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10th Round  作者: 藤島高志
護るべきモノ
33/44

XIV

電話の相手には思いの外早く繋がった。


「新さんですか?こんばんは。涼です。」

「おお。どうした?」

「少し変なことを聞きますが、新さんは結構慈事業を熱心にされてますよね?」

「仕事柄、経済的に発展途上の地域の人と関わることは多いからね。CSRってやつだね。とはいえそれがどうかしたのか?」


新の仕事は宝石の買い付けから加工、販売まで多岐に渡る。

実際日本で売られている宝石はアフリカなどの発展途上の地域で採掘されることが多い。

そういうところではある程度のお金を払えば採掘権を得ることができてしまうのが現状だ。


「1人、困っている知り合いがいまして。少し会ってお話しさせていただけませんか?」

「お前は相変わらずお願い事の時は特に他人行儀だな。まぁ構わないぞ。明日とかどうだ?」

「明日…ですか。わかりました。ではお願いします。」

「じゃあ、待ち合わせはカフェにしようか。オススメの店があるからとりあえず昼頃家に来てくれ。」

「わかりました。ありがとうございます。では明日。」

「じゃあなー。」


涼は通話を終え、緊張した空気を吐き出すかのように長く息を吐く。

リビングへと戻ると、テーブルにはレイラが突っ伏して寝ていた。


「気楽なもんだな…。」


涼はレイラをベッドまで運ぼうかと一瞬考えたが、その安心したようなすっきりとした寝顔を見て、結局やめておくことにした。

だからといってさっきまでレイラが使っていたベッドで自分が寝るのはなんだかよろしくない気がしてソファへと寝転がることにした。


眠りにつこうとしたところで不意に携帯の着信音が鳴り響く。


表示されたディスプレイの文字に涼は何かを思い出したように目を見開き、恐る恐る電話に出た。


「貴方死んでないの?」

「いや、いきなりご挨拶だな。」

「今までなんの連絡もよこさないからでしょう?それなりに心配したのよ。」

「あー…そうだな。心配かけてごめん。」


涼が素直に謝ると凛は驚いたようにくすりと笑った。


「それで、結局どうなったの?」


涼はレイラと話したこと、自分がどうすべきか考えとった行動を掻い摘んで説明した。


「そう。よかったわ。」

「なにがだ?」

「彼女、貴方に負けたら死ぬつもりのようだったから。正直なところ彼女とはいいお友達になれそうだわ。」

「そうかよ。まぁ、また明日連絡するよ。」


涼は電話を切ろうとすると、凛が引き留めた。


「涼、貴方明日何処かに行くと柳君が言っていたのを忘れたの?」

「あっ!」

「忘れていたのね…。私、貴方がいないと嫌なのだけれど。」


電話から聞こえる凛の抑えた低めの声に涼の心拍数は跳ね上がる。


「ええ!?それってもしかして…?」

「なにを考えているかは知らないけれど多分違うわ。」


はぁ、と涼はため息を漏らす。


「そういうのは勘違いさせやすいぞ。だから嫌な人にも好かれるんじゃないのか?」

「前も言ったけれど私がこんなに近い距離で接している男の子は涼が初めてよ。」

「だから!」

「なにかしら?」

「もういいよ…。とりあえず圭には明日行けなくなったって伝えておくよ。凛は圭と話して自分で決めたらいいと思うよ。」

「わかったわ。夜にごめんなさい。じゃあおやすみなさい。」

「ああ。おやすみ。」


涼は通話を終えるとソファに再度倒れ込んだ。

凛が何故あんな事を言ったのかはとても気になったが、考えても考えても答えは出なかった。

引き換えと言ってはなんだが、その日は一睡もできなかった。




翌朝、目が覚めたレイラは椅子に座ったまま寝てしまったことにより身体がガチガチに固まっていた。


大きく伸びをすると体の節々が悲鳴をあげる。


「起きたか。おはようレイラ。」


敵であったはずの少年は昨日までの殺し合いのことなどまるで気にしていないかのように優しく笑う。


「あ、ああ…。おはよう。」

「そう警戒するな。すまんが今日は少し付き合ってもらうところがある。お前のスポンサーになってくれるかもしれない人のところだ。」

「お前は本当にお人好しだな。何故私のようなものを助ける?」

「俺は助けてるつもりなんてない。ただ自分が間違っていると思ったことが許せないだけだ。」


涼は少し悲しげな顔をして目を伏せた。


傲慢(ごうまん)だな。お前がすべて正しいわけじゃないだろう。」

「確かにそうだ。本当にその通りだ。俺は人道的な事を口では言いながら、自分の価値観を押し付けているだけだ。」

「恐ろしく鋭い自己分析じゃねぇか。」


レイラが手を叩いて茶化すと、涼は暗い笑みを浮かべた。


「レイラ自身が本当に嫌で嫌でたまらないと言うのなら俺はお前を国に返すくらいのことはやる。けれど、能力(チカラ)は悪いが俺が完全に奪うことになる。」

「アメルから聞いた。正直なところ全然気づかなかったよ。私に魔力を与えていたとはな。」

「お前には必要だと思ったからだ。今からお前は全てを吸収し、全てを自分の血肉へと変えていける。言葉の壁なんかでそれを邪魔されたら困るしな。」

「まったく、どの視点でものを言ってるんだお前は。」

「偉そうに聞こえたならすまないな。じゃあ、朝ご飯にしようか。」


レイラはそれを聞いて年相応の少女のように目を輝かせ、椅子をガタガタと鳴らした。



涼は圭との待ち合わせの1時間前に連絡し、今日は行けなくなってしまった旨を伝えていた。

