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10th Round  作者: 藤島高志
自分のものではない『自分』
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VII

「—というわけでだ。明日俺と一緒に服を買いに行くぞ。」

「別に構わん。だが、そのカエデとかいう女は信用できるのか?」

「そんな心配するような必要はないぞ。明日は初登校になるから早めに寝ろよ。」

「私はお前の子供ではない。言われずともわかっている。」

「はいはい。じゃあ、明日は坂井ちゃんに学校まで連れてきてもらいなよ。」

「ああ。ではな。」


レイラは新しく持たされた携帯電話に表示された通話終了のボタンをタップすると、そのままベッドの上に投げた。


部屋にはまだ少し荷物を詰めたダンボールが残っており、その1つを整理していた凛は顔を上げると、感情の読めない表情で尋ねる。


「柳君からの電話?」

「ああ。」

「なんて言ってたの?」

「明日、服を買いに行くらしい。カエデという女が一緒に来ると言っていた。」

「それは生徒会長のことね。」

「セイトカイチョウとはなんだ?」


聞き慣れない言葉にキョトンとした表情でレイラは首を傾げる。

少し前なら見ることのできなかった、まるで子供のような仕草に凛は表情を崩した。


「簡単に言うなら、私たちのまとめ役みたいな人よ。」

「ふむ。そうなのか。ではなぜそのまとめ役の人が私と買い物に行くのだ?」

「さぁ。それは私に聞いてもわからないわよ。聞くなら柳君に明日聞いてみることね。」

「いや、面倒だから構わん。そういえば、私はリン達と同じクラスに入れるらしいぞ。」

「え、そうだったの!?良かったじゃない。」


レイラはなんでもないことのように作業する手を止めずに言ったが、凛はさらに表情を崩して喜んだ。


「でも、レイラは何歳なの?」

「さぁな。私もよくわかっていない。14歳〜17歳くらいの間だと思うんだがな。とりあえず私の雇い主が作ったパスポートは16歳ということになっていたのでな。」

曖昧(あいまい)なのね。でも、明日会う楓という人にはちゃんと敬語で話さなきゃいけないわよ。」

「ほう。年上なのか?」

「そうよ。でも、ちゃんと敬語は教えてもらったみたいね。」

「ケイは意外と礼儀?だとかそういうのにうるさくてな。」


地域的な慣れもあるのか、レイラは新しい言語の習得に大した時間はかからなかった。

人名の発音や、漢字の読み取りはまだ苦手なものの、その驚異的な速度に圭も言葉を失ったほどだった。


「じゃあ、もう夜も遅いし私は部屋に戻るわ。明日の朝私の部屋に来たら朝食をご馳走するから、きちんと身支度をしてから来なさいよ。」

「朝食など別に無くても構わんぞ。」


レイラはまるで興味がないといったような態度で答える。

健康や女性らしさといったことに、あまり興味のないレイラの態度は凛を歳の近い妹ができたような気分にさせていた。


「ダメよ。とにかく、ちゃんと用意をしてから来るのよ。貴女は朝起きることは得意でしょう?」

「無論だ。毎日朝の訓練をしているからな。」

「訓練はしてもいいけれど、隣の部屋の人や上下の部屋の人に迷惑をかけない程度にね。」

「ああ。しかし、リンも私を子供か何かと勘違いしているのか?まるでケイのようだぞ。」

「違うわ。みんな貴女が心配だから必要以上に世話を焼きたくなるのよ。」

「そうなのか。まぁ、とにかく今日は早めに寝ることにしよう。」

「うん。そうするのが良いわね。」


凛は素早く靴を履き終えると、レイラの部屋を後にした。

レイラは寝室へと戻ると、まだ少し残っている片付けなければならないダンボールを見て大きく息を吐いた。


必要がないと言ったにも関わらず、藍はあれもこれもとニコニコしながらダンボールに詰め込んでしまったため、成り行きに任せているうちに荷物が意図しないほど多くなってしまっていた。


