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10th Round  作者: 藤島高志
護るべきモノ
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「なぜ私が入浴中とわかっていながら貴女も入ってきたのかしら?」

「日本では裸の付き合いというのがあるんだろ?その風習に(なら)ったつもりなんだが…。何かまずかったのか?私とて、人前で裸になるのは恥ずかしいんだぞ?」


レイラは若干顔を赤くして言う。

その態度に呆れたように大きくため息を吐きながら、凛は湯船の中で座る位置を変え、彼女が入れるスペースを開けた。


「恥ずかしいなら初めからやめておきなさい。あと、誤解がないように言っておくけれど、裸の付き合いというのは、文字通りの意味ではなく、精神的な意味での裸の付き合いという言葉よ。」

「あ、そうなのか?まぁ、入ってきてしまったものは仕方ない。だが、変わった形の風呂だな。なぜリンはバスタブに浸かっている?」

「裸の付き合いは知ってるのにお風呂の入り方も知らなかったのね…とりあえず、身体を洗いなさい。」


凛は日本人であるため、入浴はいつもの事であるが、レイラはちゃんとしたお風呂に入った経験がなかったのだ。

そのため、当然作法も知らなかった。


「?何で洗えばいいんだ?シャワーから水を出せば良いのか?」

「あー…もう私がやってあげるわ。」

「いや、さすがに身体を隅々まで触られるのはちょっと…。」


凛が湯船から上がると、レイラは警戒するように後ずさる。


「はぁ…。貴女入浴したことないの?」

「基本は沐浴だな。こんな豪勢な浴場が家にあるとは、さすが日本と言ったところか。」

「まず、そこのタオルを泡立てて身体を洗いなさい。髪は私が洗ってあげるわ。」


レイラは椅子に座ると、初めて見た日本のお風呂に子供のように周りを見回す。

凛は呆れたようにそれを見ていたが、やがて子供を見守るかのように優しく笑った。

しかし、そんな雰囲気に耐えきれなくなったリーンが唐突に現界した。


「ちょっと待つのです!私も凛に髪を洗ってもらうのです。というか、凛に髪を洗ってもらえるのは私だけなのです!」

「ちょっ!びっくるするじゃないの…。この子は髪とか気を配ってなさそうだからやってあげるだけよ。貴女もあとでやってあげるから少しは待ちなさい。」

「むー…わかったのです。」


リーンは口を尖らせると、大人しく服を消して裸になり、湯船へとゆっくり浸かり体を震わせる。


「リンはいつもリーンと入浴しているのか?」


レイラは身体を洗いながらそんな光景を珍しいものでも見るかのように眺めていた。


「いや、いつもではないわ。ごくたまによ。」

「そうなのか。私はアメルとは沐浴したことはないぞ。」

「わかってるわよ!」


凛の当然のツッコミにレイラは「何故?」というように首を傾げた。


「いや、もう…。早く身体洗い終わりなさい…。」

「おう。わかっている。終わったぞ。」

「はいはい。じゃあ、目を瞑っておいてね。」


凛はいつもリーンにしているようにシャンプーを泡立て、身体を洗い終えたレイラの髪を優しく洗っていく。


月明かりに照らされた海のように輝く黒の髪は褐色の肌に映え、その美しさに凛は髪を洗いながら黙ってしまっていた。


「おい?どうした?何かおかしいところでもあるのか?」


不思議に思ったレイラが目を瞑ったまま尋ねる。


「少し貴女の髪に見惚れていたのよ。気を遣わなさそうなわりに、とても綺麗な髪で羨ましいわ。」

