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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
15/44

XIV

他人と話したのは久しぶりだった。

いつも自分から他人を遠ざけ、周囲に壁を作っていた。

それが特別悲しいことだとも思わなかったし、自分を守るためには必要だと思っていた。


「あいつは素直に思ったことを言ってくれた…。」


凛は乳白色のお湯を手で(すく)うと、自分の身体へとかける。


事実として、自分の容姿は自他共に認めるレベルで目立つと認識していた。

有り体に言えば綺麗すぎるのだ。


長く輝く金髪も、パッチリとした碧眼も、通った鼻筋も、同年代の中でダントツに良いプロポーションも、凛にとっては無意味に他人の意識を惹きつけるだけの無用の長物だった。


確かに、外見は初対面の他人を判断するためには重要なファクターであることは自明の理である。

しかし、綺麗すぎる存在は時として嫉妬などからくる悪意の対象とにもなり得る。

明確な違いを持つ個体は集団から排除されるのが自然の摂理であるからだ。

それが学校社会という集団であるならば尚更のことである。



凛は別に能力(チカラ)が欲しかったわけではない。この見えない悪意からただ解放されたかっただけだった。

両親にも不満はないし、近所の大人は彼女を認めてくれていた。


だが、同年代の友達がいた記憶は無かった。

さらに言えば、涼のように真剣に話を聞いてくれたり、素直に自分の話をしてくれた他人は覚えてる限りでは初めてだった。


湯船から立ち昇る湯気をぼんやりと眺めていると、湯船の中に少女が現界した。


透き通るような白い肌に、あどけなさを残した顔立ち、ふんわりと広がる薄い緑色の髪を持つこの少女は第7のセフィラ「ネツァク」の守護天使ハニエルだ。


本当の名前はリーンといい、凛は初めて名前を聞いた時、自分とそっくりな名前に思わず笑ってしまった。


「凛は、なにか悩んでいるのですか?」

「いや、別に悩んでないよ。ただ残念に思っていただけ。こんなに近くに私を理解しようとしてくれる人がいたことに気付けなかった自分の盲目(もうもく)さにね。」


凛がうつむきながら悔しそうに言うと、リーンはその小さな掌で凛の頭を優しく撫でる。


「私も、凛のあんな態度は初めて見たのです。あんなに饒舌に自分の気持ちを素直に話すとは思わなかったのです。」

「恥ずかしくなるからそれ以上は言わないで。私も自分でも驚いたのよ。私ってこんなに誰かと話したかったんだ。誰かと話せるんだ。ってね。」


凛は自嘲するように笑うと立ち上がり、リーンの顔に(すく)ったお湯をかける。


「わぷっ!やめるのです!お風呂は気持ち良いけれど、顔にお湯をかけられるのは全然気持ち良くないのです!」


リーンは顔を拭うと子供のように頬を膨らませて可愛らしく抗議する。


「はいはい。私は髪を洗うけれど、リーンはどうしたい?」


凛が洗髪をしてあげようかという意味を込めて聞くと、リーンは何故か怯えたように震え始めた。


「シャンプー…目潰しは痛いのです…。」

「それは、目を瞑れと言っても貴女が言うことを聞かないからでしょ?痛い思いをしたくないならちゃんと言うことを聞きなさい。」

「はーい……。」


リーンは口までお湯に浸かるとブクブクと泡を水面に浮かべて遊び始めた。



凛は鏡に映る自分の姿に少し苦手意識を感じながらも、丁寧に髪を洗い始めた。



陽光をも反射する長く綺麗な金髪は自分の自慢でもあった。

——イジメ?まずその髪を黒くするとこから始めないか?お前も自分が目立っていることがわからないか?まずは自分が変わっていかないと…。でも、先生だけはお前の味方だからな。——



大きくて、パッチリとした碧い眼は、親戚や両親にはよく可愛がられた。

——ま〜た男子に色目使ってる〜。坂井さんさぁ、みんなの好きな人を取るのやめてくれないかな〜?というか、本当にウザいんだけど。早くいなくなってくれないかな〜?——



年齢の割には際立ったプロポーションも、テレビで観るモデルのように思えて、昔は秘かに成長するたびに喜んでいた。

——なぁなぁ。聞いたか?あの話。坂井って、放課後にオッサン相手に怪しいことやってるらしいぜ〜。おい、お前も頼んでこいよ。もしかしたら卒業させてくれるかもしれないぞ?——



底無し沼にはまっていく思考をリセットするように髪に熱いシャワーを浴びせ、シャンプーを洗い流す。

リーンに手招きし、椅子に座らせるときちんと目を瞑らせ、優しくシャンプーを髪に馴染ませていく。

洗髪が終わり、シャワーで泡を流している途中に、リーンが口を開く。


「凛は今悲しいのですか?なんで泣いているのですか?」


凛は慌てて目に手を当てる。するとシャワーのお湯ではない水分が指先に触れた。

さっきから目頭が熱いと思っていたが、自分が泣いていることには全く気づいていなかった。


「大丈夫よ。でも、クラスの前であんなに偉そうなことを言っておいて私は結局自分が絶対に正しいと思っているなんて…偽善者(ぎぜんしゃ)もいいところね。」


泡を流し終えると、リーンは凛の方へ振り返り、腕を首に回して小さな身体で凛のことを強く抱き締めた。


「凛が間違ったなら、きっとあの少年が凛のことを助けてくれます。だから凛は泣かなくても大丈夫なのです。」


リーンは優しく笑い、凛の頭をまた撫でると虚空へ消えていった。


「ありがとう。トリートメントと、ドライヤーはいいの?」


凛が涙を拭い、優しく笑いながら言葉を投げると、頭の中に直接返答があった。


(本当はお風呂にも入らなくても大丈夫なのです。魔力で清潔さは保てますし、髪もすぐもとどおりなのです!でも、お風呂は気持ち良いのでたまに入りたくなるだけなのです!)

