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10th Round  作者: 藤島高志
自分のものではない『自分』
42/44

V

圭が教室に着くと、教室に綺麗に並べられた客用のテーブルの1つに涼と凛が向かい合って座っていた。

涼は圭に気付くと悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて圭に視線を投げた。


「お前なにやってたんだよ。できるだけ早く来いって伊吹さん言ってたじゃん。」

「いやー、少し寝坊しちゃったんだよな。」


圭は全く悪びれずにニヤニヤと笑いながら謝った。

涼は仕方ないな、というように呆れて笑った。


「笑みでごまかしてはいけないでしょう。涼も甘すぎるわ。」

「坂井ちゃん手厳しいねぇ。こんなにクラスに貢献(こうけん)してるというのに。」

「確かに柳君の働きは賞賛(しょうさん)に値するわ。けれど、貢献してるからって約束を破っていいわけではないでしょう?」

「こりゃまた正論だ。困ったねぇ。」


圭は舌を出して笑うとポケットから振動している携帯を取り出していじり始める。


「メールか?」

「ああ。レイラからだ。今日寮に引っ越しするらしいよ。」

「そうだったの?そういうことは先に言いなさいよ。今日、私は帰っていいかしら?」

「いやダメだろ。さっき自分が言ってたことを反芻(はんすう)してみろよ。」

「まぁ、伊吹ちゃんに聞いてみればいいんじゃないの?今日大きな仕事があるわけじゃないし、当日の流れ確認して終わりだろ?」

「じゃあ聞いてみるわ。それにしても…伊吹さん遅いわね。」

「ただの連絡会って言ってたのにな…。大丈夫かな?」


3人が不思議そうな表情で顔を見合わせた時、教室の扉が大きな音を立てて開いた。

視線を音の方向へと移すと、そこには息を切らした華がいた。


「あの…!…ちょっと!大変なの!助けて…!」

「何かあったのか?」

「今すぐには説明できないから。えっと…柳君にお願いできるかな?」

「いいよ。こんなのでよかったらいくらでも。」


涼はまるで自分のことのようにすんなりと許可を出す。

自分の割り込む暇もなく勝手に許可が出されてしまった圭は慌てて立ち上がった。


「ちょっ!何勝手に決めてんだよっ!」

「まぁまぁ。なんか深刻な話しみたいだし、俺らが3人がゾロゾロと向かっても事態の混乱を招きかねないだろ?」

「涼の言うことも一理あるわね。というわけで柳君、伊吹さんをよろしくね。」

「はぁ…わかったよ。とりあえず行ってくるよ。」


ゆっくりとやる気の感じられない足取りで立ち上がり歩き出した圭を待ちきれなかったのか、華は圭の腕を掴んで引っ張るように走り出した。

慌ただしく2人が出て行った後に残された涼と凛は、大きく開け放たれた窓から、青空を流れる白い雲をぼんやりと眺めた。


「なんだったのかしらね。」

「さぁな。告白のための芝居なんじゃないのか?」


涼の冗談を間に受けた凛は、気付けなかった!と言わんばかりに悔しそうな表情を浮かべて立ち上がった。

涼はそんな凛の焦りように白けた視線を向け、ニヤリと笑う。


「いや、冗談だぞ?」

「…………。貴方、覚えてなさいよ。」


凛は顔を赤くして慌てて座り、ニヤニヤと見つめていた涼の頭を軽くはたいた。


「ふざけるな!生徒会のミスじゃないか!」

「私達だって機材が必要なのよ!貴方達が譲りなさいよ!」


圭が華と一緒に会議室へと駆けつけると、外にも聞こえるような怒号が飛び交っていた。


「あぁ……こういうことか。なんで俺を呼んだの?」

「柳君…こういうの得意でしょ…?はぁ…はぁ…。」

「別に得意じゃないけどさ。というかなんで得意だと思われてるのか逆に気になるくらいだよ。まぁ、仕方ないか。行ってくるよ。」


圭はそう言うと、肩で息をしている華の頭をぐちゃくちゃと撫でてからいつもの軽薄な笑みを顔に貼り付けて会議室への扉を開いた。


「ああもう。髪がぐちゃぐちゃになっちゃったじゃん…。」


華はそう言いながら手櫛(てぐし)で髪に指を通す。

しかしその表情は、小さく笑っていた。




会議室に人が新たに入ってきたというのに誰も気づかないくらい、生徒同士の言い合いは加熱の一途を辿(たど)っていた。

圭は近くにいた先輩の女子に事情を尋ねると、IDスキャンによる貸し出し申請を行わずに備品を持って行ってしまった3年生のクラスがあり、備品の数のチェックを(おこた)った会長が非難の的にされ、今は正規の手続きをせずに備品の持ち出しを行なってしまったクラスも槍玉に挙げられている状態だと簡潔に説明された。