「ふーん。そうなのか。それならよかった。だがリンの金髪も綺麗だと思うぞ。」

「私はとても気を配って毎日トリートメントをして、寝る前には必ず乾かして…。という涙ぐましい努力をしているからよ。」

「努力して得たものなら自分にとって誇れるものだろう。それはそれで良いことだろ。」

「………そうね。」


凛は一瞬驚いた後、少し嬉しそうに笑う。

彼女にとって自分の髪は自信を表す代名詞のようなものであると同時に、嫉妬の対象でもあったため複雑な気持ちを抱えていた。


しかし、涼や圭以外の他人に素直に認められたのは凛にとってとても嬉しいことだったのだ。


「早くするのです!」


リーンが湯船から文句を言う。


「一体どうしたのよ。今日はやけに突っかかるわね。」

「むむむむむ…凛に髪を洗ってもらえるのは私だけなのですー!」


リーンが顔を真っ赤にして怒ると、レイラはそれを見下すように鼻で笑った。


「嫉妬か?見苦しいな天使様よ。残念だがお前はもう髪を洗ってもらえないな。」

「凛〜。この人がいじめるのです〜。」


リーンは眼に涙を溜めていたが、口をへの字にして泣くまいと耐えている。

凛はレイラの髪の泡を流し終えると、リーンの頭を優しく撫でた。


「次は貴女の番よ。ほら、泣かないの。」

「凛〜。」


リーンは凛の胸に顔を埋め、レイラはまさか泣くとは思っていなかったためか、少しバツの悪そうな顔をして湯船に浸かる。

凛に髪を洗ってもらったリーンはすぐに機嫌を直し、その後はとても楽しい時間を3人(?)は共有した。



お風呂から上がると、レイラは大きく息を吐きながら椅子に腰掛けた。


「飲み物は何がいい?」


凛がそう聞くと、レイラは不思議そうな顔をした。


「飲み物?なぜだ?」

「風呂上がりに飲み物飲まないと脱水症状になったりするのよ。意外とお風呂で汗かいてたりするんだから。」

「そ、そうなのか。お湯の風呂に入ること自体がなかったからな。そんなこと知らなかったぞ。」


レイラの話を聞き、凛はバツが悪そうな顔になった。


「あ、そうだね。ごめんなさい。」

「何故謝る?別に文化の違いだから気にすることはない。」

レイラは凛の謝罪の意味がわからないと言った表情をする。

「そう。なら私も気にしないでおくわ。」



飲み物を持ち、テーブルについた2人は、話すこともあまりなく自然と話題が今日のこととなってしまうのは当然だった。

レイラは受け取った水を一口飲んでから話し始めた。


「率直に言おう。私と手を組んでカガリを倒さないか?」

「無理な相談ね。私たちは互いの願いを共有することによって一時的な共闘関係にあるの。だからこんな言い方は良くないけれど、得体の知れない貴女に手を貸して、信頼するのは無理よ。」

「そうか。それは残念だな。では、少しばかり長くなるが私の身の上話を聞いてほしい。私はとある掃き溜めのような街で産まれた。父親の顔は知らない。戦いで死んだとしか聞かされていないからな。」


レイラは遠くを見つめるような眼で息を吐く。


「私や、他の子供達は小さい頃から銃を持たされ、戦闘訓練を受け、教育によって先進国に対する敵意を抱く。私も昔はそうだった。奴らの国々を破壊してやりたいとも思っていた。14歳になった頃、私に任務が課せられた。それは体に爆弾をつけて街へ行き、自爆するというテロ行為だった。女性や子供なら警戒心が薄れるからその方が良いという理由から選ばれたのが私だったのだ。当初は私は自分の命で少しでも仲間たちの役に立てるのなら、と喜んで任務を引き受けた。」


