく微笑む。
涼は頬がほんのりと熱くなるのを感じた。
「よくわからないけれど、とりあえずわかったよ。俺のことも涼でも篝でも好きに呼んでくれ。」
「わかったわ涼。よろしくね。」
凛としては普通にそう言っただけだったが、この時涼に与えたダメージは計り知れなかった。
「じゃあ、話を戻すけど、怒らないで聞いて欲しい。凛は容姿からなにから普通の人とは違うって思った。もちろん綺麗だとも思ったけど、なんていうか、違うって感じたんだ。」
涼は落ち着いてから凛の初対面の印象を語った。
「そうよね。ハーフで金髪で、背も女子の中では高くて他人とは違うところばっかり。」
凛は少しも表情も変えずに言った。
しかし、今が述べた事実は、多くの人が憧憬し、羨望し、嫉妬するようなことばかりだった。
努力しても手に入れることのできない、与えられたものには明確なアドバンテージが存在するからだ。
「私は幼い頃から男の子によく告白されたわ。でも私は興味がなかったら全部お断りしたの。それから…まぁ想像がつくでしょう?」
凛は自嘲するように笑い、腕を伸ばして大きく伸びをした。
「私はそれを小学校、中学校と繰り返したわ。だから私は誰からも異質で気に食わない存在として扱われてしまった。だから高校は誰も知らない高校に行こうと思って白峯を受験したのよ。」
白峯学園はいわゆるエスカレーター式であるため、内部進学の生徒の割合が多い。しかし、入試では内部進学だろうとなんだろうと落とす姿勢で試験を行うため、凛のような優秀な外部からの学生を入学させることができるのだった。
「でも、高校に入ってからも凛は誰とも関わろうとしなかったんじゃないのか?」
涼が不思議に思って聞くと、凛は視線を空に移し、諦めたように言った。
「私も最初はうまくやれると思っていたわ。けれど、誰も知らない高校に入ったからって、周りの印象が特に変わるわけでもなかったのよ。私の変な噂って聞いたことくらいはあるでしょ?不良だとか何とか。」
「言いにくいが否定はできないな…。確かにそういうことを耳にしたことはある。」
「当たり前よね。いつも怒ってるみたいな態度をとって、他人のことを拒絶していたら悪い噂の1つや2つは覚悟しないとね。でも、これでも小中学生の時よりはマシなのよ。」
凛は諦めたように笑い、風に流れる雲を目で追う。
「そうなのか。良かったと言ったら悪いが…。でも、クラスのみんなは多分違う。凛がちゃんと接してくれればみんなも受け入れてくれる…と思う。」
涼が気を遣いながらも凛にそう言った。
「涼は優しすぎるのよ。私にとって「みんな」というのは私を否定する存在でしかなかったのよ。今すぐに信じて自分を見せることはできないわ。」
凛にとって人を拒絶する態度というものは自分を隠すための隠れ蓑であると同時に、自分を守る外殻のようなものだったのだ。
「それはわからないわけじゃない。でも、これからは信じようとしてみて欲しい。俺だって友達は多いとは言えないけど、圭とか、すごくいい奴だし。あいつも信じてやってくれよ。」
涼は自分の素直な気持ちを伝えると、凛はおかしそうに笑い出した。
「ふふっ。ありがとう。でも、長年一緒にいる親友のことを「すごくいい奴」としか表現できない語彙の貧困さには感服するわ。」
「は!?え、お前…。」
「どう?本当の私はこんな感じなのよ。全てを諦めたつもりの皮肉屋。当事者になりたくないと思いつつも他人を見捨てられない。そういった矛盾を抱えた女なのよ。」
「そりゃ誰でも心に黒い部分はあるだろ。でも、俺は嬉しいよ。そうやって凛が本当の姿を見せてくれて。俺の事を信じてくれるって事だろ?」
「蔑まれて嬉しいとは恐れ入るわね。」
「だから、違うっての!わかってるだろ!」
「わかっているわ。本当にありがとう。」
ムキになる涼とは対照的に、凛は心底楽しそうに笑った。
「良かったら、うちに来ないか?今日は圭もいるし、俺の妹もいる。」
「じゃあ、お願いしようかしら。私は寮に住んでいるし、家に帰っても1人だものね。」
凛はそう言って笑うと、晴れた空の下へと出て、また大きく伸びをした。
「凛…これからよろしくな。」
涼はそう言って右手を差し出した。
しかし凛は一向にその手を握ろうとはしなかった。
「よろしく。でも、握手はしないでおくわ。涼が私に触りたいだけの可能性も否めないから。」
凛はそう言うと笑いながら握手を断る。
「いや、自分に自信があるのは構わないが、俺のことをなんだと思ってんだよ…。」
涼は呆れたように笑い、凛を自分の家へと案内するために歩き始めた。
凛も涼に続き、今度は2人は肩を並べて歩き始めた。
今回はここまでとなります。
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