II
茶髪の少年はその端正な容姿から、休日の午後のファミレス内の視線を集めていた。正確に表すならば、「最初は」という表現が正しいだろう。
その後は勉強している涼をからかったり、邪魔したりするという見た目との激しいギャップを感じさせる子供っぽさから、母性本能をくすぐられた店内の一部の女性は食事をとっくに終えているにも関わらず席を立つことができなかった。
「あー!もうめんどくせー!」
「うるさい。さっさと終わらせろよ。」
「ねぇ圭君。ここわからないんだけど…。」
「おお!すぐ終わらせるから待っててくれ!」
「最初からやれよ…。」
色々な取り組みをする白峯学園にも定期テストというものはきちんと残っており、年に2回だけ実施されている。
2期制であるため夏休みの前にある今回のテストと、学期末にテストがあるが、やはり各学期に習ったこと全てが範囲となってしまうため日々勉強をしていないとなかなか厳しいものがあった。
1人の例外を除いては、の話ではあるが。
「しっかし、こんな作業みたいな宿題出さなくたってテストなんてどうせ点が取れるんだからやりたくないなー。」
「なんでこんな奴に俺が負けてるのか詳しく知りたいんだが…。」
「まぁまぁ、落ち着けって。」
涼と圭と悠は3人で昼からファミレスに陣取り、テストの前にだけ出される復習のプリントという宿題を捌いていた。
せっかく3人でやろうという悠の企画であるのに、圭は最初から明らかに宿題を終わらせるのを面倒臭がっていた。
「もうそろそろ俺は終わりそうだが、悠はどうだ?」
「うーん…後は数学が少しってところかな?」
「そうか。圭は?」
「あ?俺ならもうすぐ終わるけど。」
「なんでだよ!お前かなり最初から遊んでたじゃねぇか!」
「なんでだろうな。うまく説明できんが、こればかりは才能の差だろ。」
「ぐっ!まぁ、そうなんだよな…。」
圭は天才である。暴力的なほどに才能に溢れ、努力してきた人間を嘲笑うかのように常に勝ち続けている。
彼自身は努力をあまりせず、1番になることを避け、あくまで「上位」という立ち位置にいるようにしているように涼には思えていた。
「よし、終わったけど、悠ちゃんはどこがわからないの?」
「えっと、ここなんだけど…。」
「ああ。これは、ここにxを代入して、次にここにyを代入するんだよ…って涼?どうかしたのか?」
「あっ、えっ?いや、別に何もないぞ?」
「そうか?まぁ、それならいいけど。」
先日の戦いで涼は凛と戦うこととなり、曲がりなりにも凛に勝って共闘関係となることができた。
しかし、被害自体は少なかったものの、涼は普通の人ならば死んでしまうであろう攻撃を凛に対して行ってしまったことについて少し後悔していた。
凛が攻撃してきたことを考慮したとしても、凛が自分に致命傷を負わせ殺意を示していたしても、自分が同等の行為を行ってしまった事実が、涼を憂鬱な気分にさせていた。
小説やドラマの中では力を手にした者はそれを躊躇いなく使い、他人を傷つけ、そして自分が傷つけられ、という連鎖を繰り返す描写が多い。
だがこれは現実であり、涼が傷つくこととなれば、血が流れ、痛みを感じる。それは相手を傷つけても同じことである。
そして涼は凛との戦闘後のこの2週間あまりの間、自分の能力をこれからどう使っていくのか考えかねていた。幸い敵に遭遇することはなく、凛とも仲の良い友達としてやっていたが、いつかこの能力が悠や圭を傷つけてしまうのではないか、そう恐れていたのだった。
「あら、奇遇ね。こんなところで会うなんて。」
(気にしすぎて凛の声の幻聴まで聞こえてくるな…。)
(馬鹿か貴様は。現実だぞ。腑抜けるのもそれまでにしておけ。)
驚いて目を開けるとミアの言った通り凛がテーブルの隣に立っており、悠と笑顔で話していた。
「お、おう。凛はどうしてここに?」
「私は買い物の帰りよ。歩き疲れたのと、小腹が空いたから少し休むのを兼ねてパフェでも食べようかと思ってね。」
「なら、坂井ちゃんさえ良ければ相席するか?当然費用は俺持ちだから安心してくれよ。」
「ふふっ。柳君は優しいのね。でも、私にも連れがいるのよ。」
「坂井さーん。待たせてごめん。どこ座る〜?って柳君と篝君!こんにちは!えっと…その可愛い子はどなた?」
手をハンカチで拭きながら現れたのは、クラス委員長の伊吹華だった。
「あ、凛と伊吹さんって仲良かったのか?」
「仲良くなった。という言い方が正しいと思うわ。貴方のおかげよ。」
「お、おう…。」
凛に裏のない純粋な感謝の笑みを向けられ、涼は不覚にも見惚れてしまっていた。
「伊吹ちゃんも一緒だったのか。でも幸いこのテーブルまだ座れるから2人とも一緒にどうだ?もちろんさっきの条件はかわらずそのままだ。」
「伊吹さんがいいのなら構わないけれど、どうする?」
「いやいや坂井さん。私さっき言った条件とか知らないから、私今来たところだし。」
「まぁ、いいんじゃないか?悠も喜んでるみたいだし。」
「それもそうね。私も悠ちゃんとも話したいし。ご一緒させてもらうわ。」
