IX
結果として、涼は首を捻りながらも普通に家に帰り、心配していた圭と悠に少しキツめに注意されたものの、いつも通りシャワーを浴びてベッドへと寝転んだ。
ずっと心の中で消えた白い髪の少女に呼びかけていたが、あれ以来少女が姿を見せることはなかった。
「夢だと言ってくれた方がマシだな…。」
そう呟きながら目を瞑り、大きな欠伸をして眠ろうとした時、不意に頭上から誰かの声がした。
「眠るのか?我が契約者よ?」
驚いて涼が目を開けると、そこには先ほど消えていった白髪の美少女が虚空に浮かんでいた。
暗い部屋の中だというのに、少女の周りは風景に浮かび上がるように存在していた。
「いきなり現れないでくれよ。びっくりするだろ。」
「私にはお前が驚いているようには見えないがな。まぁそんなことはどうでもよい。」
少女の振る舞いは、堅固な自尊心と絶対的な立場の優位性に対する自信に満ち溢れていた。
その不遜な態度に呆気にとられた涼はしばらくの間ぼんやりと少女を見つめてしまう。
「なんだ。間の抜けた顔だな。」
「——っ!ほっといてくれよ。」
「ああ、そうだ。私に何か聞きたい事はないか?」
涼は眠気を振り払い、身体を起こしてベッドにあぐらをかく。
手探りでリモコンを探して部屋の電気をつけた。
暗闇に慣れた眼に白色の光が染みるように刺さる。
「あるに決まっているだろ。そもそもお前は何なんだよ?お前だけじゃなく、今日出会ったあの同い年くらいのやつと、宙に浮いてたお前みたいなやつも。」
「やはりそうだろうな。どこから説明したものか…。」
少女は形のいい眉を顰め、顎に手を当てて思案げな顔をする。
改めて少女の全身をまじまじと見回すと、白い長髪に、整った顔立ち、真っ赤な編み上げのロングドレスを身に付けた少女はもはやこの世のものとは思えないくらいの気品と美しさを放っていた。
「お前は、人ならざる能力を信じることができるか?」
「またそれかよ…。正直なところあまり信じていなかったよ。さっきまではね。」
信じなければ、先ほどの青年が消えた理由や、この少女が宙に浮いている理由が説明できないからだ。
涼が呆れたようにため息を吐いて答えると、少女はおかしそうに笑った。
「信じているなら良い。お前は不運にも天使の戦争に巻き込まれたのだ。その身を粉にして私のために戦うのだな。」
「いやいやいや、ちょっと待てよ。もっと詳しく説明してくれないと何もわからないぞ?」
端折り過ぎの少女の説明に、涼は苦笑いでツッコミを入れる。
するとあからさまに不機嫌そうに舌打ちをすると、呆れたような顔になって続けた。
「仕方のないやつだな。お前ら人間には天使の代理戦争をやってもらう。10体のセフィラの守護天使たちと契約を交わしてな。」
「セフィラというと生命の樹か。」
「ほう。知っているのか。なら話が早いな。」
「で、なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ?」
「これだけでは人間には何も利益がないように聞こえるだろうな。だが人間は戦いに勝利した暁にはなんでも1つだけなんでも願いを叶えることができる。それが世界の法則をねじ曲げる願いであろうと叶えることができる。」
「な、なんでもって本当なのか?」
涼はパッと願いを思いついたわけではなかったがそんな権利は世界の誰もが喉から手が出るほど欲しいと思うであろう権利だった。
「ああ、本当だ。」
少女は傲岸不遜といった態度を崩すことなく頷く。
「いや、でも…俺は他の契約者を殺さないといけないのか?お前をズタズタにしていたあいつらみたいに。」
「いや、殺す必要はない。殺すに越したことはないがな。天使の能力を奪えば、契約者自体はただの人間に戻る。」
「能力を奪うというのは、殺さなくてもできることなのか?」
「そうだな。私のような守護天使達は人間と契約をし、自らの象徴となる宝石を契約者が身に付けることによって、天使の能力を使役することができる。その宝石を奪えば、その天使の能力を奪うことができる。ちょうどお前の左手に嵌めてあるリングのようにな。」
そう言って少女は細く美しい指で涼の左手を示した。
涼はしばらく無言で左手を見つめた後、再び質問を始める。
「俺が勝つことで発生するお前の利益は何だ?」
「それは、隠されたセフィラであるダァトを手に入れ、神の後継者となることができるのだ。」
「神って…存在するのか?」
「さぁな。存在するとも言えるし、存在しないとも言える。神は信仰によって成り立つものであるからな。そこにあると思えばあるし、ないと思えばないということだ。」
少女の見た目はどう見ても小学校の中学年くらいなのに、信じられないような言葉が少女の口から次から次へと発されるため、涼は若干キャパオーバーになりつつあった。
「それで、他に守護天使と契約した者は何人いるんだ?」
「今この時点ではお前を含め9人の者が契約しているようだ。つまり、お前が9人目だ。」
「俺はいつ敵と出会うことになるんだ?」
「それはわからない。わかっていたとしても先に教えることはできない。」
「肝心なところで頼りにならないな…。俺としてはいきなり襲われる可能性があるということか?」
「まぁ、そうだな。だがある程度は魔力を持つ者が近くにいることはわかるぞ。」
「そうか。わかったよ。」
涼は諦めたように息を吐き、ベッドに再度寝転がる。
手を組んで枕代わりにしながら何もない天井を見上げた。
「そもそも何で俺が契約しなければならなかったんだ?」
「それは…すまないな。」
涼が何気無く尋ねると、今まで表情を崩さなかった少女は、ほんの少しだが申し訳なさそうに謝った。
「私も襲われたのはいきなりだったのでな。あそこでお前と契約していなければ、私は死んでいた。お前は幸か不幸か私が守護するセフィラであるケテルを象徴する宝石のダイアモンドを持っていたから、私から望んでお前と一方的に契約した。」
涼は自分の左手に光るリングを再度目の前で見つめた。
「なぁ。1番聞きたい事なんだが、戦うにはどうやって戦うんだ?わかりやすく言えばどうやって天使の能力を俺たちは使うことができるんだ?」
「戦い方か。それは私達天使が分け与えた能力を顕現させ、身に纏い、イメージしたように振るうだけで良い。特別な呪文や儀式などほとんどないからな。ちなみにお前は私の特性で驚異的な治癒力を有するからな。お前が死ぬことはまずないだろう。」
「治癒力…?」
涼のわけがわからないといった態度を見て少女は満足そうに頷いた。
「ああ。そうだ。私は破壊と創造を司る天使のメタトロンだからな。」
少女の誇るような表情に涼はまたため息を吐いて目を閉じた。
「俺はお前を呼び出したい時にどうすればいい?」
「ミアと呼べ。メタトロンとは私に授けられた天使の名前だからな。本当の名前はミアだ。ではな。」
ミアはそう言うと虚空へ姿を消した。
「戦うとか…実感がねぇよ…。」
涼は誰ともなく呟くが、ミアが消えていった虚空から返事が返ってくることはなかった。
その夜はなかなか眠りにつけなかったのは当然のことだろう。
今回はここまでとなります。
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