XVI
華と別れ、今日あった出来事を思い返しながら上機嫌で帰宅すると、そこには今日の予定をドタキャンした涼と、見たことのない綺麗な外国の女の子がいた。
居間には親父も母さんも居て、4人で何やら話していたようだった。
「あれ?結婚の…挨拶かなんかか?」
「違うわっ!」
良かった、と涼の反応を見て涼のテンションが普通であることに少しホッとする。
何故かって?緊張した話ならあんな風にツッコミを入れることはできないからな。
「で、お前今日用事があるとか言ってたのに、これはどういうことなんだ?」
自分という大切な友達を差し置いて、俺の知らない女と会って居たことがなんだか気に食わない。
自分でも冷たすぎる口調になってしまったことはわかっているし、親父もなぜか俺がいきなり不機嫌になっているのに気づいただろう。
「いや、まぁとりあえず座ってくれよ。一から説明するからさ。」
「じゃあちゃんと説明してもらおうかね。」
若干刺々しい反応をして対面に腰かけた俺の態度に、涼は若干困惑したような顔を見せた。
この鈍感野郎め。
「つまり…?これからこのレイラって子と一緒に暮らすってことになるわけ?」
「いや、そこまでは言わない。寮に入るって手もあるし、それは家主の新さんや藍さんの考えに従う。というか、そもそもまだ了承してもらったわけでもないしな。」
なんだよそれ、と正直思ったりもした。
けれど、涼のやることはいつも間違ってはいない。
全てが正しいとは言わないが、涼が自分との外出の約束を破ったという小さなことで不機嫌になってしまう自分が腹立たしかった。
「俺は別にいいよ。本人がそう望むなら、チャンスは与えられるべきだと思う。」
「だいぶ上からだな…。」
「圭、彼女が養子になるとすると、お前への遺産相続は取り分が少なくなるということになるが、構わないのか?」
「そんなこと気にもしたことないっての。俺の意見は賛成だ。あとは親父たちで決めてくれ。」
その場に居ても立っても居られなくなって席を立つ。
もう俺の意思は伝えたから、後は両親が2人で決めるだろう。
地下に下りて、スタジオに入る。
携帯プレーヤーからミキサーにケーブルを差し、モニタースピーカーの電源を入れた。
スティックを慎重に選んでからドラムセットの前に座る。
自分で再生した音楽に合わせてドラムを叩いても叩いても気は晴れなかった。
誰が悪いわけではない。
むしろこの出来事に対する自分の気持ちの持ち方が一番悪いとも思われるレベルだ。
両親にも、涼にも、あの女の子にも迷惑をかけてしまったことが少し辛かった。
「せいが出るな。」
「涼!?」
声がした方に目を向けると、涼がそこには立っていた。
「何か怒ってるのか?」
悠ちゃんの兄貴だけあって、人の感情の機微に聡い。
そんなところがこういう時には気に食わなかったりする。
「別に。」
「今日はいきなり断ってすまなかった。」
「……。」
結局何も言わなくても全てお見通しなんだろう。
涼はスタジオの隅に置いてあるギターを勝手にアンプと繋いでチューニングを始める。
俺の表情なんて見なくてもわかっているのか、目を合わせようとはしなかった。
勝手に携帯をいじって、かける音楽を変えてしまう。
涼の好きな曲。
スローテンポの中に愛し合う2人の恋模様が情熱的に歌われる歌。
涼は勝手にマイクもセットしており、ギター&ボーカルをやってしまう。
俺も負けじとドラムを叩く。
ボーカル以外の音があまり多い曲ではないゆったりとした曲ではあるが、演奏の中でお互いの呼吸がわかるくらいに集中するのはやはり気持ちが良い。
演奏が終わると、涼はすぐに片付けを始めた。
「おい。もう一曲やろうぜ。」
いつも通りダメ元で引き止めてみる。
涼はしばらくこっちを見た後、片付けていたギターのストラップをもう一度肩にかけた。
「次は圭の好きな曲でいいよ。」
「元々俺に主導権があるはずだっての。」
俺が仕方ないな、というように笑うと涼も優しく微笑んだ。
さっきとは違うバンドの曲が始まる。
アップテンポなハードコア系。
エフェクターで思い切り歪ませたギターの音と、止むことのないバスドラムが重厚な音を奏でる。
「ふぁー…疲れた。」
いくらクーラーをかけているとはいえ、スタジオでドラムを思い切り叩くと汗が噴き出してくる。
「機嫌は直ったようだな。」
涼は備え付けの小さな冷蔵庫から炭酸飲料を取り出すとこちらに投げた。
開けたら暴発するのに。
「お前のせいだぞ。」
「わかってるよ。」
本当にわかっているのだろう。だから涼はもう何も言わなかった。
「2人とも音楽が好きなのか。」
そこに第三者である少女が入ってきた。
「ああ。圭は大体なんでも出来るんだよ。」
少女はとても美しかった。
正直なところ初見から綺麗な子だな、とは思った。
深い藍色の夜の海のようなショートカットの髪に、鍛えられた手足、背は高くはないが低くもないという憧れを体現したようなスタイルを誇っていた。
「ちゃんと自己紹介ができていなかったな。私はレイラ・ルルーシュだ。よろしく。ケイ。」
レイラは笑って右手を差し出す。
彼女の笑みはまだ何処と無く硬さが残っており、笑い慣れてないのだろうと推測できた。
けど、俺は彼女を拒む理由などどこにもなかった。
右手をそっと握り、黒い宝石のような瞳を真っ直ぐと見つめる。
「よろしく。俺は柳圭だ。レイラって呼んでいいか?」
「構わない。」
「それで涼。結局話はどうなったんだ?」
「言わなくてもわかるだろ。お前の両親だぞ。」
「そうだな。レイラはどこに住むことになったんだ?」
「夏休みが終わるまではここだ。新学期が始まれば寮で暮らすことになる。」
「そうか。よかったな。」
レイラの方を向いてそう言っても、まるでピンときていないのか表情に変化はなかった。
「にしても、日本語うまいな。勉強したのか?」
聞いてはいけないことを聞いたのか、レイラの顔は途端に曇ってしまう。
どうしようかと考えていると、涼がいつになく真剣な顔で俺に話しかけてきた。
「圭。明日大事な話がある。学校にレイラも連れてきてくれ。」
「あ、ああ。」
いつになく真剣で薄ら寒さすら感じさせる涼の視線に俺はただ頷くことしかできなかった。




