XI
圭と華はテーブルに所狭しと並べられたお菓子に目をキラキラと輝かせた。
「うわ〜!これ本当に全部食べてもいいの?怒られたりしない?」
「別に構わないけど、全部は無理でしょ…。」
「さすが涼だな〜。おー!これも美味い!」
「ってもう食ってるのかよ!?」
涼が作ったイチゴのショートケーキ、スコーン、ガトーショコラは2人によってみるみる減っていく。
2人がパクパクとお菓子を食べるのを尻目に、凛はゆっくりとケーキを口に運んでいく。
涼はその動作を固唾を飲んで見つめていた。
凛はそれに気づくと、咀嚼を終えてから眉根に皺を寄せて涼を睨んだ。
「なに?食べているところを見られていると不快なのだけれど。」
「あっ!?えっ、いや…ごめん。」
「あら、素直ね。反論すると思ったのだけれど。」
「そうかよ…。それで、味の方はどうだ?」
「あの2人と同じ感想よ。流石ね。」
「そっか。なら良かったよ。だけど、このままだとケーキバイキングみたいな店になりそうだな。」
涼は気恥ずかしさを隠すために頰をポリポリと掻きながら笑う。
「それは認めんぞ!」
「そーだそーだ!そんなんじゃダメでしょ!」
圭と華からかなり真剣な顔で反論を受けた涼は不思議そうな顔になる。
「え?なんで?」
「お前はなにもわかっていない!オムライスに名前を書いてもらうという定番はどうした?そんなこともわからないのか?」
「恥ずかしがっているあの子に名前を書いてもらうのがいいんじゃない!篝君は誰かに書いてもらいたいと思わないの!?」
「いや、その…。」
「なに?」
2人は詰め寄るように身を乗り出す。
困った涼は凛に助けを求めたが、凛は我関せずといったようにスコーンに手を伸ばした。
「あのさ、冷静に考えて俺たちがサービス受けるわけじゃないんだからな。特に俺なんて厨房担当なわけだし…。」
涼の言葉に2人は真っ白に燃え尽きたように立ち尽くす。
「おーい?2人とも大丈夫か?」
「えへ、えへ…えへへへ…。」
あまりにショックだったのか、華は薄く笑いながら焦点の合わない目でケーキを口に運び続けるマシーンと化してしまった。
「あは、あはははは…。」
一方の圭もペットポトルのお茶を上手く飲むことができずに服がびしょびしょになっていた。
そんな2人の惨状を無表情で見ていた凛は不思議そうに呟く。
「なんでこの2人はこんな感じになってるの?あ、このスコーンも美味しいわね。」
「それは良かった…って今はそれどころじゃないだろ!なにがこいつらにとってショックだったんだ?」
「わからないわ。ほら、伊吹さん?しっかりしなさい?」
ケーキが無くなった皿にフォークを空振りし続ける華を凛が揺すると、凛に抱きついて泣く。
「うわぁぁぁん!私…凛ちゃんに恥ずかしがりならオムライスにLOVEって書いて欲しかったのに…うわぁぁぁん!」
「…………。」
凛は華を引き剥がすと全くの無表情でスコーンを再び食べ始めた。
「あー…圭はどうしたんだ?」
「お前…メイド服の…東ちゃんや坂井ちゃんに…おいしくな〜れ♪とかしてもらいたくなかったのか…?」
圭は悔し涙を流し肩を震わせていた。
「救いようがないわね。この2人は。」
「そうか?俺も別のクラスだったらうちのクラスのメイド喫茶なら行ってみたいと思うけど?」
「馬鹿じゃないの。あんなの上辺だけじゃない。そんなのものの何が良いんだか。」
凛は紅茶を飲み終えるとおもむろに立ち上がり、自分の使った食器を洗い始めた。
「そんなことはない!坂井ちゃんわかってないよ!全然わかってない!」
圭はいきなり活力を取り戻し机を叩いた。
涼は圭と華の食器を回収し、皿洗いに加わる。
「確かに、本当にやりたくてやってる人にその物言いは失礼だな。みんながみんな上辺だけでやっているわけではないだろう。」
「それもそうね。言い過ぎだったわ。ごめんなさい。」
「まぁ、気にしなくていいよ。でもその代わり、今日はこれからメイドカフェへ行こう!そしてメイドのなんたるかをみんなで学ぶんだ!」
「私は嫌なのだけれど…。」
「俺は無理だ。遠出になるだろ?」
「そうだな…今日の昼食をメイドカフェってのはどうだ?」
「いや、今日は悠が弁当を持たせてくれたから、昼食も無理だ。」
「それは俺が食べるから安心しろ。お前は坂井ちゃんとメイドカフェに行ってメイドのなんたるかを教えてやれ。」
「さらっと他人の弁当盗ろうとしてんじゃねぇよ。」