その直前に、凛が行けない旨を伝えていたらしく、ずいぶん執拗(しつよう)に「デートなのか?」と詮索されたのには流石の涼も閉口した。

レイラは意外と楽しそうに涼の後ろを素直について来た。


「なんか良いことでもあったのか?」

「いや、そうじゃねぇよ。」


レイラは驚くほど自然に、柔らかく微笑む。

それは涼に向けられたものではなく、世界に向けられたものだった。


「昨日とは世界が違って見える。そんな感じだ。」


彼女は人を殺すことに罪悪感を抱いていなかったわけではない。

暗く、深い闇の中で持てる能力を使い自分ができる最大限のことをやっていただけだった。

そこからやっと救い出され、もう人を殺す必要もなくなったのだ。

世界が違って見えるのは当たり前のことだろう。


「詩人じゃねぇか。せいぜい死なないように頑張れよ。」

「アメルか…。」


レイラはアメルに複雑な視線を向けた。

しかしその眼には敵意や怒りといった感情はない。


「お前にも世話になった。いやむしろこれからも世話になる。お前を勝たせてやれなくてすまなかった。」

「別にかまわねぇよ。この兄ちゃんが勝つらしいからな。」


アメルはそう言うと直ぐに虚空へと消えた。


「そろそろ時間だ。少し急ぐぞ。」

「ああ、わかっている。」


レイラは昨日までとは違う一歩をまた踏み出す。





「うう〜ん…。」


新は2人の少年少女を目の前にして悩んでいた。

オススメだったカフェの店長と涼が知り合いだったのには驚きを禁じ得なかったが、涼のお願いにはさらに度肝を抜かれていた。


「何?つまり、涼が連れて来たその…レイラちゃん?を支援して欲しい…と?」

「簡潔に述べるとそういうことになりますね。学校に通えるようにできれば養子、もしくは後見人になって欲しいんです。」


涼の顔は真剣そのものだった。


「…………。」


新は困ったような半笑いのまましばらく黙ってしまう。


「やっぱりダメですかね?」

「いや、ダメとは言わないけどね…。」


新はちらりとレイラの方を見るが、彼女の表情からはどう考えているかはよくわからなかった。


「あのな、まずお金の問題という部分では別に構わない。俺自身も嫌とは言わない。だけどな、結構道のりが厳しいものなんだよな。」

「それは十分わかっているつもりですが…。」

「ならいいけれど、まず養子にしたからといって日本国籍が取れるわけじゃない。学校は留学という形で受け入れてくれるかもしれないが、身分証明書はあるのか?」

「ここにパスポートがあります。」


涼はレイラのパスポートを差し出す。


「レイラ・ルルーシュちゃん…ね。君は、俺の養子になることに反対する気持ちはないの?というよりはなんで日本に住みたいのかな?」


新はなるべく優しい声を出したつもりだったが、レイラは少し不思議そうにこちらを見ていた。


「ええと…理由もなく国際養子縁組をすることはできないよ。役所に届け出をしなきゃいけないしね。」

「私は親がいない。生き方もわからないし、学校にも行ったことがない。私は故郷を救いたいと思う。そうするには学校に行けとカガリが言ったからだ。」


新が視線を涼に移すと涼は真っ直ぐに見返してくる。

つまり涼は本当にそう言ったのだ。


「涼はレイラちゃんとどうして知り合ったの?彼女、自分で日本に来れるような感じじゃないけれど…。」


すると涼は困ったような顔になる。

聞かれると思ってなかったのか、と新は内心まだまだ子供な涼に対して微笑ましい気持ちを抱くが、ここは少し厳しくいがなければならないところでもある。


「俺が簡単に1人で決められることじゃないからな。レイラちゃんを養子にするなら、藍にも相談しなきゃいけないし、圭にも話さなきゃならない。でも、レイラちゃんのことが何1つわからないんだったら俺も考えようがないだろ?」


涼は黙ったまま下を向いてしまった。


「すみません…。」


しかし、レイラはそうではなかった。


「私は元々、掃き溜めのような街でテロリストみたいなことをやっていた。日本に来たのも簡単に言うならば人を殺すためだ。しかしそれを涼に無理やり止められたと言うわけだ。」


新は驚きすぎて言葉が出なかった

涼を見ると、彼もまた口をパクパクしているだけだった。

つまりこれもまた真実というわけだ。


「あー…想像してたのよりもすごいな…。なんて言えばいいのかな…。今は、そういう気持ちはないのかな?」

「今は気持ちを入れ替えて、真面目にやろうと思っている。信じてもらえなくても仕方がないとは思う。」

「新さん。レイラは、それしか方法を知らなかったんです。だから俺は彼女に学んで欲しいと思ったんです。」

「そうか。レイラちゃんはどうなのかな?しっかりやれるか?」

「ああ。カガリに救ってもらった命、私は無駄にしようとはしない。」


涼は気恥ずかしそうに視線を泳がせる。

そんな涼の姿を見て新は嬉しそうに目を細めた。


「涼…お前は優しい人間に育ってくれて本当に嬉しいよ。とりあえず話はわかった。藍と圭に話はしてあげよう。結果がどうなるかはまた今度だ。早ければ次の学期から学校に通えるといいね。」

「あ、ありがとうございます!ほら、レイラも頭を下げろ。」


涼がレイラの頭をつかんで下げさせた。


「なんだこれは?何か意味があるのか?」

「レイラちゃんはそういうことも覚えていかないとね。」


新は心底可笑しそうに笑った。

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