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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
2/44

I

これから少し日常パートが続きますが、なるべく早く話を進められるよう頑張ります。

少年の名は(かがり) (りょう)という。

見た目は平均より少し整った顔をしている普通の男子高校生だ。

しかし、その見た目からは想像できないほどに悲しい経験をしていた。

最たるは家族のことである。

涼の親は交通事故ですでに他界していた。


もう10年も前のことだ。

涼がまだ6歳になったばかりの頃、ましてや彼の妹はまだその時は3歳だった。


考えたくもないが、涼は小学生になる前に孤児となってしまったのだった。

そのような時、普通ならば親戚の家に引き取られたり、孤児院などに行くことになってしまうことが多い。

しかし幸運にも両親と共に会社を経営していた両親の親友の家に引き取られることとなり、妹と離れ離れになることもなかった。

そして高校2年生となった現在も慎ましくも経済的な不自由はなく暮らすことができている。


中等部から高等部に進学するときにその育ててくれた家から独立し、今は妹と二人暮らしをしている。

しかし、涼は一度もその恩義(おんぎ)に対する感謝の気持ちを忘れたことはなかった。





「お兄ちゃん?何難しい顔してるの?もうすぐ学校に着くよ?」

「あ、あぁ。ごめん。」


涼の横から話しかける少女は涼の妹の(ゆう)だ。

悠は涼と同じ一貫校に通う中学3年生であり、身内贔屓(みうちびいき)を考慮して控えめに言ってもかなり美少女である。


「朝から昨日の事件についてでも考えてるんじゃないのか?たまには新聞を読むのもいいけど、悠ちゃんの弁当を作るのを遅らせるのはいただけないねぇ。」


悠の反対側にいる少年、ニヤニヤと薄い笑みを貼り付けながら喋る彼の名は(やなぎ) (けい)という。

チャラチャラとした茶髪に軽薄(けいはく)そうな笑みというのが基本装備の圭だったが、見た目とは違い理性的でいつも涼を支える良き親友である。

彼の家こそが涼と悠を引き取って育ててくれた家である。


「そうだな。悠、本当にすまなかった。だけど、住宅街の中にある公園で、夜中に爆発なんておかしくないか?しかも誰も爆発音を聞いてないんだぞ?気にならない方がおかしいだろ。」


涼は素直に謝罪をしたが、やはり考え事はやめようとはせず、すぐに没頭(ぼっとう)する。


「はいはい。もうすぐ学校って悠ちゃんも言ってただろ?ちょっとは考え事を止めろ。」

「あ、ああ。」


圭に再度促(うなが)され、涼が考え事を止めた時にはもう既に目の前に学園のゲートが見えていた。



「じゃあ、私こっちだから。また放課後ね。」

「ああ。またな。」


悠は小さく手を振りながら中等部用のゲートへと歩いていく。

涼と圭は反対側の高等部用のゲートへと歩を進め、それぞれの生徒IDカードをスキャンした。

彼らが通う学校の名は「白峯学園(しらみねがくえん)」という私立の一貫校だ。


少し街を外れた土地の安い田舎に広大な敷地を用意し、そこに作られた大きな学園である。


実は白峯学園は世間の一部から「白峯大学による頭のおかしい研究施設」などと言われている。

それもそのはず、高等部や中等部では、大学の実験のために変わったカリキュラムが組まれていたり、そもそも普通の学校ではあり得ないようなことをしたりする(ふし)があった。


