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腐りゆく世界の中で  作者: roko
3/7

390番、ミック君なるもの。

ちゅんちゅん、と鳥の声が爽やかな朝を告げる。

窓から差し込む光が今日も快晴だと教えてくれた。

少し肌寒さの残る空気に肌を泡立たせながらも布団からでて身支度をした。

今日も一日ほどほどに頑張るか。と少しの朝食と牛乳を急いで飲み込んで、遅刻しないよう調整したギリギリの時間に家を出た。

*****

私は現在土いじりをしている。もともと土いじりは嫌いではないし、今は休憩時間である。時々土の中から出てくる何かの幼虫を誰がいるとも確認せずに、ぽいっと後方に投げれば「あ”-?」と疑問をはらんだ若干間延びした声が響く。

何が飛んできたか認識もしていないだろうし、私が飛ばしたなどとは思ってもいないだろう。なので特に謝りもせず放っておく。ちょっとしたいたずら気分だ。


さあ、今日は使役科の監視室周りの花壇を少しでも華やかにするため草を抜かねば!

季節ごとの花を植えて、常緑の植物もプラスすればきっとここは明るくなる。・・・はず。

ゾンビ溢れる仕事柄、不気味だというイメージがある使役科を雰囲気だけでも明るくして、もう少し増員しろ!という私の言外の訴えも含まれている。

もっと増員して私の仕事量を減らせ。ほどほどな仕事をさせろ!と。

そう邪なことを考えて作業を続けていると後ろからつんつん、と肩をつつかれた。


・・・音もなく相手の間合いに入り、油断している隙に相手の喉笛に喰らいつく。

ではなく、いつの間にか背後をとるのはあいつしかいまい。

ゆっくりと振り向くと、そこには想像した通りの人物がいた。

「ミック君。なんだい。」

霊魂番号390番。この20代の男性は最近入ってきた新入りである。強盗殺人という罪状で来た彼はなかなかハードな人生を送ってきたのか、脱魂術をする前から顔は歪み、眉毛もなかった。そしてむっきむきのごりマッチョだ。脱魂術前から怖いとは思っていたが、脱魂術後となった今では焦点の定まらない目をしており、それがなんともいえないくらい怖い。ムキムキのマッチョが虚ろな目でこちらに近づいてくるのを想像してほしい・・・うん、怖いね。


さて、最近入ってきたミック君は私に一体何の用なのか。

「・・・」

ミック君は基本声を出さない。ゾンビ特有の「あ”-」すら言わない。それどころか物音も立てない。ごりマッチョな体から想像できないが何の音も出ないのだ。どこにそんな技術があるのかわからないが、大きくごつい身体が音をたてないようにそろそろ動いている姿を想像すると笑ってしまう。

「ミック君、さぼりはいけませんよ。君の罪をすすぐための労働なんですから。」

言葉を発しない彼らとコミュニケーションをとろうとする者はいない。そうでなくとも彼らは忌むべき対象なのだから。というか、そう見るのが普通である。同僚だってただ仕事として関わっているほうが多い。


でも私はそれでは不便だと思い、声をかけたりそれぞれを見分けられたりできるようにしている。

ミック君の名前は390番から。390番と何度も呼ぶのはめんどくさいし、番号ではそれぞれを見分けにくいと思ったのだ。

そうして関わるうちに最初はよそよそしかったゾンビ達も段々慣れたのか、私の袖を引っ張ったり、肩に手を置いたり、ツンツンしてきたりするようになったのだ。

相変わらず「あ”-。」しか喋れないので何を伝えたいのかわかりかねるが、時折ジェスチャーも交えてくれるようになり最近の私たちの意思の疎通は良好だ。


以前ミック君がツンツンしてきた時は何も言わずじっと見つめてくるだけだった。

ジェスチャーなりを待っていたのだが、一向に動く気配はない。頭のてっぺんから足のつま先までまじまじと観察すれば、腕にナイフが刺さっていたのだ。これはいかんと急いで手当すればミック君は嬉しそうに自分の仕事へと戻っていった。

今回も怪我の類か、と観察してみるが特に何があるわけではない。よくよく表情を観察すれば、何か言いたそうな、複雑な顔をしている・・・気がする。

「ミック君、怪我はしてないよね。指さしとかしてくれるとありがたいんだけどなあ。」

私の様な雑魚神官でも指示命令は聞いてくれることになっているので理解はしてくれてると思うのだけど。彼は動かない。寡黙な男は難しいものだ。

「ミック君、緊急性なさそうだし、うまい伝え方が見つかったら教えてね!!」

これ以上この状態のままでは彼の仕事も私の仕事も進まない。まあ、何かあればまた言ってくれるだろうし、ほかのゾンビ達もいる。


結局ミック君はその後何も言ってくることなく一日の作業を終了した。無事一日仕事を終え家に帰る頃ふと思い出すもまあいっか、と服を着替え始めて自分が今までどんな格好になっていたのかを知ることになる。


神官服のお尻の部分が破れていたのだ。

それはそれは大きな穴が。拳大だろうか。破れたら必ず音がするような大きさである。ちょうど立つとあまり目立たないが、座ると穴が横にぱっくりと広がりパンツがこんにちはをしている。

「・・・うわああああぁぁぁぁぁああっっっ最悪だああああぁぁぁぁ!!」


もはや色気もへったくれもない少し伸びたパンツが私を心配するように顔を覗かせていた。ゴムの部分の緩みや布が薄くなってきていた部分があったので変えなければと思っていたのだ。

今日履いたら捨てる、今日履いたら捨てる、を何回か繰り返すようなパンツを一日晒していたというのか。

残念ながら私は上下セットのセクシーで可愛らしい下着というものを数着しか持っていない。

あいつらは高いのだ。女らしく頑張って生きようと決めた時に数着買った程度で、見せる相手もおらず、それを脱がしてくれる相手もおらず、来るべき日のため箪笥の肥やしとなっている。

その封印がいつか解かれる日が来ることを切に願うのみだ。

その下着ならまだしも、もう履き続きて2年は経つというタルタルのパンツを今日に限って履いているとはな!

なぜ職場の同僚どもは言ってくれなかったのか。いや、でも言ってほしくないけど!


はっ!!

・・・まさか。まさかっ!!

ミック君。君はこれを伝えようと・・・。この哀れなパンツを惜しげもなく晒しているぞ、と伝えようとしてくれていたのではないか?!

私がしゃがんで土いじりしてる時とか最高に哀れな姿だっただろうね!!

だから心なしか複雑そうな顔をしていたのか?!とても言いにくそうだったけど!

私の年季の入ったパンツを他ゾンビや同僚どもにお見せするくらいなら言ってほしかったよ!

・・・もはや心はぼろぼろのずたぼろ、使い古された雑巾状態以下である。


明日が休みでよかった。同僚や上司、その他に見られていたかもしれないと思うととてもじゃないけど出勤できない。そこまで鋼の心臓は持ち合わせてはいないのだ。


そして休みが明けたら間違いなくミック君にお礼を言おうと心に誓った。


この日は心の痛みを癒すために一番古い、良い酒を開けた。

寡黙でクールな、彼に乾杯。


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