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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
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III

金曜日の学校は唯が午後からいなくなり、涼が苦手な副担任が帰りのホームルームに現れた事以外いつもと特に変わり映えのしない1日だった。

宿泊の用意を含む大きめの荷物を持った涼と悠の2人と、比較的軽装の圭の3人は圭の家へと行くためにいつもとは違った帰り道を歩いていた。


本来ならば圭の家の運転手が迎えに来る手筈(てはず)になっていたのだが、圭は基本的に迎えが来るのを嫌がり、いつも事前に運転手に電話して来ないようにお願いしていた。


圭の両親は、涼の両親とともに宝石店「柳ジュエル」を立ち上げ、会社の経営に成功して、お金持ちという社会的地位を得ていた。

だから圭の家はかなり大きく、地下には圭のプライベートスタジオがあり、そこでいつもギターやベースの練習をしたりして涼や悠はピアノ以外の楽器の弾き方を覚えたのだった。


圭の家に着くと、わざわざ圭の親父さんである(しん)が玄関先で出迎える。

新は『できる男』というタイプの外見ではなく、どちらかといえば遊び人に見えるような圭とよく似た外見の大人だった。


しかし、仕事に対する考え方や行動は真面目という以外に表しようがないくらいに仕事に関して「だけ」は真摯(しんし)な態度を見せる人である。


「今日はご招待いただき、本当にありがとうございます。」


涼が丁寧(ていねい)な口調で謝辞(しゃじ)を述べると、新は悲しそうな顔をした後に、馴れ馴れしく涼の肩に腕を回した。


「おいおい…俺達は家族だろ?そんな他人行儀(たにんぎょうぎ)な挨拶はやめろやめろ。あ、でも他の人にはその感じでいけばバッチリだぜ。」

「あ、すみません。でも、やはりお礼はちゃんと言わないと、と思ったので…。」

「それもそうだな。うん。礼はありがたく受け取ろう。よし、圭も悠ちゃんも入ってくれ。そんなところにいつまでも突っ立ってなくていいからさ。」


新は3人を先導するように奥の居間へと進んでいく。


「うわぁ!美味しそう〜!」


居間のテーブルに所狭しと並べられた数々の料理を見て悠が思わず感嘆の声を漏らした。


「あら、思ったよりも早かったわね。悠ちゃん、涼君。お帰りなさい。」


キッチンからは圭の母親の(あい)が手を拭きながら顔を出した。


「お久しぶりです藍さん。やっぱりとても美味しそうな料理ですね。」

「ありがとう。でも、涼君もなかなか上手よ。」

「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。」

「ふふっ。そうかしら。」


涼の料理の先生でもある藍は涼からの手放しの賞賛に恥ずかしそうに微笑む。


「藍さーん!こんばんはっ!」


藍が返答する間も無く、悠はとても嬉しそうに笑いながら藍の元へと駆け寄り抱きついた。

その態度からも分かるように、悠は本当の母親のように藍によく懐いていた。


「悠ちゃんも大きくなったわね。今日は腕によりをかけたから、たくさん食べてね。」

「うん!ありがとう!」


男3人は先に席に着き、後から来た藍と悠を加えた5人で久しぶりに食卓を囲むこととなった。


「で?涼は彼女とかできたのか?」

「唐突ですね本当に。いないですよそんなの。」

「おいおい圭。なんでこんな不機嫌になってんだこいつー?」

「さぁな。誰かにふられたんじゃねぇの?」

「違うわ!」

「まぁまぁ落ち着けって。こういうオッサンの戯言(ざれごと)は話半分に聞くもんだ。」

「いや、自分で言ってていいんですか新さん…。」


新はボヤきながらグイッと勢いよくビールのコップを傾ける。

圭と新は普段はとても仲が良く、というよりはむしろ新が圭大好きというスタンスで接しているため、圭の新に対する扱いはどこか素っ気なかった。


「まぁな、お前らももうすぐ成人?みたいなもんなんだから、将来の相手くらいは見つけておけよ。」

「あのな、俺らはまだ16、7だぞ?あと3年以上あるっての。」

「わかってねぇなぁ。お前らみたいな若いもんなら数年なんてあっという間だぞ?その点俺は高校の時にはもう藍を捕まえてたからな。でな、あの時の藍といったら——」

「オッケー。もう喋らなくていいぞ。俺らは俺らなりにやるから。」


新はいつも酔うと調子がさらに良くなり、藍との馴れ初めについて長々と語り続ける。

誰も聞きたいと思っていないにも関わらず話し始めるので、圭はいつも適当にあしらって無視していた。



楽しい食卓を終え、新は今度は日本酒を飲みながら残った涼と話をしていた。

ちなみに圭と悠は先に地下に行き、2人で遊んでいる。


「あの、今日呼んでいただいた理由って何ですか?」


涼が昨日から疑問に思っていたことを聞くと、新はバツが悪そうな顔になり、頭をかいた。


「いやー、これはこっちの落ち度なんだけどな、俺、実は悠ちゃんの誕生日に仕事が入っちゃったんだよ。」

「はぁ…お疲れ様です。でも、そんなの別に悠は気にしないと思うんですが…。」

「ちょ!そんな悲しいこと言うなよなー。まだ俺に素直に接してくれるだけいいんだよ…。そのうち無視とかされるんだぜ…。そして挙げ句の果てには顔も合わせないように…。」