「やんのか?あ?」
圭と涼は睨み合い、視線で火花を散らす。
「まぁまぁ。2人とも落ち着いて。私は明日行くということにすれば良いと思うよ〜。」
華は洗い物を終えた凛にしなだれかかるようにくっつく。
凛は初めは嫌がって引き剥がそうとしていたが、華の力の強さに諦め、為すがままにしていた。
「明日か…。俺は別にいいけど…。涼は?」
「本当に行く意味があるのかは疑問だが、別にいいよ。もちろん凛もだぞ?」
それまで他人事のように携帯をいじっていた凛は露骨に嫌そうな顔をした。
「今日は悪いけど自分の家に真っ直ぐ帰るよ。」
「おう。別に構わないけど、どうしたんだ?」
「いや、なんか話があるとか言ってたからさ。別に涼の家行った後でもいいんだけど、一応早く帰っておこうかなって。」
圭は恥ずかしそうに頭を掻く。
見た目からそう判断する人は少ないだろうが、圭は家族のことを大事に思いかなり大切にしている節があった。
「わかった。じゃあ今日俺は1人だな。」
「あれ?悠ちゃんいないのか?」
「ああ。言ってなかったな。友達のところでお泊まり会だってよ。」
涼は下駄箱で靴を履き替えながら何事もなくそう言ったが、黙ってしまった圭の方を見ると靴箱の扉を開けたり閉めたりを繰り返していた。
「お泊まり……彼氏……。」
「いや、誰も彼氏なんて言ってねぇだろうが。女の子の同級生の家だぞ。」
「あ、ならいいや。」
圭の変わり身の早さに呆れながらも、涼はこれほど悠を想ってくれている圭に感謝していた。
凛はそんな2人を見て不思議そうに涼の服の裾を引っ張った。
涼が振り返ると凛の整った顔が近付き、それに伴って涼の緊張も高まっていく。
凛は涼の耳に顔を近づけるとそっと囁いた。
「ねぇ。なんで柳君は悠ちゃんに告白しないの?」
しばらく凛の言葉を理解できず、ただ単に彼女の顔を至近距離で見つめていた涼は凛訝しげな表情で我に帰る。
「ああー…。今度説明するよ。今だと圭にも聞かれそうだしな。」
「わかった。よろしくね。」
「じゃあお三方、俺は先に帰るよ。涼は両手に花だね〜。モテる男は羨ましいですな〜。それじゃ!」
圭はいつもの軽薄な笑みを顔に貼り付けて帰っていった。
「あいつが言うと嫌味にしか聞こえないんだが…。」
「それは同感ね。前も告白されていたっていうのに…。」
「凛ちゃんそれどういうこと?」
凛はすぐに"しまった"という顔をして口に手を当てたが時はすでに遅く、ニヤニヤと笑う華と涼に前後を塞がれてしまい観念するようにため息をついた。
「話をしたいのならケイトのところへ行きましょうか。」
「それはどこのことなのかな?」
華は聞きなれない人の名前に疑問符を頭に浮かべたが、凛はついて来なさいと背中で言うように1人で歩き始めた。
「まぁ、着いてからのお楽しみということで。」
「あ、篝君が凛ちゃんとデートした場所?」
「違うよ!なんでそうなる!?」
「いい反応だね〜。じゃあ、楽しみにしながら行こうか。」
涼のツッコミにも笑顔で全く取り合わず、華は小走りで凛を追いかけた。
残された涼は呆れたように笑いながら2人を追って歩き始める。
「——ということがあったのよ。」
凛はティーカップを優雅に持ち上げると紅茶を飲む。
その白く美しい喉が上下するのをなんとなく見ていた涼は目が離せなくなってしまっていた。
「篝君。それはセクハラだよ。」
華は涼の視線に気づきそっと耳打ちをした。
涼は慌てて目を逸らし、紅茶を一口飲んで心を落ち着かせる。
「そんなことがあったのか。でも、いかにも圭らしいし、俺は別に驚かないな。」
「そう?そんなに自分を好いてくれる人に、"私があなたを好きになることは絶対にありません"って言うのと同じことよ?」
「いや、それお前が言っても全く説得力ないぞ?」
「そうかしら?私はそういうのに全然興味がありませんって言ってお断りするけれど。」
「態度の問題だよ。」
「あのさ、1つ聞いていいかな?」
涼と凛の会話に割り込むように華が声を上げる。
「どうしたの?」
「今までの態度を見てるとさ、悠ちゃんって絶対柳君のこと好きだし、柳君は絶対悠ちゃんのこと好きだよね?なんで2人は付き合ってないの?」
凛もその疑問に同調するように涼に視線を送る。
2人の視線を浴びた涼は大きく溜息をつくと、椅子にもたれかかった。
「凛には言ったけれど、俺の両親は既に亡くなっている。それがトラウマとなって悠は大切な人を失うことを恐れているから。」
