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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
3/44

II



昨日の晴天がまるで嘘のように6月の空には『やはり』と言いたくなるような厚い雲がかかり、しとしとと雨が降り続けていた。


「あー…雨だとテンション上がらないよなぁ。いっそのこと学校を休みにして欲しいぜ。」


圭はビニール傘をくるくると回転させながらぼやき続けていた。

雨となるといつも圭のテンションは下がり、ネガティヴな発言を登校中に何度もため息とともに漏らしていた。


「でもお前今のクラスになった時に、可愛い子が多いからテンションが下がる日なんてあり得ないとか言ってたじゃん。」


涼がからかうように言うと、それを隣で聞いていた悠はあからさまに不満そうな表情になる。


「へー…。圭君ってやっぱりそういうのが好きなんだ…。」

「あ、いやそういうことじゃなくて!うちのクラスは確かに人気のある子が多いけど!俺はそんなこと気にしてなくて!だから…その!一般的な意見だよ!」


急にトーンダウンした悠に、圭は慌てて弁明を始める。

しかし1度損ねてしまった悠の機嫌はなかなか戻らない。


涼は悪ノリで圭が言ったことをそのまま伝えてしまったが、確かに涼自身も自分が所属しているクラスにかなり可愛い子がたくさんいるとは思っていた。


学年1位の人気を誇り、委員長の仕事もこなす伊吹(いぶき) (はな)を筆頭に、学年3位の清楚で人当たりのいい(あずま) 千彩(ちさ)や、学年4位の快活スポーツ少女の倉持(くらもち) (かなで)など、学年でもトップクラスの人気を誇る面々が並んでいた。


ちなみに、なぜ学年内での人気を順位という形ではっきりと知ることができるのかというと、そういうことを裏で企画して実行する男子達がいたからだった。

涼も圭も投票しているあたり、すでに2人も企画者達と同類であったのだが。





圭は朝の教室で机に突っ伏してうなだれていた。

あれから必死で悠の笑顔を取り戻そうと尽力(じんりょく)し続けた結果、圭は夏休みに2人きりでデートをするという約束をしてなんとか悠の機嫌を直させたのだった。


「というかさー…俺の好きな人って悠ちゃんなんだから別にあんなに怒らなくてもいいじゃん…。」

「まぁ、俺は知ってるけど悠は知らないわけだから仕方ないだろ。」


それならばさっさと伝えればいいものを、と他人からは思われるかもしれないが、悠は非常に不安定な時期があった。

それは、両親という大切な人を突然亡くしたという喪失感(そうしつかん)と恐怖からだった。

当時はまだ幼かったため『人の死』というものをよく理解することができていなかったが、いくら泣いても(わめ)いても両親が帰ってくることはなかったということだけは悠の心に大きな傷となって残っていた。


その弊害(へいがい)により、少なくとも小学生になるまでは涼や圭以外の他人と深く付き合おうとしなかった。

他人と付き合うということは、自分にとって大切なものを増やすことであり、逆に考えればそれらを失うリスクをも自ら高めることでもある。

悠はそれを無意識のうちに忌避(きひ)していたのだった。


涼から見ても現在の悠は非常に落ち着いているように見える。

しかし、圭は自分の中で悠が高校を卒業するまでは想いを伝えないと決めていたのだった。

もしかすると悠は大切な『友達』を失いたくないばかりに、好きでもない自分との関係を繋ぎ留めるために、想いを受け入れてしまうかもしれないことを圭は恐れていたのだ。


「俺はもう大丈夫だと思うんだけどなぁ。圭が煮え切らないから、(ちまた)では圭は特定の彼女を作らないって有名になってるけどな。」

「その言葉だけを聞くとさ、なんかものすごい女誑(おんなたら)しみたいに聞こえるからやめろ。」

「確かにな。そんなんじゃないのにな。」


涼は他人事(ひとごと)のように本当に楽しそうに笑う。

他人の色恋沙汰(いろこいざた)を外から眺めていられるうちはとても楽しいものだ。


圭は、悠が圭に想いを寄せていることを知らない。

悠は、圭が悠に想いを寄せていることを知らない。

教えるのは簡単なことだが、涼は成り行きに任せるのが一番いいと考えていた。


そんなことを涼が思っているとは(つゆ)ほども知らない圭は机に突っ伏したまま、横に座っている涼を見てため息をつくと、仕方がないな、というように諦めて笑った。


クラス全員が登校完了し、とりとめもない雑談をしていると唯が入ってきた。


「朝からいつもいつも元気だなぁお前らは…。私は眠い。非常に眠い。だがな、私は明日の午後から休みなんだ!しかも月曜は有給までとってしまったんだ!だから小旅行にでも行ってくるぞ。お前らお土産は期待してればいいぞー。」

