私なるもの
28年間生きてきて、死ぬほど驚いたのはまさか自分が霊魂担当室・使役科に異動になったことだ。
死ぬほど驚いていたのは私だけでなく、周りの人間もだったけど。
まったくやる気がないわけではないけど、ほどほどに。を基本姿勢として生きてきた私は昇進にも興味はなかった。働きなれた環境でほのぼのと生きていきたいと思っていたのになぜ異動なのだ。
何故異動!!
ぶつくさと心の中で文句を言いながらも異動を告げた上司に口答えをする根性があるわけでもなく。
なんとか動揺から立ち直り、絞り出した「有難うございます」を蚊の鳴くような声で伝えると上司はつまらなそうに私を見た。
普段から平和な環境でほどほどに、という私の望みを知っているだろうに、なぜ異動という暴挙にでたのか今度話し合おうか。上司よ。
たぶん私が泣いて嫌がるとでも思っていたのだろう。後方から「くそおおおおぉぉおぉ!!」「負けたあぁぁぁぁあ!」という声が聞こえるところを見るとあいつら、私の反応に賭けていたようだ。
聖なる神殿で賭け事をするなどとはどういうことだ。犯罪である。
というか、上司、止めろよ。
ちなみに上司も負けたのだと思う。俺の小遣い、と言いながら財布を撫でていたからだ。
最近子供ができた彼は絶賛節約中である。今日の昼ご飯は部下にたかると見た。
ほどほどにを基本とする私に特に仲のいい同僚がいるわけでもなく、数少ない荷物と出勤鞄をもって10年間働いてきた場所を後にした。私の背中に餞別のようにかけられた言葉はやはり、「ほどほどにがんばれよ~」という数人の声だった。
ほどほどに、ね。
ここイタンヘ王国にはイタンヘ神を祭るイタンヘ神殿がある。
・・・反対から読むなどという無粋な真似をしてはいけない。不敬である。
その神殿で、汗水垂らしながらこき使われているのが私たち神官である。イタンヘ神の声を唯一聞くことのできる大司教をトップとし、その下に数人の司教、黒の神官長、白の神官長、私たち黒と白の雑魚神官と並ぶ。
イタンヘ神殿での仕事は様々だ。その中でも私の異動先である使役科は大変嫌われている部署である。
大きな戦がなく平和な世の中といっても犯罪はざらにある。盗みや暴力、殺人から人間の狂気と残酷さをまざまざと感じさせるものまで様々だ。
犯罪を犯した人間には当然罰が必要だ。そこで神殿の出番である。
犯罪者は罪によって軽罰と重罰にわけられる。
軽罰科へと送られた犯罪者は罰金や短期間の無償労働で償い、刑期を終えたのち社会復帰を許される。
しかし重罰となると、問答無用で霊魂担当室・使役科に送られるのだ。
泣いて嫌がろうが懇願しようが、ゾンビにされる。
そう。
ゾンビに。
使役科に送られた犯罪者は黒の神官である黒魔術師によって魂と記憶を抜き取られ、ゾンビとなり刑期を終えるまで無償労働に従事することになる。
ゾンビといってもすべてが腐っているわけではない。何も知らない一般人がもつ彼らのイメージはぐちゃぐちゃのドロドロでヒエエエエエの状態だろう。
私も神殿に入るまでは実際そう思っていた。しかし腐ったゾンビなんて数百年たった者たち(それでもいるにはいる)だけである。
数十年で刑期を終えるものであれば抜き取った魂は元の体に戻さなければいけないので、身体を腐らせないよう保つ必要があるのだ。
刑期を終えてさあシャバだ!というときに身体が腐っていては社会復帰は無理だろう。そのためにも健康管理課というものがあり、ゾンビの身体の健康状態を管理している科があったりする。
それ以外にも神殿には民の告解を聞く懺悔科などの仕事があるのだが、説明がうまくない私にはその荷は重いので、割愛させてもらおう。
さて、犯罪者も泣いて嫌がる霊魂担当室・使役科に配属されている神官は私をいれてわずか5人。これでも多いほうらしく、過去最多であるそうだ。ちなみに過去最悪は2人。
そこに配属された新人は泣いて嫌がり欠勤が続き、それこそゾンビのような風貌になってやめてしまうという恐ろしい噂もある。
その勤務体制では一人当たりの仕事量がえらいことになりそうだ・・・と思いつつ霊魂担当室のドアをノックする。
つん、と扉の前に座った時点で少し腐臭がする。やはりこの仕事には臭いの問題は付きまとうことになりそうだ。一応女の身であるのでそこは何か対策をしなければ、と思う。
ノックから数秒遅れて「は~い」と男とも女ともつかない間延びした返事を確認するとドアを開けた。
「失礼します。本日より霊魂担当室使役科に配属になりました。よろしくお願い致します。」
この日からほどほど生活を愛する私の平凡な人生が大きく変わることを、私はまだ知らない。