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涼は、日曜日はいつも通りの平凡な1日を送り、休み明けの月曜日の朝も、いつも通りに悠と圭を伴った3人で登校していた。
雨が降ると報じていた天気予報は外れ、多くの生徒が登校中に使うことのない余計な荷物を持つ羽目になっていた。
「圭は車で行こうとか思わないのか?6月だぞ?雨もよく降るし歩くのも面倒だろ。」
その多くの生徒の1人である涼は傘を杖のように突きながら隣を歩く圭に尋ねる。
「いや、雨はそんなに好きじゃないけどこうやって3人で登校したほうが楽しいしな。進士さんもわかってくれてるし。」
ちなみに進士さんとは涼の家の専属運転手である。
「そうか。ならいいんだけどな。無理はするなよ?」
「無理って…どの点で無理するところがあるんだよ。」
圭は笑いながら外したイヤホンを鞄にしまう。
涼は圭を挟んで歩道の反対側を歩く悠に話しかけた。
「悠、悪いけど今日は日直で残らないといけないから、圭と先に帰っていてくれないか?晩御飯も今日は悠の当番だろ?」
「うん。わかったよ!じゃあ圭君、帰りにスーパー寄ろっか!」
「おっけー。いいよ。」
「なら気をつけてな。」
もう悠も聞き飽きているだろうが、口癖のように出てきてしまう妹を心配する言葉に圭と悠は顔を見合わせて笑った。
授業もつつがなく終わり、涼は日直の仕事をするために教室に備え付けのパソコンと向き合っていた。
本来なら日直は1人でやるものではなく、出席番号順に決められた2人組みでやることになっているのだが、一緒にやることになっていた福浦さんという女子が水泳の夏の大会に向けての練習が忙しいと話していたので、気を利かせて先に帰したのだった。
「今日の欠席は…田端さんね。そして最後の感想か…。」
カタカタとキーボードをタイプする音だけが静かな教室にやけに響く。
涼はパソコンで今日のことに関する報告メールを担任である唯のパソコンに送る準備をしていたのだった。
日直というと日誌を書いて提出というのが一般的ではあるが、白峯学園ではそういったアナログな手段を使うことは少なくなっている。
世間からは人間味が無いなどと批判されることも多々あるが、慣れてしまえばこちらの方が色々と楽なのであった。
涼が今日の感想を書き終え、メールを送信し終わった時、廊下から誰かの走るような足音が近付いてきて、音を立てて教室のドアが開いた。
帰る準備をしていた涼はいきなりの出来事に驚き、危うく声をあげそうになりながら開いた扉の方を見ると、そこに立っていたのは息を切らしたクラスメイトの東 千彩であった。
「あれ?東さん、そんなに急いでどうしたの?」
「篝君!?はぁ…実は忘れ物をしてしまいまして、慌てて取りに来たのですが、はぁ…お恥ずかしいところを見せてしまいましたね。」
千彩は羞恥のためか、それとも急いだことによるためか頬を紅潮をさせて俯いた。
「いやいや、そんなの俺だっていくらでもあるよ。別に恥ずかしがることじゃないしね。」
「そうですか。ありがとうございます。」
千彩は顔を上げて柔らかく微笑んだ。
千彩はもともと綺麗な顔立ちをしており男女問わず人気も高く、真正面から笑みを向けられたのは涼にとって初めての経験であったためその笑顔に見惚れてしまう。
誰もいない教室に差し込む斜陽の光が先ほどの千彩の場合とは違った意味で紅潮した涼の頬の色を隠してくれたのは幸運な事だった。
日直の仕事を終えた涼は、図らずしも忘れ物を回収した千彩と一緒に帰ることになっていた。
「東さんは寮生じゃなかったよね。家は近いの?」
涼が何気なく聞くと、千彩は目を丸くして驚く。
「はい。そうですけれど、私が自宅からの通学だとどうして知っているのですか?」
「ああ、ごめん。実は寮生ミーティングの時に教室に残っていた人は少なかったからね。残った人の方はある程度は覚えていたんだ。」
涼が理由を説明すると、千彩は納得したように頷いた。
「それにしてもすごい記憶力ですね。私の家は歩いて登校できる程度の距離ですので、多分近いという括りに入ると思います。」
「そうなんだ。歩きだと雨の日とかは大変だよね。」
「そうですよね…。今は6月ですから、今日も傘を…って今度は傘を忘れてしまいました…。」
また一つ忘れ物をしていたことに気づき、千彩は困ったように笑う。
涼はどこか抜けている千彩の姿に笑いをこらえるのに必死になっていた。
何でもないように2人は話していたが、実は2人きりで会話するのも、こんなに長く連絡以外の話をするのも初めてのことだった。
しかし涼は初めてとは思えないくらいに自然に千彩と話せることに自分でも内心驚き、心地よかった。
「うーん。たぶん学校はもうそろそろ閉まってるよ。明日雨が降ったら傘を2本持って帰ることになるけど仕方ないだろうね。」
「そうですね…。あ、私ここまでなので、一緒に帰ってくださってありがとうございます。」
「ああ、いや。こちらこそありがとう。じゃあ、また明日ね。」
2人の帰路の分岐点で千彩は申し訳なさそうに別れを告げる。
涼も困ったように笑うと、手を振って歩き出した。
時折後ろを振り返ると、涼の後ろ姿をずっと見つめ続けたまま立ち尽くしている千彩が居り、涼はもう一度振り返って手を振ると、足取り軽く駆け出す。
去って行く涼の姿が、角を曲がることによって千彩に見えなくなった瞬間に、ミアが突如として目に前に現れた。
「おい。あの娘。魔力の気配を感じるぞ。」
「うぉあああ!なんだよいきなり!」
「静かにせんか。周りのものに私は見えなくても、お前の行動はそのままなのだから、変に思われるだろうが。」
涼は辺りをキョロキョロと見回し、周囲の人々からの冷めた視線に気付き閉口する。
自分の顔が熱くなるのを嫌という程感じていた。
「それでよい。でな、私の言いたかったことだが、あの娘から魔力を感じる。」
「!?どういうことだ?」
「それだけではない。お前の学園の敷地内から、少なくとも3つの別々の魔力を感じた。」
「なんだって!?…つまりそれは俺は知ってる人と戦う可能性があるということか…!?」
表情を変えないミアの無慈悲な宣告に涼は突き落とされたような感覚を覚えた。
「そうだな。お前の言う通り、学内の3人から力を失わせる必要がある。だが、安心しろ。あの娘は契約者ではなさそうだ。契約者ならばもっと強い魔力を感じるはずだったからな。」
ミアは必要なことだけを告げると虚空へと消えていった。
「ちょ!おい!…嘘だろ…?」
ミアが姿を消してから涼がまた歩き出すのにだいぶ間があいてしまったのは彼自身の精神力に問題にあるからでは決してなかった。
今回はここまでとなります。
短くてすみません。区切りがいいのがここだったので…。
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