「よっしゃー!」

「さすが唯先生!」


唯の言葉にクラスメイトたちのテンションは俄然(がぜん)高まった。中には唯に向かって賞賛の歓声をあげる者もいた。


しかし、唯の発言の中に「有給」という言葉が出たのを疑問に思う人もいるだろう。

『教師』という職業は激務で、残業は当たり前、土日も返還して部活の顧問、というイメージが現代は一般的である。


しかし、白峯学園は教師1人1人が主体的に勤務時間を決めることができるのだった。

よって給与も固定給は少なく、歩合(ぶあい)の部分が大半なので、働いた分に見合った報酬を得ることができるのだ。


つまり、休みたい時には有給を取ることができたり、研究に没頭したい時は研究に時間を充てることもできたりと自由度が高く、もちろん仕事に出れば給料がもらえるというシステムを採用している。


そんな自由度の高いシステムが功を奏してか、かなり優秀な先生が多数在籍しているのがこの学園の強みだった。

週に4日以上かつ34時間以上の勤務、という条件を満たした教師のみに担任としてクラスが割り振られ、その教師がいないときは代理で副担任がクラス全体の指導を行う。


だから今日の午後からは副担任がクラスの指導を行うこととなる。

しかし涼は件の副担任の掴みどころがなく、のらりくらりとした態度が苦手なのであった。


「今日は…と、5、6限目は研究だな。今日はなんだっけな…?『正義とは何か』についての討論だったかな?お前ら頑張れよー。なんか白峯大学の教育学部の教授が見に来るらしいから。って言ってもいつも通りやれば良いか。」


唯の言葉に大体の生徒が肯定の声を返す。

それを見た唯は満足そうに(うなず)くと諸連絡(しょれんらく)の続きを伝える。


「正義についての討論ってさ、なんか喧嘩(けんか)になりそうな気がするんだけど…。」


圭は顔を前に向けたままこっそりと涼だけに聞こえる声で(つぶや)いた。


「まぁみんな子供じゃないから大丈夫だろ。自己主張はとりあえずして、強めに言う人が出てきたら(ゆず)るって形でさ。やっぱり議論はお互いを高め合うように持っていかないとな。」


涼もあくまで視線は唯の方に向けながら返す。


「それができれば苦労しねーよ。お前だってどうせ最後には熱くなるんだから。」


圭はため息をつきながら涼の痛いところを容赦(ようしゃ)なく突いた。


「お、おう…。そうだな…。」


涼は若干だが自分の意見を押し付けてしまう癖がある。

ごく偶にだが、相手を完全に論破(ろんぱ)するまで主張続けようとしたりしてしまうところがあるため、圭の言葉は自分への(いまし)めとして受け取っていた。


昼休みのいつもの演奏を終え、教室へ戻ると、4限目まであった机や椅子たちは壁へと収納され、どこかから運び込まれた長机と椅子が教室に会議室のような雰囲気を生み出していた。


「何度見てもこれは慣れないよなー。」


圭はそれらの設備を横目で見ながら口笛を吹く。

少し古い時代のバンドの旋律が若干音を外しながらも心地よく涼の耳に響いた。


「いや、俺はむしろ楽しみだけどな。こうやって自分で考えて、自分の主張を自分の言葉で周りに理解してもらう。これこそが社会に必要な能力だろ?学生のうちに何度もそんな経験ができるんだぜ?良いことじゃないか。」

「そうなのかもねー。でも、すでに熱くなってるぞ。抑えとけ抑えとけ。」


圭は涼の興奮した様子をみてからかうように笑った。

5限目の前になると、生徒たちは各々好きな席へと着きはじめる。

こういった議論の場では、ポジティブ(賛成)とネガティヴ(反対)と言ったように対立の立場を明確にして、席が分けられることがあるが、白峯学園はそういう手法はとらなかった。


涼はいつも通り圭の隣で、涼の反対側の隣には坂井(さかい) (りん)というハーフの美少女が座った。

討論が始まると、やはり自主性を重視する校風を象徴(しょうちょう)するように積極的に手が挙がり続ける。

涼は自分の意見を述べることが大好きであり、加えて他人の意見を聞くのも好きであったため、楽しみながら議論に参加していた。


一方の圭は発言はあまりせず、いつもの軽薄な薄ら笑いを顔に貼り付けたまま議論を眺めていた。


討論は「正義は法律という基準によって概念(がいねん)づけられ、それによって人を救済する行為」という結論出して終わった。


最後に見学した教授による講評が行われた。

講評では一通り生徒のレベルの高い議論を()めた後、課題として新しい疑問を発した。

それは、『個人の問題ではなく、集団同士で正義がぶつかりあった場合、どのようにするのが良いか』というものだった。


個人間の問題では、法律に従って対処すれば問題は解決することができる可能性が高い。

しかし、集団の中にはルールがあり、集団同士の正義が異なるのは国家単位で考えると当たり前だった。

クラスメイト達はその問題に答えることができず、静けさが教室を支配する。



しかし、それを打破した人物がいた。


「少しいいですか?」


それは、涼の隣に座り、討論の間もずっと沈黙(ちんもく)を貫いていた凛だった。


「国家同士の対立はほぼ全てが価値観や思想、宗教の違いによって生み出された正義のすれ違いから始まります。一度ぶつかり合ってしまうと、彼らは自分の正当性をまずは相手に理解させようとしてしまいます。でも、それはよく考えると当たり前のことだと思います。」


