XVII
「なぁ、どこに向かってるんだ?」
凛は涼の3歩ほど前を歩き、涼は凛の後ろをミアと話しながらついて行く。
「少しは黙って歩けないのかしら?」
「いや、別にそういうわけではないけど、行き先も告げられないと心配になるだろ。」
「そうね…もうすぐ着くわ。」
凛は少し振り返りそう言うと、また無言で歩き始めた。
涼の周りをくるくると回転するようにミアは飛び回り、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる。
(くはは。どこかに連れ込まれて殺されるかもしれんぞ我が契約者よ?)
(凛がそんなことするわけないだろ。)
(ん?前々から気になってはいたが、お前、あの娘に何か特別な感情でも抱いておるのか?)
(だから違うって!)
(ふん。どうかな?いつまでそう言ってられるか見ものだぞ。)
(………。)
涼が黙るとミアは揶揄い甲斐がなくなったのかそれから応答しなくなってしまった。
「着いたわよ。入って。」
「お、おう。」
凛が案内した先にあったのは、少し古い一軒家を改装した隠れ家のようなカフェだった。
外壁には蔦が生い茂り、とても散歩がてらに入ってみようとする人はなかなかいないような外観だった。
しかしその古ぼけたような外観が涼にとっては素晴らしいと思えた。
凛がドアを開けると、中にはとても落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。
広々としたスペースの割には席の数が少なく、全体的にゆったりとした物の配置に涼はさらに好感を持つ
店内に入ったにも関わらず、応対してくれる店員が見当たらなかったため立ち尽くしていると、パタパタと足音が近づいてきた。
「ああ、すみません。まだ営業は…って凛かよ。…と、この初めましての子は彼氏かな?結構かっこいいじゃないの。」
店の奥から手を拭きながら出てきたのは長身の薄い茶髪のショートヘアの女性だった。
凛も女性としてはかなり背が高い方であったが、その女性は涼と同じくらいの身長だった。
「ケイト、彼氏ではないわ。彼は私のクラスメイトの篝涼君よ。」
ケイトと呼ばれた女性は涼を値踏みするように頭の天辺からつま先までジロジロと見た後、柔らかく微笑んで手を差し出した。
「私はケイト・W・名波よ。ケイトでいいわ。よろしくね涼君。」
「ご紹介に預かりました、篝涼です。こちらこそよろしくお願いします。」
差し出された手を失礼がないようにそっと握ると、なぜかケイトは笑いながら涼の手を強く握り締めた。
「え?痛!痛いですよ!」
涼はどうしていいかわからず痛みに耐えていたが、「やめなさい。」と凛がケイトの後頭部を叩き強制的にやめさせる。
「いてっ!もー。ちょっとしたジョークだよー。」
ケイトは後頭部をさすりながら口を尖らせたが、凛はそれを無視して1番奥の席に座った。
「コーヒー2つお願い。」
「はいはーい…。」
涼はまだ痛みの残る手をさすりながら凛の向かい側に座る。
「あのさ、ケイトさんとどういう関係?」
「遠い親戚よ。あとはたまにこの喫茶店を私が手伝ってるってだけ。」
「ふーん…。営業時間外みたいな雰囲気だったけど、よかったのか?」
「別にいいわよ。あの人が怠惰なだけだから。」
「だーれが怠惰だってー?あ、涼君これコーヒーね。ミルクはいる?砂糖はそっちのポットに入ってるから。」
「ちょっと!私は2つと言ったはずよ?サボりすぎで耳まで遠くなったのかしら?」
「あら、凛も来てたの?ごめん気づかなかった。」
凛とケイトは不自然な笑みを浮かべたまま睨み合い、火花を散らす。
「あー、凛はこれ飲みなよ。ケイトさんすみませんが、水を1つお願いします。」
「あら、涼君は水でいいの?じゃあ持ってくるわね。」
ケイトは笑顔でそう言うと厨房へ引っ込んでいった。
「なんか、仲良いんだな。少し年の離れた姉妹って感じで。」
涼が素直に思ったことを言うと、珍しく凛は表情を崩して笑った。
「仲良しというよりは、気を使わなくていいから楽なのよ。」
「そういうのを仲良しっていうんだよ。」