中身を確認してから開けたまま放置されているダンボールの1つに近づくと、中から可愛らしいフリルがあしらわれたパジャマを取り出した。

運び込んだ姿見に向かって、レイラはそのパジャマを恐る恐る自分の肩に当てた。


鏡に映し出された、(わず)かに羞恥で紅潮した頬を目の当たりにして、初めて自分の感じている気持ちに気付かされた。


(私は嬉しいと思っているのだな…。でも流石にこれは似合わないがな。)


苦笑いでパジャマをダンボールの中へと戻す。

契約を解除したことにより、もう心の中で何を思ったとしても、アメルがそれについて反応することはなかった。

それに対して、レイラはせいせいする気持ちと、なんだか寂しい気持ちを持ち合わせていた。


レイラはタンクトップのシャツに着替えると、これまた藍が購入を決めた柔らかいベッドへとダイブする。

レイラを柔らかく包み込んだベッドは、すぐに彼女を眠りへと導いた。





——熱い…苦しい!


誰かの叫び声にレイラが身体を起こすと、そこは自分の部屋ではなく、真っ暗な世界だった。

ぐるり辺りを見回してもただ真っ暗な世界が広がっているだけで何もない。

水平線すらも見当たらず、無限に空間が広がっているようだった。


そんな空間に目が慣れてきた頃、少し遠くにチカチカと光るものが現れた。

その光はゆらゆらと揺れ、何かが燃えているようだった。


引きつけられるようにそれに向かってレイラは歩き出す。


「これは…。」


それが何なのか判別できるようになって、レイラは瞳を曇らせた。

なんと人が燃えていたのだ。

たちまち服が燃え、肉が燃え、果てには骨だけになる。


するとまた近くで明かりが灯る。

やはりそちらでも人が燃えていた。

しかも何処と無く覚えがないでもない人だった。


それを合図にするかのようにポツポツと火が増えていく。

不思議と熱は全く感じることはなく、ただその異様な光景にレイラは魅せられていた。

さらにもう1人、加えてもう1人。


あっという間に骸骨(がいこつ)絨毯(じゅうたん)が出来あがる。

そしてその屍達はそこに何もない眼窩(がんか)でレイラを睨みつけ、失われた声帯で口々に叫ぶ。


——殺せ!殺すのだ!

——なぜ私が殺されたんだ!

——私が受けた苦しみを奴らにも与えろ!


「それは…。今の私にはできない…。」


——私達を殺した理由を考えろ!

——今お前が立ち止まるのなら我らの命を返せ!

——痛い…!助けてくれ!


