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10th Round  作者: 藤島高志
始まりの少女
12/44

XI

「お兄ちゃん…?まだ起きてるの…?」


悠からかけられた(いぶか)しげな声で我に返った涼は、既に時計の針が火曜日の時間を紡いでいることに気付いた。


「悠こそ、こんな時間まで起きているなんてダメじゃないか。」


涼は自分の心の内を悟られないために、若干悠を責めるような言い方をしてしまう。


「喉が渇いて起きたからお水を飲みに来たの…。お兄ちゃんが起きてるなんて知らなくて。」


悠は申し訳なさそうにおずおずと謝る。

その悠の表情に自分の理不尽さを痛感した涼も力なく謝るしかなかった。


「そうか。ごめんな。俺もそろそろ寝るから、悠もゆっくり休んでくれ。」

「うん。おやすみなさい。」


悠は水を飲み終わるとすぐに部屋へと戻っていった。


「動揺を気取られないためにあんな言い方をするのはあまり褒められたものではないな。」


悠と入れ替わるように現れたのは呆れたような笑いを浮かべたミアだった。


「わかってるよ。俺だって無駄な心配をかけたくなかったんだ。悪いとは思ってる。」

「そうか。ならよい。だが何をそんなに悩むことがある?まだ敵と相対したわけでもないのに。忙しい奴だな。」

「俺だって、知らない相手が敵として現れるならそれほどありがたいことはない。だけど、昨日のお前の話によると俺の知ってる人が少なからず敵として襲って来る可能性もあるじゃないか。」

「その可能性は否定できんな。だが何も殺せとは私は言ってないだろう。お前がどう戦っていくかはお前次第で可能性は広がっていくと思うぞ。ではな。」


そう言い残すとミアはまた虚空へと消えていった。


「巻き込んだ本人に言われてもな…。」


涼は大きくため息をつくと、疲れた身体を寝室まで運ぶために重い腰を上げた。







誰かが叫んでいる—。

いや、叫んでいるのは自分だった。

空を翔け、目の前の相手と斬り合っている。

視界はぼやけたように何かに覆われ、相手の顔や表情はわからない。

ただひとつわかることは相手は黒い長い髪を風に靡かせながら身の丈と同じくらいありそうな長剣を振るっていた。

身体を動かそうとしても動かない。

急に力が抜けたように重力に従って地面へと堕ちていく。

下を見ると1面の青色が広がっていた。

(ここは海の上だったのか…。)

涼は来るべき衝撃に耐えるため、目を閉じて力が入らないなりに身を固くしようとした—。


「…ちゃん!…お兄ちゃん!」

「…っ!?」

「うわぁ!いきなり起きないでよ。びっくりするなぁ。」

「あ…ごめん。」


驚いて上半身を勢いよく起こすと、ベッドの傍に立っていた悠は驚いたように身を仰け反らせて固まっていた。

涼が辺りを見回すと、いつもとなんら変わりない自分の部屋が広がっている。


「夢…か?にしてはちょっと鮮明すぎるような…。」

「ん?ブツブツ言ってどうしたの?変な夢でも見た?」


悠は明らかに勘ぐるようにニヤニヤとしながら顔を覗き込んだ。


「いや、違うよ。悠に起こされるなんて珍しいなって思ってさ。」

「うん。そうだねー…って時間やばいから起こしたんだった!」


涼は慌てて壁の時計を見るといつも出る時間を5分ほど過ぎていた。


「起こしてもらっといてなんだけど、ゆっくりしゃべってる暇なんてないじゃねぇか!」

「お兄ちゃんごめんね〜!じゃあ、私は先行ってるから。圭君にも事情は話しておくし、頑張ってね!」


悠はそれだけ言い残すと、部屋の外に置いてあった鞄を肩にかけ玄関へと走り去っていった。


「マジかよ…遅刻なんて冗談じゃねーぞ!」


取り残された涼はベットから猛然と跳ね起きると急いで登校の準備を始めた。





「2限目からのご出勤とは、重役様は違いますな。」


圭は遅れてきた涼を見てニヤニヤと笑う。

準備中に間に合わないことを悟った涼は1限目を諦め、ゆっくりと2限目に間に合うように準備をして登校してきたのだった。


「悠から話は聞いてるだろ?1限目に間に合いそうになかったし別にいいかなーってさ。」

「そっか。涼はたまにマイペースになるよな。」


圭は呆れたように笑いながら涼の隣に座る。


「時間あったから、今日弁当たくさん作ってきたんだけど、圭はどうする?」

「じゃあ、悠ちゃんも呼んで屋上で食べようぜ!」

「そうだな。それがいいな。」


涼が笑いながら視線を教室の前のホワイトボードにやると、教室の左前の方で2限目の準備をしていた凛が目に入った。


「…なぁ圭。凛も一緒でいいか?」

「ん?なんでそんなこと聞くんだ?涼が誘いたいならいいに決まってんだろ。」


圭はなんでもないかのように快諾する。

涼は親友の懐の深さと、人に対する見る目の良さに感服しつつも笑顔で頷いた。


「ありがとう。じゃあ、後で声かけてくるよ。悠にはメールしておいてくれないか?」

「おう。いいってことよ。」

「お前ら席つけー。これから楽しい英語の時間だぞー。」


唯が教室の前方から現れ、騒がしかった教室内の喧騒も静かになっていった。



授業中、涼はチラチラと千彩を見て、何か変わったところがないか観察していた。

隣に座っていた圭は涼が誰を見ているのかに気付いて、ノートの端っこに色々と要らないことを書いて涼をからかっていた。

圭の戯れに適当に相手をしていると、頭の中にミアの声が響く。


(お前は初めての浮気調査でもしている新人探偵か?そんなに見ていたらあの娘に気があるように見えるぞ?)

