III
少女は人で溢れる露店の市場を1人歩いていた。
彼女の歩き方は一見周りの買い物客と変わりないように見えたが、器用に人と人との間をすり抜け、一切の無駄なく混雑の中を超スピードで進んでいた。
例に漏れず、少女の傍らには全身を黒で固めた少年が浮かんでおり、市場に居る人々の身体を(物理的に)すり抜けていた。
彼に身体を通り抜けられた人は一様に何かを感じ取ったように、怪訝な顔をして立ち止まっていたが、誰も彼を見つけることはできないため、また何事もなかったかのようにあるだすのだった。
「おい。そういえばどうやって日本とかいう国へ行くんだ?」
「ああ…考えてなかったな。空を飛んでいくってのはどうだ?」
「それだと魔力が到着まで保たない可能性がある。いくらなんでも危険だろうなー…。」
「はぁ?使えねーなぁ。あ、なら海の上を滑って行くってのはどうだ?私の能力なら水の上を駆けるなんて簡単だろ?」
少女は妙案だと言わんばかりに手を叩き、年相応の明るい笑顔を見せたが、少年の顔は晴れなかった。
「昨日な、実はインターネットとかいう物を使ってこの世界について調べてたんだが、海の上を好き勝手移動すると攻撃されるらしいぜ?」
「ということは海の上も、この街とあんまり変わらないっていうことか?好き勝手縄張りでウロチョロしてると殺されても文句は言えないぜ?ってことだろ?」
「まぁ、要約するとそういうことなんじゃないか?あ、でも攻撃されたからって俺はお前に加勢しないからな。」
怠惰な少年はそう言うと姿を消した。
「チッ。怠けるのもいい加減にしろよアメル。」
少女は忌々しげな表情でそう呟いたが、返事が返ってくることはなかった。
少女は市場を素早く抜けると、人が住んでいるのかどうか見た目では判断し難いボロ家の中へと入って行った。
「おいババア!いるんだろ?」
少女が叫ぶとどこからともなく深みのある女性の声が返ってくる。
「あんたか。二階へ来なさい。」
その声に従い一歩踏み出すたびにギシギシと軋み、埃が舞う階段を登る。
2階に上がると、まるでそこだけが違う世界かのように綺麗に掃除された扉を開け中に入った。
中には柔和そうな雰囲気を纏った白髪の女性大きな机の向こうに座っていた。
「ノックをしろカス野郎。」
いきなり柔和な雰囲気をぶち壊すような罵声が女性の口から発せられた。
「ふん。私はあいにく野郎ではないんでね。」
少女は薄い笑みを浮かべ、負けじと応戦する。
「礼儀の問題だ。相変わらず減らず口だね。」
「はいはいわかってますよ。」
「お前だけだよレイラ、私の部屋に来る者でノックをしない者は。」
レイラと呼ばれた少女は忌々しげに舌打ちをすると、女性が座る机の対面の椅子に腰掛けた。
「で、本題に入ってもいいか?」
「ああ。お前から来るなんて珍しいけどね。話すのは勝手だよ。聞くかどうかは内容次第だ。」
レイラは呆れたようにため息を吐いた。
肘掛けにだらしなく肘をつき、指先でショートカットの黒髪をいじる。
「私は日本へ渡る。だから今までの仕事の報酬を受け取りに来た。」
女性はタバコに火をつけ、煙を吐き出すとしばらく黙りこんだ。
「なかなか面白いことを言うな。わざわざ日本くんだりまで何をしに行くんだ?」
「それを言う必要があるのか?まぁ、あったとしても言うつもりはないんだが。」
「ふむ…。まぁいいだろう。だが1つ条件がある。それを飲むのなら報酬の支払いをしよう。」
「ああ?テメェが条件出せる側かよ。私のおかげで幾分か依頼も増えたろうに。」
レイラは機嫌の悪さを隠そうともせずイライラと机の上の葉巻入れをパチパチと開いたり閉じたりする。
「それもそうだが、あくまでお前は私の犬だ。お前はもともと私の犬が拾った仔だからな。私の言うことを聞くのは当然だろう?」
少女はまた舌打ちをすると頭の後ろに両手を組んで行儀悪く椅子を揺らし始めた。
「はいはい。もうなんでも良いよ。で、条件ってのはなんだ?」
「4割報酬を払おう。そして、お前が日本から帰ったら残りの6割を払おう。それでチャラだ。」
「なぜ分割して払う必要がある?」
「お前が嘘をついて敵性勢力につかない確信がないんでね。戻るまでは預かっておくってことさ。」
「チッ。相変わらず用意周到な野郎だ。私はすぐに発つ。別れは言わねーよ。」
レイラは返事を待たずにそのまま椅子から立ち上がり部屋を出る。
残された女性は窓の外を見ながらタバコの火を灰皿に押し付けて消した。