「なになに?私も話に入れてよ。あ、涼君お水をどうぞ。」
ケイトは涼に水を渡すと凛の隣の椅子に腰掛けた。
「ケイト、大事な話だからちょっとあっちに行ってて。というかなんでわざわざこんな1番奥の席にしたと思ってるの?」
凛の冷たい声+無表情でそう言われ、演技か否かはわからないが悲しそうな顔をしたケイトはすごすごと厨房へと引っ込んでいった。
「ちょっと言い過ぎじゃないか?」
涼は苦笑いでそう言ったが、凛は黙って首を振る。
「別にいいのよ。いつもあんな感じだから。じゃあ、早速で悪いけれど本題に入らせてもらうわね。」
「ああ。わかった。」
凛から放たれる緊迫した雰囲気に涼の表情も自然と引き締まったものになる。
「貴方、何故天使と契約なんてしているの?」
「それについては俺から説明するのは難しい。ちょっとミアを喚んでもいいか?警戒するならそちらの天使も喚んでもらって構わない。」
「え、ええ。わかったわ。」
凛は少し困惑しながらも頷くと、右耳からピアスを外し、机の上に置いた。
「?何やってるんだ?」
「涼もリングを外してここに置きなさい。壊したりはしないから。」
「あ、ああ。」
涼は戸惑いながらも左手からリングを外し、机の上に置いた。
「私のエメラルドに触れて。私は貴方のダイヤモンドに触れればお互いの天使を知覚することが出来るようになるわ。じゃあ、おいでリーン。」
凛が優しく呼びかけると緑色のふわふわした髪の毛の少女が現れた。
「すまん。結界を張ってくれないか?話してることとか聞かれたくないから。」
涼のお願いにリーンはこくりと頷くと、すぐに結界を張った。
「ありがとう。じゃあ俺も喚ばないとな。いるんだろ?ミア?」
涼が呼びかけると白い長髪を靡かせながら不敵な笑みの少女が現れる。
「こんにちは。私はネツァクの守護天使のハニエルと契約した…。」
「言わずともわかる。そこのリーンはちと知り合いでな。しかし、お前は良い天使と契約したな。私の名はミアだ。好きに呼べば良い。」
凛が話し始めたのを遮り、ミアはいつもと変わらない不遜な態度で名乗る。
「ありがとう。じゃあ、なんで涼が貴女と契約することになったのか教えて欲しいのだけれど、良いかしら?」
「良いだろう。私はそこにいるリーンよりも能力が強く、守護天使の中でも筆頭級だ。だから他の守護天使に狙われる形になってな。何故かはわからんが、契約者を探すために限界した瞬間を何回も襲われてしまってな。気配がなかったのにいきなり敵が現れて何度も殺されそうになった。その時に結界の中に現れたのがこの男だったのだ。」
凛はそれまでミアを見ていた目を涼に向け、不思議そうな目をした。
「それで、本当に殺されそうだったから、回復に魔力を使いすぎてなりふり構っていられなかった。だからこの男と契約することになったというだけだ。お前のように強い願望による祈りで私はこの男と巡り逢ったわけではない。」
「強い願望だと?ミア、それはどういうことだ?」
涼は聞きなれない言葉をミアに聞き返す。
「守護天使というものは私のために戦え、と人間に命令するわけではない。人間が戦い合うには理由が必要だ。何故なら人間は理性というリミッターを持ち、本能的に人を殺すのを忌避する者が多い。だが、殺すことにより自分の願いが何でも叶う、という状況ならばどうだろうか?」
「そういうことか…。」
強い願望を持つ人間は時として理性の箍が外れ、他人を傷つけることさえも厭わないことがある。
それは自分の願いを叶えるということしか考えられなくなってしまうからだ。
天使は基本的には自分本位であり、契約者が結果的にどうなろうとも、願いを叶えてやれば他のことは興味がないのである。
「涼はもしかして戦うのが嫌なの?」
「嫌か嫌でないかと言われると嫌だ。何故罪のない他人を自分の願いで傷つけなければならない?それは俺の意思ではない。」
「でも結果的には私と戦っているじゃない。」
「そうだな。でも、俺は戦いに負けてまざまざと死ぬことは出来ない。守るべき人がいるから、俺はまだ死ぬことはできないんだ。」
「そう…。」
凛は悲しげに目を伏せ、コーヒーを一口飲む。