「……すまない。」


レイラは目を瞑り、耳を手で塞いで崩れ落ちるように力なくしゃがみこんでしまう。

周囲の骸骨達は何も音を出していないはずなのに、彼らは口々にレイラを責め立てているように感じられた。


彼らが感じた痛みや苦しみは、レイラも感じたことがないわけではない。

銃で撃たれたことも、ナイフで肉を切り裂かれたことも、危うく焼け死にそうになったことも。


だが結果としてレイラは彼らを殺し、その犠牲の上にレイラは生き続けている。


「もう…やめてくれ…。」


力を失ってから暴力や怨嗟(えんさ)の渦から抜け出すことは出来ていたが、罪悪感から完全に逃げることができるほど、レイラは自分に甘い人間ではなかった。




ピリリリリ——


目を開けると知らない天井が視界に飛び込んできた。


「夢、か…。」


枕元の携帯が着信音を延々と鳴らし続けている。

いつもならば目覚ましなどなくても身体が勝手に朝早く起きるようになっていたが、携帯を取り上げるといつも起きる時間を2時間ほど過ぎていた。

緩慢(かんまん)な動作で通話を開始し、携帯を耳に当てる。


「あら?レイラちゃんもしかして寝てたの?珍しいのね。」

「あ、ああ…。アイか…。」

「どうしたの?なんだか声の調子が良くないようだわ。」

「いや、気にしないでくれ…。」


レイラは携帯に音が入らないように手で押さえると大きく安堵の息を漏らした。

この苦しみとは1人でこの先も戦い続けなければならなかったが、涙は流すことはできなかった。


「レイラちゃーん?大丈夫?」

「ああ。欠伸(あくび)が出てしまったんだ。」

「そうなんだ。レイラちゃんの欠伸見てみたかったな〜。」

「勘弁してくれ。それで、朝から何の用だ?」

「あー、今日初登校日だから緊張してるかな?って思って。」

「心配をかけてすまない。だが、問題はない。緊張などすることでもないからな。」

「そう?なら良かった。困ったことがあったらなんでも圭に相談すればいいからね。」

「わかった。ありがとう。」

「ふふっ。レイラちゃんも随分素直になったのね。いつでも家にいらっしゃいね。」

「ああ。ではまた。」


レイラは急いで顔を洗い、身支度を済ませると、凛の部屋のインターホンを押した。

すぐに扉が開き、まだ少し眠そうな凛が顔を出す。


「ふぁ〜…。おはよう。レイラ。」

「おはよう。上がっても大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ。その前に、部屋の鍵は持ってきた?」

「いや、閉めてないぞ。そもそも鍵はどこだ?」

「はぁ…。昨日財布に入れたカードは?」

「ちょっと待ってくれ。」


レイラは肩にかけたカバンの中をごそごそと(まさぐ)る。

しかし藍がプレゼントしてくれたオレンジ色の財布はどこにも見当たらなかった。


「どうやら部屋に忘れてきたようだ。」

「昨日何度も説明したじゃないの…。オートロックで、カードがないと部屋には入れないって。」

「おお…そうだったようなそうじゃなかったような…。」

「これは遅刻するわね…。とりあえず、中に入って朝ご飯を食べましょう。その前に私が管理会社へ連絡するわ。」

「あ、ありがとうなリン。」

「仕方ないわ。でも次からは失敗しちゃダメよ?」

「わかっている。」


凛は携帯で管理会社へと連絡し、すぐに来るとの返答を貰った。

一方のレイラは凛の作った簡単な朝食を驚くような勢いで平らげ、暇になったのか足をプラプラとさせていた。


「なぁ。今日は何をすれば良いんだ?」

「今日は集会があって、その後にクラスでホームルーム。その時に貴女のことを先生からみんなに紹介することになるわ。」

「で、そのシュウカイとやらの時、私はどこに居れば良いのだ?」

「それは多分だけれど、担任の先生のところだと思う。とにかく早く行かないとね。」


それからすぐに駆けつけた管理会社の人にレイラの部屋の鍵を開けてもらい、2人とも走って学校へと向かったのだった。


凛が教室に着いた頃には、後ほんの数分で移動を開始する時間となっていた。


「あ、凛。レイラは?」

「あの子は椎名先生に引き渡して来たわ。」

「なんか随分と急いでたみたいだな。なんかあったのか?」

「オートロックがね…。」


凛が苦々しげな顔でそう言うと、涼や圭はすぐにレイラの失敗を察し、なんとも言えぬ曖昧な笑みを浮かべた。


「なんか、申し訳ないな。坂井ちゃんに迷惑をかけて。」

「私は迷惑だとは思ってないから大丈夫よ。」

「そっか…なら良いけど。」

「それよりも、頑張ってねお兄さん。あれ?お兄さん?弟なのかしら?」

「いや…よくわからん…。」

「それで良いのか…。」


歯切れの悪い圭に、涼は苦笑いを浮かべる。


「はーい。じゃあみんな体育館に移動してくださーい。」


華の合図とともにクラスメイトたちは各々席を立ちゾロゾロと体育館へと移動していった。

話の展開が遅くてすみません。

次々回に新キャラ出ます。

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