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10th Round  作者: 藤島高志
護るべきモノ
26/44

VIII

レイラは苛立っていた。


"騒ぎを起こされると面倒だから"という理由で偽造パスポートと日本行きの航空券を押し付けられ、席に何時間も"お行儀よく"座らなければいけないという(レイラにとっての)苦行を乗り越えたというのに関わらず、態度の悪さから入国審査が長引くという無駄なオプションまでついてきてしまった。


さらに、アメルの指示に従い盗んだバイクで移動するも、30km/h以上のスピード超過により何台ものパトカーから追跡を受ける羽目になり、追われている途中に盗難車であることもバレてしまったためさらに多くのパトカーに追われることになってしまった。

最終的に、結界を張ることで姿を消せば簡単になんでもできる事に気付くまでの間、様々なトラブルにレイラは見舞われた(ほとんど自分から引き起こした)のだった。


やっと強力な魔力同士の衝突があったところの近くまで来てみれば、アメルの探知能力がアクティブなものではなくパッシブなものであるため、どうする事もできないことに気付き、立ち往生(たちおうじょう)する形になってしまっていた。


「クソが!あ〜もう!…イライラすんなぁ!」


武器を持ち込める国ではないため、いつも護身用に持っている拳銃やナイフなども没収され、代わりと言ってはなんだがGPS付きの携帯を持たされていた。


「何か物を壊したりするんじゃねぇぞ。この国ではそういうのは後々面倒になるみたいだからな。」

「わかってんだよっ!」


レイラのストレスのはけ口となっていたジュースの空き缶は見る影もなくボコボコになっていた。


「それにしても、策もなくこの国に来たのは間違いだったんじゃねーか?金もそのうち無くなるだろ?」

「チッ…わかってるよ。そもそもお前の能力があてにならないのが問題なんだろ?」


精一杯の嫌味を言っても、アメルは表情ひとつ変える事はない。


「イラつくからって俺に絡むんじゃねーよ。なんかあったらまた伝えてやるよ。」


アメルはそう言うと虚空へと消えていく。



公園は多くの人々でごった返していた。

結界を解いたことにより、その熱気や喧騒(けんそう)を直接肌で感じ取ることになる。

子供連れやデートをしている人々の幸せそうな雰囲気に気分を悪くしたレイラは地面に唾を吐いた。

「(日本(ジャパン)…平和ボケしてて気に食わない国だ)」


レイラはグチャグチャになった缶をゴミ箱に投げ入れ、近くのコンビニへと入った。


「酒…は買えねぇのか。じゃあガムでいいか。」


意外にも律儀(りちぎ)に日本の法律を守り、アメルのために買おうと思った酒の棚から離れる。

そしてガムを適当に何種類か手に取り、レジへと向かおうとしたその時、アメルが不意に現界した。


「反応があったぞ。誰かを探しているのか、ソナーのようなものを使ったみてぇだな。で、どうすんだ?」

「決まってんだろ!」


レイラの瞳は殺意と喜びで爛々(らんらん)と光り始め、レジで金を払うのも忘れて手に商品を持ったままコンビニを飛び出す。

後ろで店員が何かを叫んでいたが全く耳には入らなかった。


「おい。これもしかして泥棒だと思われてんじゃねぇのか?」

「そんなことどうだっていいだろ。で、どっちだ?」


アメルは(だる)そうにため息をついた後に彼方を指差す。


「あっちだな。だが、俺は消えるぞ。魔力を少しでも放出していればまた探知能力を使われた時に気づかれるかもしれねぇしな。じゃあ、そういうことで。」


大きな欠伸(あくび)をするとアメルは消えていった。



「これは…なんだ?宗教施設か?」


レイラは大きな敷地の中に同じ年齢くらいの大体同じような格好の少年少女が出たり入ったりしているのに困惑(こんわく)し、呆然と立ち尽くしていた。

(違う。これは学校というものらしい。)

(ほほぉ…。これが学校というものか…。)


レイラは自らの出自(しゅつじ)に疑問を持ったことはなかったが、境遇(きょうぐう)が日本人とは違いすぎて日本に来てから初めて目にするものも多々あった。


(そろそろ来るぞ。あの少女だ。)


学園の敷地から出てきた美しい女の子がレイラの目にとまる。


彼女は他の生徒と比べるとあまりにも違いがあり、際立った輝きを放っていた。


(あいつ…日本人なのか?)

