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10th Round  作者: 藤島高志
自分のものではない『自分』
38/44

I

夏休みも終わりに近づいた頃、学園の中は文化祭に向けてのやる気と活気で満ちていた。


「では、これで会議を終わります。3日後は本番となりますので、各自しっかり準備をして本番に臨んでください。それと、明日の朝少し連絡がありますので、また集まってください。では、解散してください。」


集まった生徒達がゾロゾロと各自の持ち場やクラスへと戻っていく。

そんな中で、華だけは毎回欠かさずに会議終了後に楓へ挨拶をしていた。

それは今日も変わることはなく、会議室に2人だけが取り残された。


「佐倉会長。お疲れ様です。いよいよ本番ですね!」

「ああ、伊吹さん。今日もお疲れ様。」


楓は机の上のファイルを整理する手を止めずに少し笑った。

しかし、華には心なしか楓の表情は疲れて見えた。

それもそのはず、現生徒会のメンバーはなんと会長である楓1人しか存在しない。


生徒会長というものは立候補、もしくは他薦による選挙で決められることになっているが、他の生徒会のメンバーは着任した会長による指名で編成される。

つまり、楓は誰も他の生徒会のメンバーを指名しなかったのだ。


「佐倉会長、お疲れですか?」

「あ、いや、大丈夫よ。伊吹さんは自分のクラスの準備頑張ってね。もうすぐ本番なんだから。」

「あ、はい。」


楓はまるで見えない壁を作るかのように少し突き放す言い方をする。

その態度について華は少し疑問に思ったが、そもそもそれほど仲が良いわけでもなく、ただ自分が一方的に憧れているだけの先輩に深入りして何かをする勇気はなかった。


「では失礼します。」


華はいつも通り丁寧に頭を下げて会議室から出て行った。

楓もまたいつも通り笑顔で手を振ってそれを見送る。


タタタタ…と華が廊下を走って行く音が遠くなり、会議室の中は静寂に包まれた。


「はぁ…。」


額に手を当てて楓は大きく息を吐いた。

顔にかかる少し伸びた髪を乱雑に手でかきあげて、そのまま机に肘をつく。

ここ最近の彼女の表情は暗く、いつも見せている姿とのギャップから近寄り難い雰囲気を漂わせていた。


バサバサッと机に積まれていた色とりどりのファイルが床に落ちてしまう。

しかしそれらを拾おうとした楓が手を触れる前に、まるで時間を巻き戻すかのように元どおりに机の上に綺麗に積み直された。


「余計な事はしなくていいのよ。」


楓がそう呟くと、光とともに一対の翼を生やした少女が宙に現れる。

その少女は幼さを残した可愛らしい顔の作りをしていたが、全てを塗りつぶすような真っ黒な髪に、これまた夜の闇を感じさせるような濃い黒の目をしており、どことなく冷たい雰囲気を感じさせる造形をしていた。


「気にしなくていいよ。私がやりたくてやったことだし。それが結果的にあなたを助けることになっただけ。」

「はいはい。じゃあ、いつも"結果的に"助けてくれてありがとうね。アカネ。」


少女の名はアカネという。

アカネというこの少女の正体は、楓が契約した第3のセフィラ「ビナー」の守護天使ザフキエルである。


楓は、アカネと契約したからといって生活が何か変わったわけではなかったが、アカネは目を離すとすぐ何処かに行ってしまうタイプであったため、楓にとっては子供が出来たかのような気分だった。