教育というものは失敗を恐れてしまうために、なかなか実践や実験という段階に持って行き(にく)い部分がある。

あまり良くない表現をするならば、人体実験のようなものだと考えることもできるからだ。


だが、白峯学園は失敗を恐れず新しいことに積極的に挑戦し、既存(きぞん)の価値観にとらわれない多様な人材を(つく)り上げることに成功していた。


しかし、学園の取り組みを(こころよ)く思わないものは一定数存在しており、常に批判にさらされ続けている面もある。

今日(こんにち)の教育というものはいつの間にか暗記的な学力、つまり脳のキャパシティを重視するものに変容していた。

そして本当に大切なこと、つまり『倫理観(りんりかん)や人間について教えることこそが教育である』という考え方はむしろ一般的ではなくなっていた。


白峯学園では勉強=学力という考え方は良しとせず、むしろ座学の学習というものをなるべく減らそうと努力していた。

実験を多く行う学校であることも相まって学費が安いというのは親を失っている彼にとってはありがたいことではあったが、この教育理念こそ涼が魅力を感じた点である。


ちなみに初等部では4限目、中等部は5限目、高等部は6限目ですべての授業が終了する。


だから部活動に力を入れるのか、といえばそれもそうではない。


実は白峯学園では部活動はあまり活発ではなかった。

メジャーな競技や、学校外でできる活動は部活として申請したとしても、設立を認められない。

そして、地域のクラブチーム等に所属することが推奨(すいしょう)されている。

だから学校にあるのはマイナーな競技や、創作系の部活動ばかりである。


「なぁ涼、俺今日さ、リベルタンゴの気分なんだよね。」

「そうか。なら俺はピアノでいいのか?」

「おうよ。当たり前だろ。」


靴を履き替え、廊下を行き交う生徒達と挨拶を交わす。途中で合流したクラスメイトと談笑しながら一行は2-Aと書かれた教室へと入って行った。


教室といっても前には黒板ではなくホワイトボード。

机は各々の机ではなく、ロールバックチェアスタンドと呼ばれるものである。

壁面に収納することが可能で、収納すれば教室がちょっとした多目的ホールのように使用することができるようになり、様々な活動を行えるようになっていた。


涼や圭は2年生。

彼らの受ける授業形式は一般的な学校と同じ形態の一(先生)対多(生徒)という形で行っている。


しかし、3年生になると1人1台の専用の端末が与えられ、映像授業中心へと切り替わる。

なぜなら、受験に必要な科目や分野が1人1人それぞれに異なっているからだ。


涼と圭は1番前の席に隣同士で座ると、すぐに教室の前のドアから頭を掻きながら若い女性の先生が入って来た。


「んー…おはようみんな。眠いなぁ…朝は。ってなんで誰も肯定(こうてい)しないんだ!?まぁいいか…。今日はデータベースを確認したら、杉本以外は全員登校完了してるみたいだな。で、杉本はスキャンし忘れてるとかじゃないよな?」


そう言いながら先生は教室をぐるりと見渡す。

このクラスの担任は椎名(しいな) (ゆい)という見た目「は」美人な女教師である。

快活で話しやすく、生徒からの人気もかなり高い先生の中の1人である。


しかし、興味のないことはすぐ忘れるため、何度も個人的な用事を忘れられ迷惑をかけられた経験を持つ涼は、たまに唯の人気の真偽を疑いたくなる時があった。


「あー、杉本は本当に休みみたいだな。まぁ、お前らも体調には気をつけろよ。そろそろ梅雨入りなんだから、雨に濡れて風邪ひきました〜なんて理由で休んだりした(あかつき)には特別に課題を出してやるからな。」

「えー!そんなのありかよー!」

「横暴だぞー!」


唯の独断的な裁定にクラスメイトは口々に気の無い抗議の声を上げたが、唯は全く気に留めない。


「うるさーい!じゃ、1時間目の英語から行ってみようか。ほら、さっさと準備しろー!」


唯は高らかに宣言し、眠そうな顔から一気に楽しそうな顔へと変わる。

優秀な生徒を教えるだけ、先生も仕事としてのやりがいを感じられるのだろう。

若干横暴ではあるが。


そんなこんなであっという間に午前の4限が過ぎる。

2人はそのまま席で昼食を食べ終えると席を立ち、廊下へと出た。

いくつも階段を登り、長い廊下を2人で歩いた先には音楽室と書かれた教室があった。

音楽室は基本的に無人であり、所狭しと色々な楽器が並べられていた。(音楽室自体は広いのだが)