(元はと言えばミアが昨日あんなこと言うから気になっていたんだろうが。別に気があるわけじゃねぇよ。)

(そんなことはわかっておる。だがな、あの娘やはり契約者ではないぞ。今は無視してもよさそうだ。)


ミアも同じように千彩を集中して見ていたが、特に変わったところはなかったようだった。


(そうかよ。わざわざありがとな。)


魔力を使わずとも、天使と契約者はテレパシーのようにお互いが話すことができるのである。

もっともミアは気まぐれで高慢なので涼から呼びかけても応答しないことがほとんどであったが。


昼休みになると同時に涼は席を立ち、凛の元へと近づいていった。

今までも休み時間になるたびに凛に声をかけようとしたのだが、纏ってる雰囲気が昨日よりも冷たく、すぐに教室から出て何処かへ行ってしまうため話すことができないままでいた。


「凛。今日、良かったら昼一緒に食べないか?」

後ろから声をかけられた凛は無表情のままゆっくりと振り返り、数秒沈黙した後首を縦に振った。


クラス内は寡黙で人を寄せ付けない凛に対して涼が下の名前で呼び、さらに昼食に誘いそれが承諾されたことによる驚きで全員が凛と涼の2人に注目する。


「涼。弁当持って悠ちゃん迎えに行ってくるぜ〜。先に行っといてくれ。」


圭はクラスの興味と変な期待をするような雰囲気を察し、それをわざと壊すような大きめの声で涼に喋りかけると教室を出て行った。


「(…ったくあいつは流石だな…。)」


涼は圭の意図を読み取り、内心で感謝を告げた。




「なんで私を誘ったの?」


涼は何も言わずに凛を伴って教室を後にし、そのまま行き先を告げずに歩いていた。

凛は歩きながら数歩先を歩く涼に尋ねる。


「なんで、か。友達だからってのじゃ納得できないか?」

「…別に。」


涼の答えに無表情で凛は答えたが、少し頬に赤みが差しているのを涼は見逃さなかった。


「そういえば、手ぶらだけど弁当は持ってなかったのか?」

「私はいつも購買のパンよ。だから購買に寄っていいかしら?」

「いや、今日はたくさん弁当を作ってきたんだ。嫌じゃなければ俺が作ってきたものを食べてくれないか?」

「嫌ではないけれど…。その、ありがとう。」


凛は今度は無表情ではなく、涼に優しく笑いかけた。

それまで後ろを向きながら歩いていた涼は、その美しさに目を奪われ、顔が赤くなったのがバレないように前を向き直して歩いた。


「味は保証しないぞ。」

「大丈夫よ。昨日の夜にちゃんと毒味は終わっているから。」

「毒味ってなぁ…。」


涼は笑いながら屋上への扉を開けると、そこには悠と圭がすでに弁当を広げて待っていた。


「お兄ちゃん遅いよ〜!あ、凛さんも一緒なんだ!こんにちは!」


悠は凛に気づくと嬉しそうに飛び上がり、隣に座った凛に抱きついて困らせる。


「なぁ涼。こう…なんか…いいな。」

「アホか。変なもんに目覚めるな。」


と口では言いつつも、涼自身も美少女2人が抱きついたりじゃれ合う光景をなんとも言えない気持ちで見つめていた。


「じゃあ、涼も坂井ちゃんも来たことだし、食べますか。」


切り替えの早い圭はそう音頭をとって涼お手製のサンドイッチを食べ始める。

圭は凛と晴れて友達になっていたのだが、「女の子を下の名前で呼ぶのは本当に好きな人だけ」というよくわからない理由で凛のことを「坂井ちゃん」と呼ぶようになっていた。


「ほら、凛さんこれも美味しいですよ!この鶏胸肉!食べてください!」

「あ、ありがとう悠さん。でもこっちのサラダも美味しいわよ。」


涼は2人のやり取りを微笑ましく思いながら弁当に手をつけた。


(幸せだな…といったところか?)

(うるさいな。感傷ぐらいには浸らせろよ。)

(何せ思考はだだ漏れなものでな。不埒なことを考えていても伝わるのだぞ。)

(いや、考えてないから心配するな。)

(本当にそうか?)

(……。)


涼が返答をしなくなるとミアはさも嬉しそうに鼻で笑うと何も言わなくなった。


(いつまで続くかはわからないが、今は幸せだな…。)


「どうした涼?なんか変なもんでも食ったか?」

「いや、別になんでもないよ。」


話さずに一人で表情だけを険しくしたり、嬉しそうにしたりしていた涼に圭は不思議そうな顔で聞く。


「そっか。ならこの肉は俺がいただこう。」


圭はいたずらっぽく笑うと涼の目の前の鶏肉を強奪し、そのまま口へ放り込んだ。

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