そこまで話すと涼は紅茶を飲み干した。
凛は相変わらずの無表情だったが、華はわかりやすく申し訳なさそうな表情になっていた。
「悠はもう精神的に大人も言えるくらいには成長していると思う。けど、身内贔屓もあるかもしれないが、俺としては頭が良くて、色んなところで気を遣うことができる子だと思ってる。だから、もし悠の気持ちが圭に向いてなくても圭という大切な友達を失いたくないがために圭のことを受け入れてしまうかもしれない。俺と圭は相談してこの結論に至ったんだ。」
「柳君にはたまったものじゃないわね。」
「そうかもしれないな。けど、圭は悠が高校を卒業するまで想いを伝えないって決めたんだ。圭のことだから、余程のことがない限りそれを破るようなことはないと思う。」
「柳君も大変ねぇ。」
凛も先ほどの涼と同じように紅茶を飲み干し、ケイトに紅茶のお代わりをもらうために厨房へと食器を持って行った。
涼は残された華の涙が今にもこぼれ落ちそうになっているのを見て、ハンカチを取り出そうとしたが生憎ポケットに入っていなかったためテーブルに置かれていた紙ナプキンを差し出す。
「ありがとう…。ごめんね…私なんかより篝君の方が辛いのに…。」
「いや、もう過去の話だ。俺は圭の両親に育てられたからそういった点では何も不自由してないしな。」
厨房から戻ってきた凛は泣いている華を見て、驚いたような表情になり、涼に訝しげな視線を向けた。
涼は慌てて首を振り、潔白を訴える。
「とりあえず、圭はそういうやつなんだ。自分で決めたらそれを突き通そうとするし、いくらモテても半端な気持ちで付き合ったりしないんだよ。」
「私は好きとかそういうわけじゃないけど、あの見た目からは想像できないくらい誠実な人なんだね。」
「そうね。私も知った時は驚いたわ。でもなんで普段はあんな軽薄そうな態度なの?」
「あれは素だろ。俺といる時からずっとあんな感じだぞ。」
涼は嘘をつく。
常々涼は、圭の態度は自分のコンプレックスを覆い隠すための隠れ蓑なのかもしれないと思っていた。
不快に思うことはないが、圭は恵まれ過ぎている。
金銭的にも、才能的にも。
圭自身がそれをどう思っているのかは未だよくわからないままだった。
「あ、そうなんだ。でも柳君は何でもできるし、明るいし、かっこいいし、好かれる要素しかないよね〜。」
「伊吹さんって圭のことが好きなのか?」
「だからそんなんじゃないって!」
華は慌てて否定した。
その表情は本当に違うように見えたが、悪ノリをするのが高校生だ。
「本当かしら。私にはそう見えないけれど。」
「だよなー。いやよいやよも好きのうちって言うしなぁー。」
「それなんか意味違うから!だから本当にないよ!」
「まぁわかってるんだけどね。」
そう言って涼が紅茶を飲もうとした時にポケットの携帯が振動した。
「電話?」
涼は携帯の画面を見た瞬間、固まってしまう。
「ごめん。今日は俺帰るよ。」
涼が視線で凛に合図すると、凛は何かを察したのかこくりと頷いた。
わけを知らない華は涼に軽く手を振る。
「ケイトさん。いつもすみません。これ、お代です。」
「代金なんていらないよ。その代わり、凛と付き合ってるんだろ?どこまでいったんだ?」
ケイトはニヤニヤと笑いながら涼の肩に馴れ馴れしく手を回す。
「いや本当に付き合ってませんって!」
大人の女性の匂いと、ケイトのどことは言わないが柔らかい感触に耐えきれず涼はすぐにケイトから離れる。
「まだなのかよ。なんか面白い話があったらすぐ教えてくれよ。」
「いや"まだ"って…。何もありませんよ本当に。」
「まぁまぁ。頑張れよ。」
ケイトは馴れ馴れしく肩を叩き、涼は店を後にした。
店の外の蒸し暑い空気に辟易しながら携帯の着信履歴を開き、先ほど着信があった番号へと折り返しコールする。
数回の呼び出し音の後、相手が出た。
「カガリか。青竜川の河原で待っている。早く来い。」
電話の相手は一方的にそう告げると通話を終了した。
涼は携帯をポケットにしまい、無表情で自宅へと飛んでいった。
今回はここまでとなります。
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そろそろ2章も終盤になっていきます
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