涼は隣で話す少女の美しさや強さに目を奪われる。

彼女はとても目立つ整った容姿をしていたが、周囲に対して壁を作り他人と一切必要以上に関わろうとしないことで有名であり、涼も数回しか話したことはなかった。


こんなに饒舌(じょうぜつ)な凛を近くで見られた嬉しさと、彼女に対する純粋(じゅんすい)な興味が涼の視線を凛から逸らすことを不可能にしていた。


「国家同士の対立ともなると、相手の言い分を少しでも認めるだけで損失を(こうむ)ってしまう可能性があるこは否定できません。でも、そこで相手のことを理解しようとすれば、相手も自分のことを理解しようとしてくれるかもしれない。これは理想論の域を出ませんが、可能性は低くてもそれが1番の良策(りょうさく)だと私は考えます。」


凛が話し終わった時、彼女に視線を向けていない者は教室の中に誰1人としていなかった。

司会を務めていた委員長である(はな)も、司会として再始動ができたのは凛が席に着いてから2秒後のことだった。


教室の前にいた教授の拍手を合図とするように、教室中から拍手が巻き起こる。

涼は賞賛を浴びても全く表情を変えることのない凛の横顔を見つめていた。

彼女の長い金色に輝く髪の合間に見える形の良い耳には緑色の宝石をあしらったピアスが光っていた。




「今日の…あの子、坂井凛っていう名前だったっけな?あの子すごかったな。」


いつも通り圭は涼の家のソファにダイブするように突っ込み、大きな伸びをしながらそう言った。


「ああ。人を近寄らせない高い壁を周りに築いていると思ったら誰よりも大人な意見を言うことができるんだもんな。」


圭の惜しみない賞賛に、涼は素直に同意する。


「何かあったの?」


状況を理解できない悠は1人不思議そうな顔をする。

圭は寝返りを打ち、うつ伏せから仰向けになると、悠に経緯(いきさつ)を説明した。


「ふーん。とにかくすごい人がお兄ちゃん達のクラスにいるってことなんだよね。私も1回会ってみたいなぁー。」

「綺麗で、冷たい雰囲気をまとった金髪の女の子だよ。もし見かけたら話しかけてみると良いかもねー。でも応じてくれるかどうかは運次第ってところかなー。」

「そっかー。それは残念だね。」


悠は本当に残念そうな顔をした後、ソファに寝ている圭のお腹の辺りに座り、テレビを見始めた。


「今日はパスタにするぞ。あと30分くらいでできるから、悠は先にシャワーを浴びたらどうだ?」


悠はテレビと涼を交互に見やり少し逡巡(しゅんじゅん)したのちに、2階へと着替えを取りに行った。


「なぁ、明日うちに来ないか?親父達がお前ら2人に会いたいらしい。」

「明日…。明日ってことは金曜日か。俺は構わないよ。悠に後で聞いてみてくれ。」


涼は料理をする手を止めずにそう答える。


「おっけー、わかった。泊まっていくなら地下で3人で演奏して遊ぼうぜ。」


圭は既に悠が同意したかのように喜びながら明日の予定について色々と1人で考え始めた。




悠がシャワーから上がると、他愛もない話をしながら食卓を3人で囲む。

涼はクリームスパゲッティ、ペンネのボロネーゼ、ペペロンチーノと3種類のパスタを作り、どれも好評であった。


悠は圭の家への招待を断るはずもなく、申し出を2つ返事で了承した。


「明日は夜まで楽しもうぜ!」

「いやいや圭君。そこは徹夜だから朝までだよ!」

「俺としたことが…そうだな!朝まで楽しもうぜ!」


圭と悠の2人は留まるところを知らずにヒートアップし続け、涼は明日の忙しさを思い呆れるように笑いながらも、同時に自分も楽しみにしていることに気付いていた。


「お前ら、節度を持って楽しもうな。」

「ノリ悪いなぁ。酒を飲むわけでもないんだからいいだろうが。」

「そうだぞお兄ちゃん!そんなことを言っていると修学旅行で友達に白い目で見られるぞ!」


悠と圭のテンションの高さに若干押されながらも、涼は圭の親の用事について考える。

考え事をしながらだったため、ペペロンチーノの中に入った唐辛子を何も考えずに口に入れてしまい、強烈な刺激が涼の感覚を支配した。


「——っ!?辛すぎだろ!?」

「涼?大丈夫か?」


圭が差し出した水を一気に飲み落ち着いた涼は若干涙ぐみながらも笑って見せた。


「お兄ちゃんは変なところで抜けてるなぁ。」

「完璧すぎても面白くないだろ?」

「ちっとも完璧じゃないけどね。」


冗談に真面目に返され、涼は圭に助けを求める。

圭は我関せずといったように目で涼の求めを拒否し、笑顔でペンネにフォークを突き刺した。

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