VI
「やっと帰ってきたのね…。どこをフラフラしてたのよ貴方達は。」
看板に色を塗っていた凛は訝しげな表情でひらひらと手を振る圭を睨んだ。
「そんな怖い顔しなさんな。ちょっと可愛い子を見つけて声かけてただけだよ。」
圭はいつも通りの薄ら笑いを顔に貼り付け、凛の疑念を煽るような冗談を飛ばす。
「わざわざ語弊がある言い方をするなよな。」
案の定、凛の表情はますます厳しいものになり、眼光も鋭いものに変わった。
「まぁまぁ、凛ちゃんも落ち着いて。で、本当は何してたの?」
「ただ単に、困っている方のお手伝いをしていただけだ。本当に遊んでいたという事実はない。」
「本当かしら…。まぁ良いわ。それで、材料を買って来たは良いけれど、メニューを決めていないのよね。」
「俺が適当に試作品を作ってくるから、伊吹さん達は作業を続けておいてくれ。圭も…ってあいつどこ行ったんだ?」
「あら、そういえばどっか行っちゃったね。」
先ほどまでいたはずの圭の姿は涼が買って来たものを整理している間に忽然と消えていた。
「あー!あ、あの〜、もう直ぐ委員会の集まりがあるから、私はそっちに行かないといけないの!だから凛ちゃんは篝君と一緒に家庭科室に行きなよ。ここは施錠しておくし、柳君もここが閉まってるってわかったら家庭科室に行くと思うし。」
華は不自然なほどの満面の笑みでそう言うと何度も凛に向かってウインクをする。
凛は呆れたようにため息を吐き、涼よりも先に教室を出て家庭科室へと行ってしまった。
「気を遣ってくれてるつもりなのかもしれないけど、何度も言うが違うぞ?」
「またまた〜。まぁ、柳君もしっかり頑張って!」
華は涼の背中をぐいぐい押して教室から出すと、鍵をかけて会議へと向かっていった。
「何をだよ……。」
涼の零したため息を、開け放たれた窓から吹き込んだ夏の風が掻き消すようにさらっていった。
会議室には既に生徒達が少し集まっており、各々が自由に雑談をしているからか、どことなく浮ついた雰囲気が漂っていた。
会議の開始まで時間があったのだが、(華が思うには)お似合いのカップルを文化祭までの期間中に完全にくっつけるためにも早くあの場から立ち去りたかったという思いもあったのだ。
開始時間が近づくにつれ、生徒もほぼ全員が集まり、それに比例するように雑談のザワザワも一層加速していった。
しかし、それを一瞬で静まり返らせる者がいた。
「皆さんこんにちは。私が生徒会長の佐倉楓です。各クラスの実行委員長なられた方々、当日までどうぞよろしくお願いいたします。」
彼女の静かに響く声に感化されるかのように、出席者達は一様に黙礼を返す。
そこからは彼女の独壇場だった。
彼らの要望や質問を聞き、その都度最適な答えを返す。
まるでオーケストラの指揮をするかのように華麗に、優雅に、そして円滑に会議を進めていった。
華は密かに彼女に憧れていた。
彼女は誰からも慕われ、憧れられ、友達も多い。
しかし、他人に頼ることなくなんでも1人でできる強さがあり、何者にも負けることはない。
そんな完璧な人間が彼女だった。
彼女に憧れる生徒は学内にも多数おり、その中の1人であることは自覚していたが、少しでも彼女に近付けるように華は努力し委員長になってみたり、勉強をしたりといろいろ頑張っていたのだった。
「では、これで会議を終わります。また来週定期連絡会を行いますので、またここに集まってください。それではお疲れ様でした。」
彼女の挨拶を合図に多くの生徒が席を立ち、雑談をしながら教室を出て行く。
華は片付けをしている楓に近づいていった。
「こ、こんにちは!2年の伊吹といいます!えと…その…よ、よろしくお願いします!」
緊張で頭と舌が回らない。思考と肉体が乖離していくように言いたいことがうまくまとまらない。
それでも楓はニコリと笑って見せた。
「こんにちは。お疲れ様。伊吹…華さんだったかな?委員長、大変だと思うけど頑張ってね。」
「あ、ありがとうございます!会長も頑張ってください!」
華は飛び上がらんばかりに喜び、会議室の外へと駆け出して行った。
「何を作っているの?」
「まずはスコーンと一般的なイチゴショートケーキをワンホールだな。」
「ふーん…。」
