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白いイヤホンを耳につけ、窓枠に頬杖をついて外を眺めている黒髪の少年と、鍛えられた肉体がチラチラと覗くほど制服のカッターシャツの首元のボタンを外し、パタパタと胸元を仰ぐ少年は2人きりで真夏の鈍行列車に揺られていた。
「買い出しって言ってもなんで野郎2人でなんだろうな…。なんか俺が想像してた文化祭の実行委員と違う…。」
「だぁー!言うなよ!言えば言うほど虚しくなってくるからよぉ!」
涼がポツリと漏らした一言に圭は頭を掻き毟って項垂れる。
市街地へと向かう鈍行は夏休みとはいえ平日の昼間ということもあってか、2人が乗る車両にはの他の乗客の姿は見当たらず、田舎の寂しさを雄弁に物語っていた。
「普通さ、こういうのって女子と2人で行ってドキドキワクワク的な展開じゃないの?」
「いや、俺も少なからずそう思ってたんだよ。いや、坂井ちゃんって実は悪魔か何かか?くっそーこんなの酷すぎるぜ…。」
「凛を悪魔だと気付くのが少しばかり遅いんじゃないのか?まぁ冷静に考えて、お前別に文化祭の準備で彼女作ろう!とか思ってないわけだろ?別に構わないんじゃないの?」
窓側に座っている涼は車窓から望む一面に広がる青々とした稲を眺めながら大きな欠伸をした。
「いやいや、お前雰囲気だけでも楽しまないと損だろ!あああ俺は伊吹ちゃんと2人でお出かけしたかった…。」
「なんか気持ち悪いな…。」
「ん?乗り物酔いか?大丈夫か?」
「違うわ!お前の妄言についての感想だ!」
「わかってるって。まぁ俺は悠ちゃん以外の女子と深い仲になろうとかそんなことは思ってないからお義兄さんはどっしり構えててくださってて大丈夫ですよ。」
圭はいつものように軽薄そうな薄ら笑いを顔に貼り付ける。
「んー…さらに気持ち悪い…。」
「え、なんかごめん。」
「別にいいけどさ。悠のことちゃんと幸せにしてやってくれよ。」
「おうよ。任せとけ。」
圭はいつになく真剣な顔で頷いた。
「そろそろじゃないか?次か?」
「うん。次みたいだな。」
目的の駅へと到着しホームへと降り立つ。
夏の太陽がジリジリと照り付け、日本特有の湿度の高さと相まって2人の表情は自然と苦々しいものになった。
「電車の中がクーラーガンガンだからこの差はなんつーかきついものがあるよな。」
「タオル持ってきてるか?持ってないなら俺2つ持ってきてるから言ってくれ。」
「さっすが涼だな。悪いが今すぐ貸してくれ。」
涼は鞄の中から贔屓のバンドのライブタオルを取り出すと圭に投げてパスする。
「お前このバンド本当好きだなー。」
「お前も好きだろうが。ごちゃごちゃ言うなら返せよ。」
「いやいや、感謝してますよ〜。」
圭はいつものニヤニヤした顔に戻ると、サッと汗を拭いて首にタオルをかけた。
「さて、行きますか…。ってあの人困ってるよな?」
「そうだな。多分困ってるだろうな。というか外国の人じゃないか。」
圭が視線で示した先には、駅の階段の前で立ち往生する1人の車椅子の少女がいた。
「で、涼はどうする?」
「答えるまでもないだろ。」
「そう来なくちゃな。」
2人はすぐにその少女へと近づき声をかける。
「Hey. Can I help you?(こんにちは、何かお困りですか?)」
「あ、私、少し、日本語、話せます。」
「え゛。」
少女はゆっくりと振り向くと片言ながらも日本語で返事をした。
勇んで声をかけた圭はその笑顔のまま固まってしまう。
涼は使い物にならなくなった圭を無視して話を進めた。
「あ、あの。何かお困りのようだったので声をかけさせてもらいました。」
「はい。私、これ、登りたい。But I can't so.(でも無理なんです。)」
女性は悲しそうな顔をして自分の足を見つめた。
「わかりました。では、私達がお手伝いしますよ。」
「そうだな。じゃあ俺は車椅子を運ぶから、涼は彼女を持ち上げて行ってくれ。」
「なぁ、よく考えたらこれって男の俺が抱っこするような形になって不快だと思われないか?」
「そんなことねぇよ。お前はそこそこイケメンだぜ。ほら、早くしろよ。」
涼は仕方なく鞄を手を差し出した圭に渡し、少女の前で腕を広げる。
少女は意味を理解したのか、涼に抱き上げられやすいように手を広げ、涼はそのまま彼女を抱き上げた。
13、4歳にも見える彼女の体重は不自然なほど軽く、涼は軽すぎて逆に心配になってしまうほどだった。
「Sorry. There isn't another way.(ごめんなさい。他に方法がないので。)」
「Sure. I know.(わかっていますよ。)」
圭が素早く運んだ車椅子に彼女をゆっくりと座らせ、圭から荷物を受け取る。