「私も野郎じゃないんだけどね…。」
「おいアメル。あの野郎嘘ついてたと思わねーか?」
レイラは行きがけの市場でスった財布の中身を確認しながら傍らに浮かぶ少年に尋ねた。
「多分そうだな。どうせギャンブルにでも負けたんじゃねぇのか?」
「やっぱりそうかよ。しかもこの財布もシケてるしよ。盗る気失せたわ。クッソあのババア今度舐めたこと言ったら殺す。」
少女は財布を路地のゴミ箱に投げ付け、忌々しげに唾を吐いた。
「言っとくが俺は手伝わねぇぞ。」
「おい!私1人じゃ負けるだろうが!」
「だって人間1人を殺すために能力なんて使ってられるかよ。タイマンで負けるような相手に勝負挑むんじゃねぇよ。」
「チッ。クソが…。」
少女はまた忌々しげに吐き捨てると、自分のアジトへと歩を向けた。
「おい涼!手応えどうだった!?」
「あー?手応え?なんのことかわからないな。」
「またまたー。テストだよテスト!今日で終わりじゃねーかよ!」
圭は何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みで涼の肩を叩く。
テストは3日に分けて行われ、最終日である今日は午前中にテストが終了していた。
「手応えというよりは確信だな。」
「お?まさか100点宣言か?」
「違うよ。」
圭のニヤニヤした顔を軽くビンタすると、涼は大しくため息をついて、支えを失ったように上体を机へと投げ出した。
「今回もお前に負けただろうな〜。という確信だ。」
「なーんだ。そんなことか。」
「そんなことじゃねぇよ。僅差でもいつも勝ててねぇんだよ。」
「気にすんな。勉強なんて正直どうでも良い話だ。人間大切なのは中身だからな。」
「そう言ってたって飯は食えねぇよ。」
「はははっ。違いないな。」
涼の言葉を受けて圭は笑い出す。
会話中の2人に華が申し訳なさそうに割って入った。
「柳君と篝君はこのあと時間ある?」
「ああ、時間はあるけど、何かあるなら悠に伝えないといけない。」
「これから4人で少し打ち合わせしようと思って…まだ昼だし、どっかでご飯食べながらでもって思ってたんだけど…大丈夫かな?」
圭は異論はないといったように頷き、涼は携帯電話を取り出した。
「ねぇ。それって悠ちゃんが一緒でも良いんじゃないかしら?私は悠ちゃんも来てくれた方が楽しめると思うわ。」
「それもそうだね!じゃあ悠ちゃんもよければ…ってことで。」
「わかった。じゃあ悠に連絡するから…って凛!」
「まぁまぁ。いいじゃねぇか。」
凛が涼の携帯を取り上げ、悠の番号をそのままコールする。
反射的に抗議の声をあげた涼の肩を圭が笑いながらポンポンと叩く。
「あ、悠ちゃん?今から一緒にご飯食べに行かない?うん。うん。ちょっと話し合いがあるけど、一緒でもいい?はーい。わかったよ。」
凛は通話を終えると手でOKポーズを作った。
「いやいや、動きが自然すぎるけど他人の携帯勝手に使うなよ。」
「別に構わないでしょう?やることは同じなんだから。」
「いやそれでもな…。」
「そもそも私の携帯には悠ちゃんの連絡先が登録されていないのよ。だから貴方の携帯を使わなければ悠ちゃんと連絡を取ることはできなかったのよ。」
凛の感情の見えない無表情で、冷静に反論されると正しくない論理も正しいように思えてくるのが不思議である。
「はいはい。もういいよ。じゃあ悠を迎えに行ってくるよ。」
「いや、悠ちゃんはそろそろ来ると思うわ。」
「呼んでるのかよ…用意周到だな。」
「計画的、といって欲しいわね。」
涼は態度を崩さない凛に呆れたように笑う。
華は目を輝かせ、ニヤニヤしている圭に耳打ちをしていた。
圭は終始頷き、内緒話が終わると露骨にニヤニヤしながら涼に視線を送る。
「圭、何か美味しい店を紹介してやってくれ。」
そんなまとわりつくような視線を無視して努めて冷静に涼は圭に言う。
「任せとけよー。」
圭もなんでもないことのように返答する。
「呼ばれて参上しました!凛さんありがとうございます!」
「悠ちゃんこんにちは。では行きましょうか。」
女子陣のスピードとパワーに押され気味の涼は呆れたように笑うと、圭に頼むぞと視線を送り、後のことを全て押し付けて力を抜いた。
今回はここまでとなります。
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