今も、誰かが会議室に置き忘れた眼鏡をかけたり外したりすることによって生じる、視界の歪みに目を回していた。


「それ、絶対に壊したらダメだからね。」

「わかってるよ。こんなの壊すわけないじゃん。」

「本当かなぁ…。高いんだよ?眼鏡って。」


アカネはにこやかにそう言って眼鏡をいじり続けていたが、楓にとっては気が気でなかった。

天使というのはどうも力加減が大雑把な気がしてならなかった。

以前一部のニュースで報じられた白峯市内の公園での爆発事件も、天使の力を使っての戦いの跡に違いないと楓はいち早く気づいていた。

そんな無茶な行為をするのは人間ではないからだろう、という憶測に基づいたものだったが。


「ほら、それ貸しなさい。」

「仕方ないなぁ。はい。」


アカネは楓が差し出した手のひらの上に眼鏡を素直に乗せるのではなく、楓の後ろに回り込んで、眼鏡を楓にかけた。

楓は目が良いため、眼鏡によって視界がぐにゃりと歪み、独特の不快感を催す。

慌てて楓は眼鏡を顔から外し、目を瞑って目頭を押さえた。


「あのさ、私眼鏡かけると頭痛くなるの。」

「ん?私もだよ?」

「じゃあなんでやるの…。」

「ただの興味!ってところかな。」


アカネはそう言って少しも悪びれずに微笑む。

その屈託のない笑顔にさらに怒る気にもなれず、楓は大きくため息をつくと眼鏡を胸のポケットにそっとしまった。




ファイルの束を抱え、1人で静かな廊下を歩く。

夏の暴力的なまでの暑さと、生徒会室までの廊下の静けさというギャップが何故か楓には心地良く感じられた。

そのまま少しだけ上機嫌で歩いていると、廊下の向こうに現れた白衣を着た女性が真っ直ぐに近づいて来た。


「あ〜佐倉ちゃんだ〜。暇なら保健室に来なよ〜。」

「こんにちは。藤堂先生。何度も言いますが私にはカウンセリングは必要ありませんよ。他のもっと困ってそうな方に時間を割いてあげてください。」

「そうかな?一回受けてみると考え方変わるかもよ〜?」


彼女の名は藤堂(とうどう) (あおい)という。

白峯学園でも数少ない常勤の教師で、唯一の養護教諭兼カウンセラーでもある。

彼女はよく生徒に声をかけてカウンセリングを受けるように誘っていた。(半ば無理やりともいう)


ところで、「カウンセリング」という言葉はネガティヴなイメージを持たれやすい。

悩みを抱えた人や、心に傷を負った人が受けるものだと勘違いされている節があるのは事実だ。


確かにそういう一面もカウンセリングにはあるが、それは「心理カウンセリング」のことであって、葵が行うカウンセリングはそれとは少し違っていた。

その流れは至って簡単。4つの行程を行うだけである。


1.お茶を淹れる

2.お菓子を出す

3.向かい合って座る

4.世間話


これはどこからどう見てもサボっているだけである。

いや、実際サボっているのであるがこれが意外と効果がないわけではなかった。


学園の生徒にも色々な考えを持った生徒達がいる。

学園での青春を目一杯謳歌しようとする者。

学ぶことによって自らの将来像を明確に描こうとする者。

学生という短い期間にやりたいことを極限まで突き詰めようとする者。


彼らは自らの目標に向かって進んでいくことができている。

若いうちから目標を定め、それに向かって努力することはとても素晴らしいことだ。

しかし、適度の休息を取らなければ燃え尽き症候群や、オーバーワークによる疲れで体調を崩したりしてしまうことがある。


若いうちは自分のことをよくわかっていないため、ずっとアクセルを踏み続けてしまう人が少なくない。


だから、葵はそういった生徒達に少しばかりの休息を強引にでも取らせることによって、一度落ち着かせるという目的のためにこの特殊なカウンセリングを行っていた。

葵のしていることは(はた)からみればただの遊びだったが、彼女は生徒全員をしっかり見て、心配だと思う生徒だけにピンポイントに声をかけてカウンセリングに誘っていたのだった。


ちなみに、涼は何回もしつこく誘われているためにこの自身のクラスの副担任でもある養護教諭が苦手なのであった。


「とにかく、私は忙しいので、すみませんが今日は失礼します。」

「はーい。じゃあまたね。」


楓はのほほんと微笑み手をひらひらと振る養護教諭の脇を抜け、早足で廊下を反対側へと歩き出す。

楓はいつも彼女に対して若干の苛立ちを感じていた。

そして、どうしても彼女には少し強い態度で当たってしまう自分にも苛立っていた。





生徒会室の前には1人の女子生徒が佇んでいた。

楓の帰りを待っていたのだろうか、彼女に気づくとパッと明るい表情になって駆け足で近づいて来る。


「佐倉会長。すみませんが会議室に眼鏡の忘れ物はありませんでしたか?」

「ああ。これね。」


楓は胸ポケットから先ほどアカネがおもちゃにしていた赤い縁の眼鏡を取り出した。

それを見た女子生徒は長年離れ離れになっていた恋人と再会したかのように、さも嬉しそうに喜ぶ。


「それです!本当にありがとうございます。」

「いいえ、例には及ばないわ。また落としてしまわないように気をつけてね。」


楓も優しく微笑んで眼鏡を渡すと、何度もお礼を言って女子生徒は去って行った。


「相変わらず完璧な営業スマイルだね。」

「うるさいなー。ちょっと黙っててよ。」


扉の鍵を開け、生徒会室に入ると同時に現れたアカネはどことなくいやらしい笑みを浮かべた。

楓は反論するでもなく大きなため息をつくと、机に突っ伏した。

久しぶりの更新となります。

これからは週1回のペースでコンスタントに更新していければ、と思っております。


またしばしの間お付き合いいただけると幸いです。

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