新は1人で勝手に負の思考を加速させていく。

涼は本当に聞きたいことが何1つ聞けず、思考のループに堕ちていく新を苦笑いで眺めていた。


「この人ね。悠ちゃんのためにプレゼントまで用意してたのよ。だから、今日は本当は渡したかったみたいなんだけど、タイミングがつかめなかったみたい。」


足りない言葉を補うように、片付けを終えた藍が新の隣の椅子へと腰掛けて微笑んだ。


「ああ。そういうことですか。なら悠を呼んできますね。」


藍の言葉に簡単に納得した涼はすぐに立ち上がり、2人が待つ地下室へと向かう。

白い壁に大理石の冷たい廊下。

自分が1年と少し前なら毎日のように歩いていた場所。

そのなんとも言えない感情に思わず笑みがこぼれた。





「いや、ここはこう…もっと、なんていうか…ギュイーンって感じだ。」

「圭くんの例えはたまにわかりにくい時があるよね…。」

「そうかな?んー…そうかもしれんな。」


地下室で圭と悠は贔屓のバンドの新曲を聞きながら2人でギターやシンセサイザーのコピー作業を行っていた。


「盛り上がっているところ悪いが、悠はもう一度上に来てくれないか?」


涼がスタジオの中に入りそう言うと、悠は不思議そうな顔で首を傾げた。


「ん?お兄ちゃんへの話があったんじゃないの?」

「いや、悠にも話があるみたいだから、ちょっと来てくれ。」

「ふーん。別にいいけど。」

「圭も来るか?」

「いや。俺は待ってるよ。」


圭は笑って小さく手を振り、涼はまたスタジオの重い扉を開ける。



2人が居間に戻ると、机の上には3つの小さな箱が置かれており、新はその中から1つの箱を悠へと差し出した。

悠は戸惑いながらもそれを受け取り、不思議そうに首を傾げた。


「悠ちゃん。少し早いけれど、誕生日おめでとう。」

「あ、わざわざありがとうございます。」

「高校生になっても俺のこと無視しないでね……。」


新はどこか遠い目をしながら諦めたように笑う。


「えっと、これ今開けても良いですか?」

「たまには顔を見に来てね……。」


新は完全に使い物にならなくなっていた。

困ったように笑う悠に、代わりに藍が首肯(しゅこう)で開けるように促す。

悠が箱を開けると、中にはダイヤモンドの綺麗なネックレスが入っていた。


「新さん。本当にありがたいですが、高いものはダメですって…。」


それを確認した涼は感謝する気持ちもあったが、贅沢すぎるプレゼントに驚き、ついつい(とが)めるような物言いをしてしまう。

新は思考の深淵(しんえん)から自力で復活し答えた。


「いや、それは価値はないぞ。プロが作ったんじゃなくて、圭が作ったやつだからな。」

「本当ですか!?新さんありがとうございます!圭君が作ったものなんて…。すごく嬉しい!」


悠は新の言葉を聞いて飛び上がらんばかりに喜んだ。


「それでも宝石は…中学3年生には早すぎませんかね?」


それでも涼は懸念の意を示し、藍に助けを求めたが、最終的には藍の微笑みに丸め込まれてしまった。


「それで、涼にもプレゼントがあってね…。このリングだ。これは圭と対になるデザインになっていてね。ペアリングにしても良かったんだが…男同士だと嫌がりそうだしね?」

「いや、ありがたいんですが…もらう理由がありません。」


贈り物を断るのは社会のマナーとしてはあまり良いものではない。

だが、こんな高価なものを親代わりに自分を育ててくれた人からおいそれと貰えないとも思っていたのだ。


「理由ならある。俺があげたいから、だな。でも、これは圭のものと似たデザインなんだよ。圭にも後で渡すから、貰ってくれると嬉しい。」


新のいつになく真剣な目に説得された(気圧(けお)されたともいう)涼は、それを受け取り、すぐに左手の中指に()めた。

驚くべき事にそのリングは涼の中指にぴったりと()まる。


まるで元からそこにあったかのように。


「ありがとうございます。大切にします。」

「そんな丁寧じゃなくていいって。俺たちは家族なんだからさ。」


新はあくまでにこやかに笑っていた。

涼はそんな新に多大な感謝の気持ちを抱くとともに、彼らが本当の親ではないことをどうしても考えてしまう自身の思考に対して抱く寂しい気持ちを心の奥底(おくそこ)に密かに隠すのだった。



翌日の昼に涼達はアパートへと戻ると、圭はいつも通りソファへとダイブした。


「なぁ、さっきから何かおかしいとは思ってたけど、なんでお前自分の家から普通にここまでついてきてんの?」

「別にいいじゃないかー。減るもんじゃないし。」

「そうだぞお兄ちゃん。圭君以外の友達が家に来たこともないのに…。圭君が来てくれるだけありがたいことでしょ。」


悠は既に圭の身体の上に座り、テレビを観ていた。


「はいはい。もう好きにしてくれ。俺はちょっと買い物に行ってくるから、留守番頼むぞ。」

「はーい。お兄ちゃん気をつけてね。」


悠の可愛らしい声を背に、涼は外へと扉を開けた。



この時、これが彼の長い戦いの始まりになるとは誰も知る由はなかった。

読んでくださりありがとうございます。

また次回もお読みいただけると幸いです。

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