「Thank you Japanese mens. I never forget your kindness.(ありがとうございます。日本の方々。私はこの親切は決して忘れません。)」
「あ、そうだ。名前聞いとけよ。こんな機会ないんだし。」
「どんな機会だよ…。まぁ、自己紹介くらいはしないといけない気がするが…。」
涼は圭の物言いに呆れたように笑う。
「私は、サラ・ジャバノンです。」
サラは圭の日本語を理解したのか、自分から自己紹介をした。
「あ、俺はケイ・ヤナギです。」
「私はリョウ・カガリです。良い1日を。」
「はい。ありがとう、ございます。では、また。」
サラはそう言うと電動車椅子を操り雑踏の中へと消えていった。
「綺麗な人だったな…。」
「ああ。そうだな。」
「!?涼がこの手の話題に乗ってくるだと?どうした?なんかあったのか?」
「いや、少し考え事をな…。」
圭は驚愕に目を見開き、仰け反るような姿勢を取って全身で驚いていることをアピールする。
しかし、少女の消えて言った方向を見つめる涼の表情は話題の明るさとは対照的に、どこか苦々しいものだった。
圭はその表情に気付き不思議そうな顔をする。
「ありゃ?どうかしたのか?」
「圭は、サラのことどう思う?」
涼の視線はサラが消えていった方向を向いたまま微動だにしない。
「そりゃ、大変だなーとかそんなもんか?」
「ああ。それは彼女を見たほとんどの人がそう思うだろうな。けど、そういった同情や憐憫は彼女にとってどうなんだろうな…って。今回俺達は世間一般的には褒められることをしたかもしれないが、彼女自身がどう思ったかまではわからない。もしかしたら迷惑だったかもしれない可能性すらある。」
「それはそうかもしれないけど…。」
「別に圭を責めているわけじゃないんだ。俺は彼女を知らないし、彼女も俺を知らない。相手を思いやるって難しいんだな。」
「考えすぎな気もするけどなぁ…。お前の好きなバンドの歌詞でもあるじゃねぇか。障害を持つ者はそうでない者より不自由だって誰が決めるんだ?客観的にはわからないだろ。そういうことだ。」
圭は涼の肩を軽く叩くと目的のデパートへと向けて歩き始めた。
(そうだ。結局のところ俺には何もわからない。誰が何を考えていても、その誰かの視点を完全に理解しなければ…その気持ちを理解することはできないから…。)
圭の後を追うように涼も早足で歩き出した。
「そういえば彼女、ただの障がい者ってわけじゃなさそうだ。ありゃ多分何かの病気だぞ。」
「うぇ!?そりゃひでぇな…。だけどなんでわかるんだ?」
涼は選んだチョコレートや製菓の材料を次々と圭が操るカートへと放り込む。
しかし、その目はどこか悲しげで、材料達をしっかりと映していなかった。
「あくまで予想だけどな。さすがに体重が軽すぎる。」
「もうやめようぜ…。こっちが辛くなってくるからよ…。」
「そうだな。もうこの話はやめるよ。悪かったな。」
「まぁ、何事にも真面目すぎるのが涼の長所でもあり短所でもあるわけだ。あんまり気負いすぎんなよ。」
圭は人差し指を立てそれを左右に振りながらニヤニヤと笑う。
「お前は俺の保護者かよ。」
「俺はそうだと思ってるぜ。」
「うるせーよ。逆だろ。」
「言ってろ。」
2人は顔を見合わせて同時に吹き出した。
「まぁ話は変わるが、お前がプライドを捨て去りメイド喫茶という男子垂涎の案を出したことについて2階級特進レベルの賞賛を与えることは当然のことだが、正直誰のメイド服姿が1番見たかったんだ?」
「そりゃ、当然坂井ちゃんだろ。今男子の中でも人気爆上げ中の注目株なんだからな。でも誰もちゃんと喋ってもらえないみたいだけどな。」
「ぷっ!ぶはははは。あいつそんなことしてんのか。凛もブレないもんだな。」
凛の態度を想像して涼は思わず吹き出してしまう。
実際に涼や圭にだけ態度を軟化させた凛に対して興味を持ち、我も続けと言わんばかりに凛に話しかけた男子達は全て同じ結果に終わり落胆を隠せないでいた。
しかし、それで不和が生じるということはなく最近は完全に涼の彼女と勘違いされているので何も言われることはなくなったのであった。
「あーあー。涼君は文化祭前に彼女ができてよろしいですね。さぞ文化祭も楽しかろうて。」
圭はわざとらしく大きな間延びした声で言う。
「お前本人の前で言ったら刺されても知らんぞ。」
「は?そんなに坂井ちゃんって恐妻なの?」
「だから…。もうなんでもいいわ。」
諦めたようにため息をつく涼にニヤニヤと圭は笑いかける。
やがて涼の眉間の皺も消え、同じように笑うのだった。
今回はここまでとなります。
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