涼は無言でピアノへと近づく。

黒く、(つや)やかな光を反射するグランドピアノ。

この輝きは涼がいつも弾き終わる度にワックスをかけて磨いているため保たれている。

涼はおもむろに(ふた)を開けて慣れた手つきで準備をし始めた。


圭はその間に音楽準備室へと行き、自分の生徒IDカードをスキャンしてヴァイオリンの貸し出し申請を行った。

学園では生徒IDカードは欠かせないものである。

出席の管理や用具の貸し出し申請、学食や購買のプリペイドカードにまでなる万能なものであった。


「いやー…やっぱりこのために学校に来てる感じあるよなー。」


圭はヴァイオリンをケースから出しながら笑う。


「お前は体育大好きな小学生か。一応は勉強のためだろうが。」


圭の子供のようなはしゃぎっぷりに涼もつられて笑った。

涼の言葉を聞いて圭はびっくりしたような顔になる。


「あれ?今涼勉強のためって言った?なかなか面白いことを言うなー。俺は勉強なんてやる気0だぜ!」

「いや、別に威張(いば)るところじゃないからな。」


圭の言葉からは本当にやる気が微塵(みじん)も感じられない。

しかし、これでいてなぜか学年3位の成績だったりするのだから世の中は不思議なものである。


「じゃあ、やるか。カウントは俺の靴でいいか?」


涼の問いに圭が首肯(しゅこう)で答えると、涼は(くつ)で床を鳴らし、カウントを取り始める。

靴の音以外にも色々な音が学園の内外で発せられていた。


生徒たちの喧騒、街のどこかで鳴るサイレンの音、昼休みの校内放送のラジオ。

しかし、極度の集中によって、彼らの耳にはもう靴の音以外の音は届かない。



演奏が始まると、涼の軽快なピアノに圭の伸びやかなヴァイオリンが加わる。

2人の演奏は開け放たれた音楽室の窓から風に乗り中庭へと(ひび)(わた)る。


彼らの二重奏(デュオ)は高い確率で昼休みに行われており、学園内でちょっとした話題になるくらいには人気がある。

しかし、なぜ音楽室には誰も聴きに来ないのかというと、それにはちゃんと理由があった。


以前、圭のルックスが目当てで仲良くなろうとしに来た女子グループがいた。

しかし、圭は彼女達に対してあまり良い顔をしなかった。

別に圭は彼女達が嫌いだったわけではない。

圭にとって音楽は神聖なものであり、聴くのであればもっと真剣に聴いて欲しかったからである。


彼女達にはなぜ圭が不機嫌になってしまったかは理解できなかったが、来てはいけないことだけは理解したようで、それが他の女子にも伝播(でんぱ)して今のような状態になったのであった。


圭は初等部の頃から何人もの女子から想いを寄せられていた。

明るく、ルックスもよく、頭も良く、運動もできる。

むしろこれで彼女がいない方がおかしいというものだ。

しかし、圭は誰とも交際することはなく、今に至っていた。


演奏が終わると、音楽室には静寂が戻る。

2人の耳にはまた、学園の内外の喧騒が段々と聞こえるようになる。

このなんとも言えない感覚を共有する楽しさに、2人は顔を見合わせて笑った。


「今日のはなかなか良かったんじゃないか?」


ピアノを片付けながら涼が言う。

しかし圭は残念そうな顔になった。


「良かったよ。かなり良かった。だから、もう一曲やろうぜ!」


これはいつものことではあるが、演奏にすることによって気分が乗る圭は続けて何曲も演奏したがるタイプだ。

しかし、涼は対照的に一曲に注力し、極限まで集中するタイプであるため、いつも圭のアンコールは断られている。




午後の授業を終え、図書室で待っている悠を涼と圭は迎えに行く。

3人で帰ると、途中で別れることはなく、当たり前のように圭はアパートまで付いてきた。


なぜ圭が付いて来たかというと、涼は圭の家から出ると言った時に圭の両親にかなり反対されていた。

理由は単純だ。まだ(おさな)すぎるからである。

せめて悠が高校生になるまで待つように何度も言われていた。


しかし、涼も責任感が強く、いつまでも圭の両親の好意に甘え続けることを良しとは思わなかった。

そこで圭の両親が出した条件が、定期的に圭を様子見役として涼の家に(つか)わせることだった。

涼や悠からしてみれば2人きりのはずの夕食が3人になり(にぎ)やかになるだけなので、むしろ圭の来訪(らいほう)を歓迎していた。



涼達のアパートは兄妹2人で住むには少し広いくらいの場所だ。

涼は圭の家を出るときに両親が(のこ)した莫大(ばくだい)な遺産を受け取った。そのお金の半分くらいを使いアパートを購入したのだった。


「つーかれたー。涼、今日は夕ご飯何ー?」


圭はそうぼやきながら鞄を投げ出し、居間のソファへといつものようにダイブする。

悠も鞄を部屋へと置いて来ると、うつ伏せに寝転がる圭の腰の上に座った。


「あのな、俺も疲れてるの。お前と同じように1日授業受けてきたの。わかってる?」


涼は呆れたように笑いながら夕食の支度へと取り掛かる。

涼の動きは淀みなく、一目見れば慣れていることがすぐにわかる。


「まぁまぁ、2人とも疲れてるってことだよね。ねぇ圭君、ご飯できるまでゲームしない?」

「いいよいいよ!やろうぜ!俺本気出しちゃうからねー。」

「えー?少しは手加減してよね。」


悠と圭は晩御飯ができるまでの暇つぶしにテレビゲームを始める。


「悠、風呂沸かしておいてくれないか?」

「ちょっと待ってー。今いいところだから。」


悲しいことに、悠にとって涼の頼みはゲームの次に大事なことらしい。

これを可愛い妹だからといって許容してしまっている涼も涼だが。


「じゃ、俺がやってくるわ。お湯は何度で張ればいい?」

「すまんな圭。ありがとう。じゃあ40℃で頼む。」

「りょーかい。」


圭は軽い調子でそう言うとお風呂場へと歩いて行った。


「悠。さすがに圭にやらせるのは良くないんじゃないのか?」

「んー?ちょっと待ってー。」


涼の諫言(かんげん)にも悠はゲームに夢中で耳を傾けようとはしなかった。


「仕方ねぇなぁ…。」


ボヤきながらも最後の仕上げに取り掛かった涼は、食器を食卓の上に次々と並べていく。

その後、戻ってきた圭とともに涼が作ったパエリアに舌鼓を打ったのだった。

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