Uの字型になった席に悠、圭、涼、凛、華の順で座ることとなった。
「まずは初めましての自己紹介からだな。」
涼は少し戸惑っている悠に暗に自己紹介を促し、それをきちんと察した悠は頷いて自己紹介をした。
華もそれに応え、2人は元の人当たりの良さもありすぐに打ち解けた。
「でもさ、伊吹ちゃんが坂井ちゃんと出かけてるとは意外だなー。いつから仲良くなったの?」
「うーん…いつからって言われると正確には答えられないけれど私の押しの強さに、ついに耐え切れなくなった坂井さん鉄壁の守りが陥落した、という感じだね。」
「ほー。そりゃ伊吹ちゃんやりましたな。ナイスだぞ。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
華と圭は2人でニヤニヤしながら漫才をしはじめた。
「なんか凛、良かったな。」
「ネタにされても私は嬉しくないわよ。」
「そういう意味じゃないことぐらいわかってるだろ?」
「まぁ。」
「ならいいよ。」
凛が人を信じようと思ったこと、華が凛と友達になろうと思ったことの2つのどちらかが欠けても凛に新しい友達ができることはなかっただろう。
そんなりんの他人に対する態度の変化が涼にとっては自分のことのように嬉しかった。
「なにをニヤニヤしてるのかしら?」
「ううん。本当に良かったなって思ってさ。」
「そう。」
凛は顔を赤くしてそっぽを向く。凛が見せる表情は彼女と話すようになった頃よりは豊かになり、特に悠に対しては喜怒哀楽がはっきり伝わってくるレベルになっていた。
「なぁ涼。悠ちゃんももう宿題終わったし、早めの夕飯にして帰らないか?2人も一緒にどうだろう?」
「俺は構わないが、お前の言う通り2人はどうだろう?」
圭と涼の問いかけに凛と華は顔を見合わせ、笑って頷いた。
「じゃあ、俺は伊吹ちゃん送ってくから、お前は坂井ちゃんを送ってくれ。」
「ああ。わかったよ。悠はどっちに着いて行きたい?」
涼の問いかけに悠は難しい顔をして考え込んだ。
「圭君に着いて行くのが1番いい気がするんだけど…凛さんにと一緒に帰りたい気持ちもあるから…むむむ…。」
「だってよ。凛は好かれてんなぁ。」
「実兄より好かれてるとは光栄ね。」
凛は皮肉げに笑い、涼は苦笑いして閉口する。
「悠、決め難いなら圭について行ってやれ。どうせそのままうちに来るだろうから。」
「はーい。じゃ、華さんも行きましょうか!」
圭が本当に全員分会計を済ませ、払うと言った華の申し出を固辞して外へ出た。
初夏の蒸し暑く湿気を含んだ空気が肌にまとわりつき、一気に全員の顔は曇る。
「こうも暑いとやる気なくなるよね…。」
「全くだぜ。だが、委員長は毎日学校に来てみんなを和ませてくれよ。」
「?和ませてるつもりはないんだけど…。」
「今年の夏は海行こうね!あ、もし良かったら華さんも一緒に行きますか?」
「誘ってもらえるなら喜んで行くよ!」
「やったー!」
「じゃあまた後で。気をつけろよ。」
「お前こそな。悠も気をつけろよ。」
「わかってるよ!」
過保護な兄に不満げな悠を見て微笑みながら、二手に別れて帰途に着いた。
「涼、ありがとう。」
「は?突然どうしたんだ?」
凛の突然の感謝の言葉に驚き、涼は歩みを止めてしまった。
隣を歩いていた凛は2歩ほど先に進んで振り返り、優しく微笑む。
「だって私は貴方のおかげで新しく伊吹さんという友達を手に入れたのよ。感謝しないわけがないじゃない。」
「そうか?手に入れたのは凛の努力と伊吹さんの努力のおかげだろ。俺は何もしてないよ。」
「素直じゃないのね。可愛い女の子の感謝は素直に受け取るものよ。」
「可愛いってな…。まぁいいか。」
涼は呆れながら笑うと再び歩き始めた。
「最近、少し考えてしまうんだ。」
「何を?」
凛は立ち止まらずに歩きながら先を促す。
「俺は確かに少なからず凛に影響を与えたかもしれない。でも俺が言ったことは全て俺の価値観から生まれた意見でしかない。人はそれぞれ価値観が違い、俺の考え方とは反対の考えを持つ者だっている。」
「それは人間みんな同じ考え方ではないものね。」
「ああ。その通りだ。けど今回はたまたま凛が俺の言ったことをわかってくれたから良かったものの、俺が一方的に何かを言うだけではダメなんだって…。」
「そうかもしれないわね。でも、私が涼に救われた部分があるのは事実よ。けど価値観を他人と完全に合わせるのなんて無理なことよ。だって私や涼はそれぞれに自分があるもの。貴方は貴方が信じる正義を、私は私が信じる正義を、というようにやるしかないわ。ぶつかってもその時はその時でまた話し合ってわかりあえばいい。そういうことよ。」
「はは。なんか…俺が感謝しなきゃいけないな。凛はやっぱりすごいな。ありがとう。」
「こんな可愛くて優しい友達がいることには感謝して欲しいものね。」
「はは…ははは…全くだ…。」
涼は乾いた笑いを浮かべて、凛を寮へと送り届けた。
今回はここまでとなります。
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