「羨ましい能力ね。それは私にも欲しいものね。」

(風の力を使えばドライヤーはすぐ終わるのです!)

「そんな事にいちいち能力は使わないわよ。」


凛はそう言って笑うと、シャワーでトリートメントを流した。





「……ん……?」


凛が目を覚ますと、地に足が付いていなかった。

緊張しているという意味ではなく、物理的に足の裏と地面が接触していなかった。

周期的な振動で身体が上下に揺れ、誰かのぬくもりをすぐそばに感じられる。


「ああ、起きたか。」


意識がはっきりしてくると凛は涼におんぶされていることに気付いた。


「え、ちょ、ちょっと!貴方何してるの?」

「何って…あのまま放置しておくわけにもいかなかったからな。とりあえず家に連れて帰ろうと思ったんだが。」


凛は珍しく羞恥で顔を真っ赤にした後、すぐに額に手を当ててため息を吐く。


「はっきり言って傍目から見ると、貴方かなり怪しいわよ。気絶してる女の子を夜に運んでるなんて…。」


凛の言葉を聞いて、涼はうんざりした顔になった。


「わかってるけどさ、じゃあ俺はあのまま凛を放置して帰るのが正しい判断だったのか?」

「それは……。違うかもしれないわ。ごめんなさい。」

「まぁ別にいいよ。じゃあ、寮に帰るか?」

「そうね。ここまで運んでくれてありがとう。降ろしてもらって構わないわ。」

「もう普通に歩けるのか?送っていかなくて大丈夫か?」


凛は涼の優しさにまた顔が赤くなったのを自覚していたため、口調が不自然に素っ気なくなってしまっていた。


「心配しすぎよ。今日はもう遅いからここで別れましょう。」


赤くなった顔を涼に見られないようにするため、俯いて有無を言わせぬ口調で言い切る。


「あ、ああ。じゃあな。」


涼は若干納得がいかないような顔をしていたが、凛に押し切られる形でその場で別れた。




彼の優しさが痛かった。


自分は彼を傷つけ、彼を失う覚悟で戦ったというのに。


彼は私を傷つけたくないといい、あまつさえ戦いの後には介抱(かいほう)までしてくれた。

彼ならば…と期待する気持ちと、人をやはり信用できない気持ちが凛の中では拮抗(きっこう)し、ぐるぐると渦を巻いていた。


「凛。彼のこと…信用してもいいのではないのですか?」


悶々とした思考を抱えながら歩いていると、リーンが現れ、ニコニコと笑いながら言う。


「わからない。それはわからないわ。涼が本当に信用できるのかどうか…。」



出ることのない答えを追い求めながら歩いているとあっという間に寮の部屋に着いた。

服を脱ぎ捨て洗濯機に放り込むと、熱いシャワーに打たれながらまた考える。


涼のことを。


彼の願いは何なのか。


彼は何故私を殺そうとはしなかったのか。


彼は自分のことをどう思っているのか。


「リーン…。私はどうしたらいいのかな?」

「むむ…。その質問には答えられないのです。」


ちゃっかり湯船にお湯を張り寛いでいたリーンは、困ったように眉根を寄せる。


「え?なんで?」

「前に凛が彼に言っていたことですよ。凛は彼のことを何も知らない。知ろうともしていない。もしくは知りたくないと思っているのです。」

「私はそんなことは思っていないわよ!いや、でもそうかもしれないわね。」


いくら涼のことを考えたところで、涼本人のことを知らなければ全ては自分が思い込みや決めつけで作り上げた彼の幻影(げんえい)でしかない。


「でも…もし私の願いを否定されたり、涼の願いが私とは正反対のものだったとしたら…どうなるんだろう…。」


願いを叶えることができるのは戦いに勝ち、最後に残った1人だけなのである。

もし涼が自分と正反対の考えを持っていた場合、争いは避けられないし、今度こそ殺されてしまうかもしれない。


「凛は彼が信じられないのですか?彼がそんな人に見えるのですか?私にはそうは思えないのです。」


リーンはいつの間にか湯船に浸かりながらまるで凛の心配を一蹴するかのように明るい声で言う。

凛は椅子に座り鏡に映る自分の顔を正面から眺めた。


「私は…涼を信じ……たいと思う。期待してもいいと思う。」

「それなら、今は信じるしかないのです。難しく考えても始まらないとさっき気付いたところなのですよ。」

「そっか…そうだよね。ありがとう。リーン。髪を洗ってあげ…。」


言いながら湯船の方を見るとすでにリーンの姿はそこにはなかった。

代わりに頭の中に幼い声が響く。


(凛。今は怖くても、人を信じてみる努力をするのです。私だけはずっと凛のそばにいるのですよ。)

「そうね。涼とは明日話してみるわ。本当にありがとう。」


柔らかく微笑んだ鏡の中の凛の笑顔は強い意志と喜びに満ちていた。

今回はここまでとなります。

今回の主役は坂井凛さん。

私のイメージではクール系なんですが、内面はやっぱりいろいろありますよね。


誤字、脱字やわかりにくい表現等ご指摘ください

感想、評価いただけると幸いです。

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