レイラの話を聞きながら凛は絶句する。


日本では起こるはずのない体験談を生で聞くのは当然初めてであり、全くそんな辛い経験を何でもないことのように話すレイラが恐ろしく、また心配でもあった。


「結果から言うと私は任務を失敗した。私は予定では商店街へ行き、そこで爆弾を爆発させる予定だった。しかし、人ごみの中を縫うように歩いている時すれ違った青年にはっきりと、確実に私に聞こえる声で“貴女に慈悲を”と囁かれた。私が不思議に思って振り向くと、コートの中に着込んでいた爆弾を固定するベルトをナイフで切り裂かれ、爆弾をあっという間に外されてしまった。当然街は大パニックでそこにいる殆どの人が私たちから離れるように逃げていった。青年は爆弾を拾い上げると、私も一緒に担いで車に乗せ、荒野に爆弾を爆発させに行った。私は任務を失敗したことと、何者かに攫われてしまったという恐怖心から隠し持っていたナイフで青年に切りかかった。だが敵うはずもなく気絶させられてしまった。私はしばらくして目覚めたら青年と一緒に彼のキャンプで暮らすことになっていた。」


「それで、そこからどうやって貴女はここに?」


「まず仲間の元に帰るのを諦めろ、さらにお前は危うく犯罪者になってしまうところだった、と言われてな。私にとっては到底納得できない話だった。だが、それからその青年は私を教育し、並行して戦闘訓練も行って私を一人前の戦士とした。だが、私は組織から抜けたつもりはさらさらなかった。その生活が2年くらい続いた頃だったか。ある日の夜、突然青年は私を連れてキャンプから逃げ出した。追手は誰かと思えばかつての仲間だった者達だった。私は喜んで彼らに近づいていったが彼らは私のことを敵とみなし、発砲してきた。私はその時気づいたのだった。彼らにとって私はただの使い捨ての駒でしかなかったことを。だが、不思議と彼らを恨むという気持ちはなかった。」


そこでレイラは無言で水のおかわりを要求し、凛がまたコップに水を注いだ。


「そこからは映画もびっくりな血生臭い銃撃戦だった。私と青年は敵を撃退したが、青年は不運にも致命傷を負い虫の息だった。私はその時初めて信じてもいない神に救いを求めたよ。だが、現れたのはアメルだった。私はアメルに救いを求めたがアメルは治癒の能力に関してはあまり長けていなかった。彼が契約できるのは13〜19の思春期の子供だけであり、青年と契約をして魔力で治すということも不可能だった。死期を悟った青年は、私に自分を人生の糧とするように告げた。目的の為に少数の犠牲は容認し、より多きを救え、とな。私はそれを受け入れ、青年にとどめを刺した。それから私は、金を稼ぐために青年の仕事であった何でも屋みたいなこと引き継ぎ、殺し、破壊、諜報、なんでもやったよ。けど私は、あの街の怨嗟の鎖を断ち切り、みんなが平和に暮らせるようにしたいんだ。そのためには、直接的な手段に打って出る組織を潰すことは厭わなかった。…とまぁ、私の身の上話はこんなものだ。」


凛は知らず知らずのうち涙を流していた。凛は自分のことをあまり感情が表に出ないタイプだと理解していたが、レイラの話は今までの常識を根底から覆すような苦難と悲哀に満ちた話だったため、涙が抑えきれなかったのだ。


「おい。リン。なぜお前が泣いている?」

「貴女もとても苦労したのね…。でも、私は貴女に協力することはできないわ。私の望みは貴女とは違う。と言うよりは、相反すると言ってもいいかもしれないわ。貴女は故郷を救うために戦っているかもしれない。けれど私は、世界のみんなの思考を変えようとしている。もしかすると貴女の故郷は救われるかもしれない。けれど私の願いによって貴女の故郷が救われることは絶対ではないわ。」


「そうか…。残念だが、私はリンと戦わなければならない。だが、今日は戦わないと約束したからな。正々堂々決闘しようではないか。」

「わかったわ。なら貴女も早く寝なさい。布団を出すことができるけれど、貴女はベッドと布団、どちらがいいのかしら?」


凛が尋ねると、レイラは不敵に笑って首を振った。


「床で寝ることに関しては慣れてるのでな。」



翌朝凛が目を覚ますと、無理やり押し付けた布団には既にレイラの姿はなく、昨日貸した寝巻きが脱ぎ散らかされており、洗濯しておいたレイラの服は無くなっていた。


眠気が残っているせいでなかなかはっきりしない頭でぼーっとしていると、リーンが声を伝えてきた。


(レイラがありがとうって言ってたのです。次会うときは正々堂々戦おうとも言ってましたのですよ。)