「じゃあ、次は俺から質問だが、凛の願いはなんだ?差し支えなければ教えて欲しい。」
凛は少し思案げな顔をする。
宙に浮かぶリーンはニコニコしながら凛に告白を促した。
「ほら、言ったほうがいいのですよ。」
凛は仕方がないというようにため息を一つ吐いた。
「私の願いは世界中での真の自由の実現よ。」
涼は凛の願いのスケールの大きさに固まってしまう。
「凛。彼が固まってしまっているのです。」
「ん?あれ?涼?」
「あ、ああ大丈夫だ。」
咳払いをし平静を取り戻した涼に凛は続けた。
「私は自分の容姿が目立つことはわかっているわ。でも、何故私に悪意が向けられるのかわからない。私はその他大勢とは違う。違うけれど、違う者を攻撃していいわけではない。私は…私は…ただ…。」
「もういいよ。凛。凛の願いはわかった。」
「涼…。」
凛の目は真っ赤になり、涙がたまっていた。
「別に泣いたっていいんだ。ずっと我慢していたんだろ?ずっと1人で悩んでいたんだろ?でも、大丈夫だ。凛には理解してくれる人がいる。俺もそのうちの1人だ。」
「涼…。ありがとう…。」
「こういうところがあるからこの娘に惚れているのではないかと言ったのだ。」
2人のやり取りを微笑ましく見ていたリーンは笑っていたが、冷めた目で見ていたミアは皮肉げな笑みを浮かべていた。
「だから違うと言っているだろ!」
「でも、凛は少なからず貴方に好意を抱いているのですよ。」
リーンが悪戯っぽく微笑みながら言うと、凛の顔は真っ赤になった。
「い、いや違うのよ!初めて私を見てくれた人だったから…。」
「気にすんなって。気持ちはわかるよ。でも、これからは凛に味方してくれる人ばかりだと思う。凛の思いを相手に伝えれば、応えてくれる人は必ずいる。俺や圭だけじゃない。」
涼の言葉に、凛は堪えきれずに溢れた涙をぬぐいながら笑う。
「おい。いま綺麗だと思っただろ?な?時間の問題だとは思わぬかリーンよ。」
「そうなのですね〜。」
涼は2人の(見た目は)少女にニヤニヤと視線を向けられため息をついた。
「はぁ…。もう何でもいいよ…。」
帰り際、涼はケイトに帰りを惜しまれていた。
「あら、もうお帰りなの?涼君だけでも残っていいのよ?凛はさっさと帰りなさい。」
「いちいちうるさいわね。もう手伝いに来ないわよ。」
「あら、私は構わないわよ。凛が無料で一息つける場所を失うだけだからね。」
またもやケイトと凛は視線で見えない火花を散らし始める。
涼は慌ててその間に入り、丁寧に腰を折った。
「あの!本当にありがとうございました。開店前だったみたいですし…。」
「いいのいいの。また来てね〜。」
「はい。ありがとうございます。」
ケイトは満面の笑みで手を振ると、涼には聞こえない声で凛に囁いた。
「良かったね。何を話していたかは知らないけれど、彼は優しい人だわ。頑張りなさいよ。」
「だ、だから違うって!」
「はいはい。じゃあまたね。」
店を出ると、西に傾き始めた太陽が街を幻想的に彩っていた。
「寮まで送るよ。」
「ありがとう。じゃあお願いするわ。」
2人は肩を並べて歩き始める。
「1つ提案があるんだが、聞いてくれないか?」
「いいわよ。言ってみて。」
涼は歩きながら声をかけると、凛も歩きながら答える。
目は合わせない。
でも通じ合っている。
そんな不思議な感覚を覚えた。
「俺は凛に傷ついて欲しくない。だから、これから敵に遭遇した時、もしくは戦う時俺に伝えて欲しいんだ。必ず俺も行くから。」
「…。」
凛は黙っていたが、涼は重ねて続ける。
「もちろん俺も戦う時は必ず伝える。それと、もし万が一俺に何かあったら、ミアの能力を全て凛に譲る。」
「そ、そう…。わかったわ。私もそうする。」
「そっか。信じてくれてありがとう。」
凛は夕陽の沈む方を見ており、涼からはどんな表情をしているか見えなかった。
しかし、宙に浮いた2人の少女は凛の表情を見て顔を見合わせて笑っていた。
今回で1章は終了となります。
話が進むのが遅い?
はい。すみません。
もう謝るしかないです。
読んでいただいた方、本当にありがとうございました。




