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10th Round  作者: 藤島高志
護るべきモノ
34/44

XV

圭は朝から2本の電話を受け、衝撃で立ち尽くしていた。


「2人も来れないってマジかよ…。」


しかしそこで同時に幸運が自分に味方したことにも気付いてしまうのが圭である。


「あれ?これって伊吹ちゃんと2人きりじゃね?」


そう考えると先ほどのショックよりもむしろワクワクする気持ちの方が大きくなってしまうのは仕方がないことだろう。

しかし、圭はまず華に電話をかけることにした。

こういう点は彼の美徳だろう。


「あ、柳君?どうしたの?」

「朝早くからごめん。今日涼も坂井ちゃんも都合悪いから行けないってさっき電話かかってきたんだけど、伊吹ちゃん今日はやめておく?」


華はしばらく考えるように黙り込んだ。

圭はそんなつもりではなかったが、なんだか彼女をデートに誘っているかのような雰囲気にだんだん緊張が増していく。


「別にいいよ。柳君が嫌じゃなければお願いします。」

「あ、わかったよ。ありがとう。じゃあ駅前で待ってるね。」


電話を切った圭が右手を高々と築き上げたのは言うまでもない。



圭は見た目や態度の軽薄さとは反してかなりの紳士である。

だから待ち合わせにも30分前には待ち合わせ場所である駅に着けるように家を出た。


まだ太陽はそこまで高く上っていないというのに真夏を感じさせる日差しが圭の体力を蝕んでいく。


待ち合わせ場所に着くと、大きな麦わら帽子をかぶった華が既に来ていた。

駅前のモニュメントの前に立つ華は街行く人々の視線を欲しいままにしていた。

もちろん圭もそのうちの1人であったのだが。


「なんか近付きがたいな…。」


圭がどうしようか、と迷っていると先に華が圭に気づき、圭に向けて大きく手を振った。

当然彼女を見ていた人々の視線はそのまま圭へと移る形になり、彼もまた多くの視線を集めることになった。


人々の反応は様々だった。

圭の整った容姿を見て諦めるようにため息を吐く者。

華という彼女(勘違いだが)を持つ者への羨望の眼差しを向ける者。

圭の軽薄そうな笑みに怪訝な視線を向ける者。


しかし華はそれら全てをまるで気にしないかのように圭の元へと走り寄る。


「こんにちは。柳君!」

「お、おう…。その服、すごく似合ってるな。」

「そう?ありがとう!」


華は嬉しそうに一回転した。

女の子特有のいい匂いが圭の鼻腔を刺激する。


「あ、あー…そろそろ行こうか。」


圭は裏返りそうな声を抑えて歩き出した。

華は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔で頷き、圭の後に続いた。



電車に乗って隣の街まで出かけるということ。

その行動自体は何度もしたことがあり、もう当たり前のように繰り返して来たことだ。

しかし、それはいつもならば涼や悠という家族同然のような存在の人との行動だった。


では今回はどうだろう。

傍にいる女性は電車の中でも視線を集め、学年で1番の人気を誇る女子なのだ。

これでなにも感じない方がおかしいというものだろう。

華はいつも通り笑顔を振りまき、圭は周りから突き刺さる視線に強張った笑みを浮かべていた。


「そういや伊吹ちゃん。今日はただ単に遊びにいくってわけじゃないんだぜ?メイドカフェのなんたるかを学び、それをあいつらに伝道師として享受(きょうじゅ)するのが目的だ。」

「わかってるよ〜。なので、ビデオカメラを持ってきました〜!」


華は自信満々に鞄から取り出したハンディカムを見せる。


「いやー…普通にダメだよ…。ああいうところで撮影は…。」

「え、そうなの?」


華はまるでピンときていないようだった。


「じゃあ、こう考えてみてよ。俺たちの文化祭のメイド喫茶に来てくれたお客さんがハンディカムでずっと撮影してたらどう思う?」

「それは嫌かなぁ…。」

「ならわかるでしょ。そういうことだよ。まぁ肖像権とか色々あるんだろうけど、まずは相手は嫌だろうからね。でも、多分お金払えば写真一緒に撮ってくれるくらいはしてくれると思う。」