「そう。ありがとうね。リーン」

(いえいえ、アメルが凛に伝えるようにと言っていましたのです。)


凛は脱ぎ散らかされた寝巻きを洗濯機に放り込み、布団を干してから朝食をとった。

身支度をして寮を出ると、近くの電柱からレイラが飛び降りてきた。


「貴女ねぇ…他の人から見たら怪しいことこの上ないわよ?そういうことはやめなさい」


凛が渋い顔で諌めると、レイラは力を抜いたように笑う。


「見つからないようにしているから大丈夫だ。私は今日カガリに戦いを挑む。負けたらそれまでだが、勝ったら次はリンを倒す。一晩の恩はあるが、本気でやらせてもらう。」

「わかっているわよ。どんな結果になってもお互いの願いを叶えるためには仕方のないことよ。じゃあ、次会う時まで。」

「ああ。」


レイラはそう言って右手を差し出した。凛はそれを軽く握り、優しく微笑んだ。

レイラは手を離すと、また建物の屋根へと飛び移っていった。

凛はそれを眺めながら、携帯を取り出し涼の番号をコールした。




その日の朝は幸運な日だった。すでに過去形なのは現在は幸運ではなかったと涼が思っているからだった。

朝起きると悠がすでに起きており、自分の分の朝食も用意されており、しかも弁当まで悠が作ってくれていたというなんともありがたい状態だった。


悠は友達の家にお泊まり会だとかで、今日は帰らないと言っていた。涼は心配だったが、相手の家へと電話をかけ、気持ちばかりのお土産を持っていくように促した。

そんなことを思い出しながら、夏休みだというのに文化祭の準備で自分と同じように毎日通常通りに登校する生徒たちをぼんやりと眺めているとポケットの携帯が震える。


「あ、涼?凛だけど…今レイラと別れたわ。彼女、今日貴女に戦いを挑むって言ってたわよ。」


その言葉を聞いた瞬間から涼は鬱滞とした気持ちになる。

しかし同時に、力の差を見せつけ、さらに治療を行い、考える時間まで与えたのにもかかわらず、それでも自分と戦う道を選んだレイラに興味が湧いた。


「そうか。伝えてくれてありがとうな。それで、レイラはなんて言ってた?」

「故郷を救うって。彼女にとっての世界は故郷なのよ。ある個人にとっての世界はその個人の行動範囲によって変わってくるものだからね。もし戦ったとしても、どちらかが死んでしまっては嫌よ。」

「ほう。心配してくれてるのか?」

「は?いや別に…。私は悠ちゃんのことを考えてそう言っているだけよ。」


あくまで悠のためという凛の一貫した態度に諦めにも似た笑みをこぼしながら涼は礼を告げる。


「これは涼との共闘条件に含まれているような気がしてね。礼を言うことではないわ。」

「そうか。じゃあ、俺もう学校に着いたから。多分圭と伊吹さんももう着いているだろうし、気をつけて来いよ。」


電話の向こう側では凛が呆れたようにため息吐く。


「言われなくてもそのつもりよ。私は貴女の妹になったつもりはないのだけれど?」

「はいはい。気にすんな。じゃあな。」


涼は通話を終え携帯を鞄にしまう。

その表情は全くの無表情であったが、見た物を凍り付かせるような鋭く研ぎ澄まされた闘志が滲み出ていた。

今回はここまでとなります。

読んでいただきありがとうございます。


※個人的な政治的見解を匂わせるところがございますが、私の意思とは関係ありません。


誤字、脱字やわかりにくい表現等ご指摘ください。

感想、評価いただけると幸いです。

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