(話している言語はどう聞いても日本語だな。)


学校の前で少女は一緒に来ていたメンバーと二手に分かれ、男1人を伴って歩き始めた。


「やっと始まるんだな…。私の戦いが!」


少女の姿が見えなくなるとレイラは殺意をみなぎらせ、魔力の奔流(ほんりゅう)を可視化するほどに(まと)うと、ある場所へと走り出した。



「おい。魚が釣れたようだぞ。」

「それはどういうことかしら?」


ミアが唐突(とうとつ)に放った言葉に凛が反応する。

1度凛は涼のリングと魔力を共鳴させたため、ミアの姿をいつでも視認(しにん)できるようになっていた。

「そのままの意味だ。リーンも感じるだろう?私よりも強く感じているはずだ。」

「そうなのです。魔力と…濃密(のうみつ)な殺意を感じるのです。」

「でも私が能力を使った時には何も感じなかったのに…!」

「いつ、探知能力を持つ者がお前だけと言ったんだ?わからないことを決めつけるのはお前自身の視野を(せば)めることと同義だぞ。」


凛の反論はミアによって一蹴され、凛の表情に緊張が走る。

涼は黙ってどうやって切り抜けるかについて頭をフル回転させていた。


「とりあえず、今どれくらい近くにいるんだ?」

「さっきまでは本当に近くにいたようですが、今は少し離れて行ったのです。」

「そうか…。どうすれば…。」

「そもそもなんで私の探知にかからなかったのかしら…。」


凛は立ち止まり、不思議そうに首をかしげた。

ミアはやれやれとでも言いたげに呆れたように鼻で笑う。


「簡単なことだ。お前の探知が発動している時には魔力を抑えておけばいい。さらにお前の魔力の波動(はどう)を感じ取るパッシブな能力を持っていれば簡単にお前の魔力の残滓(ざんし)を見つけることができる。」

「そんな…。」

「つまりある程度能力使用に慣れている相手ということか…。」

「もしくはかなり有能な天使が付いているということなのです。」


リーンは鼻息荒く涼の目の前でまくし立てる。


「凛、今回は俺が戦う。危なそうになったら助けてもらうかもしれないが、基本的には俺が許可するまで戦わないでくれ。」

「それは納得できないわ。何故貴方に戦いを押し付けるようにしなければならないの?」


凛はツンとした表情でそっぽを向く。

涼は肩を(すく)めると、凛の視線の先に回り込み、肩に手を置いた。


「俺は凛にも、相手にも傷ついて欲しくないからだよ。相手と話してわかり合う努力をすることを最初から諦めたくないんだ。」


しかし、凛はその手を無表情で払いのけた。

今度は凛の方から涼に近づき顔を覗き込む。

美しい凛の顔が涼のパーソナルスペースへといとも簡単に侵入し、涼の脳内を混乱させる。


「その気持ちは私も持っているとは思わないのかしら?貴方が私を守ろうとしてくれるのはありがたいけれど、私はそれと同じくらい貴方に負担をかけたくないと思ってるわ。」

「そ、それは——。」

「でも、今回は貴方に任せるわ。少しでも失敗するようなら、今度からそんなことは認めないから。」


呆気にとられる涼をよそに一方的にそう告げると、凛はすぐに涼のパーソナルスペースから離れて歩き始めた。


「何をしているの?私を送ってくれるのでしょう?」


凛は振り返り、くすりと笑う。


「あ、ああ…。」


凛の態度の移り変わりについていけず、涼はしばらくの間ぼーっと凛の顔を見つめ続ける。

凛は前を向いて歩き出し、涼は置いていかれる形になってしまった。


(おい。早く行くぞ色ボケが。)

(色ボケじゃねぇっての!)


現実に引き戻された涼は慌ててその背中を追いかけた。

今回はここまでとなります。

お読みいただきありがとうございました。

また次話も宜しくお願い致します。


誤字、脱字やわかりにくい表現等ご指摘ください。

感想、評価いただけると幸いです。

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