圭は人をかき分け呆然と1番前の席で項垂(うなだ)れている楓の横に立った。

ただ黙って前に立っているだけだったが、すぐに生徒達の視線は圭に集まる。

多数の敵愾心(てきがいしん)むき出しの視線が刺さるように圭に向けられていても、軽薄な笑みを崩さずそのままとんでもないことを言い放った。


「あのさぁ、言い争ってる先輩方、とりあえず黙ってくれませんかね?悪いのはIDスキャンせずに持って行ってしまった人達だろ?会長が責められる(いわ)れなんてないだろうが。」

「後輩のくせに口を出すな!会長にも責任の一端(いったん)はあるだろうが!」

「確かにそうかもしれませんね。だけどな、誰のおかげであんた達が今まで準備を円滑(えんかつ)にできたと思ってんだ?たった1つのミスも許されないのか?あんた達はテストで1問も間違えたことがないのか?そして間違えたらそれだけで終わりなのか?」


圭の外見からは想像できないような低く怒りを(はら)んだ声に、初めに文句を言った丸刈りの3年生は黙り込む。


「言い返せないだろ?所詮(しょせん)お前らはその程度しか考えてなかったんだよ。目先の損得しか見えてない馬鹿が偉そうなこと言ってんじゃねえぞカス野郎が。これからは何か主張する前に少しでも"どれだけ他人が自分のために何をしてくれていたか"を考えろ。」


圭は誰も言い返すことのできない状況にますますヒートアップし、徐々に言葉遣いが荒くなっていく。


「それは言い過ぎよ。柳君。」


楓は立ち上がり、圭の肩に手を置いてそう小さく(さと)した。


「会長…。」

「今の発言を訂正して謝りなさい。それが出来ないなら今すぐ会議室から出て行きなさい。」

「…………。」


圭は少し不満げな顔をしたが、全く悪びれる様子はなく、謝る気配もなかった。

楓の厳しい視線に嫌気がさしたのか、くるりと(きびす)を返すとそのまま会議室を出て行った。


少し大きめに響いた扉の開閉の音を境に、会議室には先程とは打って変わって痛いほどの静寂が訪れ、まるで口を開くことができなくなってしまったかのように全員が押し黙る。


楓は大きく息を吸い込むと頭を下げた。


「すみませんでした。今回の件は私の確認不足が招いたことは否定できません。本当に申し訳ありませんでした。」


まだ誰も言葉を発せないうちに楓は顔を上げ、すぐに対処法の指示を出す。

それによって反論する余地を与えずに事態の収拾を図った。


「IDをスキャンしていなかったクラスは今すぐにスキャンをしてください。備品が足りなくて、追加で借りたいというクラスはこの紙にクラスと借りたいもの、個数を明記してください。では、これで終わります。用のない生徒から順次解散してください。」


楓の言葉で金縛りが解けたかのように生徒達は統制のとれた羊の如く動き出す。


彼ら全員が会議室を去るまでにそこまでの時間はかからなかった。

しかし、やはり1人の女子生徒だけがそこに残った。


「佐倉会長…。大丈夫ですか?」

「伊吹さん。お疲れ様。私は大丈夫よ。」

「すみません!私が柳君を連れてきたからこんなことに…。」

「なんで伊吹さんが謝るの?貴女は自分で出来ないと思ったことを人に頼っただけでしょう?別に貴女が謝らなくても良いのよ。」

「だって柳君があんなことを言い出すとは思わなかったんです。」


華は今にも泣いてしまいそうな顔をして楓を見つめる。

しかし、楓は全く嫌な顔をすることはなく、むしろ嬉しそうに笑った。


「彼のあれは、多分演技だと思うよ。私を怒らせるための、ね。」

「…!?そうなんですか?」

「じゃあ、伊吹さんから見て、普段の彼があんなことを言う人に見える?」

「…そうは見えないですね。だから本当にびっくりしていたんですよ。」

「まぁ、それは本人に聞いてみなきゃわからないことだしね。伊吹さん、本当にありがとう。」


楓はそう言ってにっこりと笑うと、机の上のファイルの片付けを始めた。


「あ、あの!」

「どうしたの?」


華は声が裏返りそうになるのを必死で抑え、自分の想いを伝えた。


「もしお手伝いが必要だったらなんでも言ってください!どんなことでもすぐに手伝いますので!では、失礼します!」


華は返事も聞かずに会議室を飛び出した。

1人残される形となった楓は少し驚いた顔をした後ににっこりと笑ってポツリと呟く。


「廊下は走らないようにね…。」

今回はここまでとなります


お読みいただいてありがとうございます。

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