凛は椅子に座り自身の長髪の毛先を弄びながら興味がなさそうに呟く。
一方の涼は、作業する手を一切止めることなく凛との会話を成立させていた。
「凛はお菓子作りとかしないのか?」
「あんまり興味はないわね。食べたくなったらケイトの店に行って食べさせて貰えばいいだけだし。」
「そりゃいいな。よし。あとは焼くだけっと。」
涼は作業を終え、凛の座る机の向かいへ腰掛けた。
「そういや、ケイトさんの店はなんていう名前なんだ?」
「ないわ。」
「は?何がだ?」
「だから、店の名前よ。ケイトは店の名前を決めていないわ。」
「なんていうか、ケイトさんって色々凄いな…。」
色々なところから感じていたケイトのマイペースっぷりに圧倒され、涼は感嘆の声を漏らした。
凛は慣れているからか、全く気にするようなそぶりはなかった。
「そういえば貴方、いつから料理や製菓をするようになったの?」
「大体中学生くらいからだ。その時も圭の家に居たけれど、いつかは独立しなきゃいけないと思っていたし、特にやることもやりたいこともなかったしな。」
「ふーん。あ、ならこれからはケイトのところでバイトしたらどう?」
「んー…考えておくよ。というか、あの店求人してなさそうなんだけど。」
「ほとんどがケーキお持ち帰りのお客さんばかりだから1人でもあまり問題ないのよ。」
「そうだったのか…。」
凛は机に肘をつき、大きく息を吐く。意識をしているわけではないその自然な色っぽい仕草に涼の心拍数は跳ね上がる。
涼は必死で視線を逸らしながらもなんとか話題の転換を試みた。
「そ、そういえばミアが言ってたんだけど、この学校にもう1人契約者がいるかもしれないって…。」
「それは本当なの?」
「ああ。俺と凛を含めてあと2人魔力を感じさせる者がいるって。でも、1人は契約者じゃないって言ってたんだ。」
「その2人の名前は?」
「わからない。ミアは探知系の能力を持ってるわけじゃない。精々半径2.3mが限界だってさ。」
涼は嘘をつく。
しかし、彼に悪意はない。
千彩のことがよくわからない以上、必要以上に凛に心配をかけるのは得策ではないと思ったからだった。
「じゃあ私がやるわ。」
凛はそう言うとおもむろに立ち上がり、耳のピアスにに手を当てた。
「リーン。やるよ。」
そう言うと、2人の周りに結界が張られ、凛を中心に凄まじい突風が吹き荒れた。
彼女は風を纏い、リーンが現界する。
「もう少し事前に知らせてくれないかな…。」
突風に吹き飛ばされ、壁に背中を強打した涼は痛む身体を起こしながら抗議する。
「あの時散々いたぶられたことに対する仕返しよ。少しは痛い思いをしなさい。」
「…っ!?辛いなぁ。というか散々って…。」
「治すか?我が契約者よ。」
ミアが蒼炎と共に限界し、ニヤリと笑う。
「いや、いいよ。そのうち治るから。」
「ふん。そうか。」
ミアの問いかけは取りつく島もなく涼に一蹴され、ミアは不満げに鼻を鳴らして姿を消す。
風が収まると、凛は両手を揃えて胸に添え、風を同心円状に操り始めた。
「うーん…。近くに1人ってことはわかるけれど、他はわからないわね。」
「近くってどのくらいだ?」
「この学園の中よ。」
「やっぱりそうか。でももうこれ以上詮索するのはやめよう。今度は凛が危険になるかもしれない。」
「心配性ね。何重にも結界を張ってるから大丈夫よ。」
凛は涼を小馬鹿にするようにくすりと笑う。
「でも、凛がソナー能力を使った時にミアは凛を見つけたんだぞ?」
「それは、私が結界を1つしか張っていなかったからよ。それに、ただの隠蔽結界だったしね。隔離能力はないやつだし。」
「俺結界について何も教えてもらってないんだけど…。ミアも話したいことしか話さないしなぁ…。」
「ふふっ。今度聞いてみればいいじゃない。私は教えるのが面倒だから教えないわよ。」
「別に構わないよ。じゃあ、結界を解いてくれないかな?そろそろ焼きあがる頃だし、冷まして仕上げしないと。」
「じゃあ、私は作業を再開するために柳君を探してくるわ。」
「すまないな。よろしく。」
凛は涼に手を振ると足取り軽く家庭科室から出て行った。
今回はここまでとなります。
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