「ありがとう。なら、私達も写真撮るサービスする!?」

「いや、なんか違う感じの店になりそうだからやめとこうか…。」


確かに魅力的な提案ではあったが、いくら利益が欲しいとはいえ流石に文化祭でそこまでやるのもまずいと圭は思ったのであった。



「やっぱり電車降りるとあっついね〜。」

「そうだな。まぁ、少し歩いたら店に着くからもうちょっとだけ我慢だな。」

「は〜い。」


大きな麦わら帽子のつばを抑えながら元気に歩く華は街についても視線を集めていた。

圭は必要以上のプレッシャーに視線を彷徨わせる。

その途端、圭は立ち止まる。


「どうしたの?柳君?」


並んで歩いていた華は急に立ち止まってしまった圭を心配するように振り返った。

華の言葉は圭の耳に確かに届いたはずだった。

しかし圭は立ち尽くしたまま微動だにしない。

華は不思議そうな顔をして圭の元へと戻り、圭の服の裾を引っ張った。


「あ?ああ。ごめん。何?」

「どうしたの?何か見てたの?」

「いや、別になんでもない…と思いたい。とりあえず行こうか。」


圭はそう言うとまた歩き出す。

次は置いていかれる形になった華は諦めるように笑って圭の背中を追いかけた。



「おかえりなさいませ。ご主人様。お嬢様。」

「ふわぁぁぁ…。」


華はメイドの目の前で目を輝かせて固まっていた。


「あの…お嬢様?」

「はい!もう一回言ってください!」

「ええと…。」


若いメイドは異常なまでの華の食いつきっぷりに、助けを求めるように圭へと視線を動かした。


「伊吹ちゃん、がっつきすぎがっつきすぎ。」

「はっ!?私としたことが。すみません。」

「いえいえ、本日はごゆっくりおくつろぎくださいませ。」


2人はメイドに連れられ奥の席へと通される。


「思ったより女の人のお客さんもいるんだな。」

「そうみたいだね〜。ってこれものすごく高——っ!?」


メニューを眺めていた華が大きな声で言ってはいけないようなことを口にする前に圭は華の口をふさいだ。


「ここではこれが相場なわけ。あと大きな声でそんなことを言わないでくれ。」


口を塞がれたままの華は軽く2、3回頷くと、圭は手を離した。


「わかったよ〜。でも、私こんなにここでお金使うとは思ってなかった…。」

「いいよ。俺が誘ったんだしここは俺が出すよ。」

「ほんと!?いや〜、ありがとう。」


華は満面の笑みでメニューをペラペラとめくる。

圭は華の思い切りの良さに諦めたように笑った。


「ご注文はお決まりですか?」

「ええ。じゃあ、伊吹ちゃんどうぞ。」


圭に注文を促された華は恥ずかしそうにモジモジとする。


「こ、これ恥ずかしいんだけど…。」

「うん。それも経験だから。はい。張り切ってどうぞ。」


圭はここぞとばかりにニヤニヤ笑いながら華をからかう。


「ええと…私はぴゅあぴゅあおむらいす♡をお願いします…。」

「は、はい…。」


元から綺麗な顔に恥ずかしがる素振り、さらに若干涙目という三連コンボにメイドも仕事であることを忘れてうっとりと見惚れてしまっていた。


「あ、俺はコレで。」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」


圭はあっさりとメニューを指差して注文する。

華は圭の裏切りに言葉をなくしていた。


「ずるい。ずるすぎるよ〜。」

「せめてずる賢いと言ってくれないかな。」


圭はカチャカチャとカフェオレの氷をストローでかき回す。


「そういえば、さっき歩いてる時に立ち止まっちゃったのはなんで?」

「ああ…。あれか。前、涼と買い出しに行った時に困ってた人を助けたって言っただろ?実はその人車椅子の人だったんだよ。で、俺と涼が階段を上る手伝いをしたってわけ。」

「ふーん。」


華もコーヒーにミルクを垂らす。

まるで光と闇の境目を表すかのような美しいグラデーションが生まれ、スプーンによってそれらは混ざり合う。


「でも、さっき歩いてる時にその人が歩いているのを見かけたんだ。」

「えっ!?どういうこと?つまり、車椅子に乗ってたはずの人が歩いてたってこと?」


圭は首を縦に振る。

華は不思議そうな顔で顎に手を当てて腕を組む。

しかし直ぐに得心がいったとばかりに目をキラキラさせた。


「見間違いじゃないかな?」

「簡単な答えだな。でも、その人外国人だったんだ。薄い透き通るような茶髪に綺麗な茶色の瞳だったから、間違えることはないと思うんだけど…。」

「外国の方ならなおさらだよ。よく言うじゃん。白人は黄色人種の見分けがつかないって。当然日本人も欧米人の見分けがついてなかったりするしね。」

「そうなのかなぁ…?」

「多分考えすぎだよ。」

「そうだよな。それならいいや。」


圭は力を抜くように大きく伸びをした。


「お待たせいたしました。ぴゅあぴゅあおむらいす♡になります。こちら、文字をサービスで書かせていただいてますが、なんとお書きしましょうか?」


華はしばらく考え込んだが、何もいい案が思い浮かばず圭に助けを求めるような視線を向けた。


「すみません。これって檸檬(れもん)とかめちゃくちゃ画数多いやつ書いてって言えるんですか?」

「や、柳君…。」


圭は黒い笑みを浮かべメイドに聞いた。

メイドは引きつった笑みを浮かべ、華は呆れたように笑った。


「申し訳ありません。ご主人様。アルファベットや平仮名でお願いします。」

「いや、すみません。興味があって聞いただけなので。じゃあ、『りょう♡りん』って書いてください。」

「柳君…。」


華は呆れを通り越して愕然(がくぜん)としていた。


当然メイドは圭のことを『りょう』、華のことを『りん』だと勘違いして、満面の笑みでオムライスへと文字を書いていく。


「では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。ご主人様。お嬢様。」


一礼して去っていくメイドを感情のこもらない目で見届けた華は、そのままパフェをぱくついている圭へと視線を向けた。


「ん?なんだ?伊吹ちゃん欲しいの?」

「違うよっ!なんで私がこんな文字書かれなきゃいけないの!」

「まぁまぁ、俺に助けを求めちゃったからなぁ。それはもう"好きにしてください"ってことと同じってわけよ。」

「あーあ。もう写真撮って凛ちゃんに送り付けよっと。」


華はパシャパシャと何枚もオムライスの写真を撮り始めた。



「今日は楽しかったね〜。」

「本当そうだな。って楽しむために行ったわけじゃねぇよ!」

「もちろんわかってるよ。ちゃんと技術は見て盗んできましたよ〜。」

「流石だ伊吹ちゃん。明日それを坂井ちゃんに伝授して、登校日にはホール係全員に教えられるようにしておかないとな。」

「おっけー。じゃあ、私こっちだから!」


華は大きく手を振りながら走り去っていく。

送ろうと思っていた圭は一瞬追いかけようとしたが、まだそこまで暗い時間でもなかったためそのまま見送った。

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