プロローグなるもの。
「あ”-」
土色に腐敗して歪んだ顔、口からはだらしなく舌がでている。口の周りの筋肉もまともに機能していないのだろう、端からよだれがぽたぽたと流れ出ている。
数十メートル近くにいるだけで、鼻をつく臭いがそれの存在を告げた。覚束ない、不規則に聞こえる足音。その存在から発せられる言葉にもならない声。
醜悪な外見から自分の命を刈り取りに来た死神のようだ、と表現した人もいたが、こんな鈍足な死神がいては魂一つも回収できないのではないか。
「あ”-!」
いつまでたっても振り向かない私にじれたのか、先ほどより少し強めの非難を含んだ声が聞こえた。
はいはい、何でございますかね。先ほどから私の肩に生臭い手をおいて、何かしら伝えようとしているのは83番。服に臭いがつくからやめてほしいのだけれど、無下に払うこともできない。
私、優しいから。
「なんですかね、ヤーさん。もう、え、あっちに何かあるの?」
彼の指さす方向に目を向けてみても、何もありはしない。
うす曇りの空と、規則正しく並ぶ食用植物があるだけ。空にかかる灰色の雲を見て、そういえば今日は夜から雨が降るとの予報だった。帰ったら洗濯物を取り込まねばならない、と頭の隅で考える。
「ん?そっち行くの?」
特に抵抗することもなく袖を引かれていけば、そこには傷ついて飛べない小鳥が一羽。
バタバタと懸命に羽をはばたかせるが、その努力空しく地面に打ち付けられるだけで飛べずに地を這うことしかできない。
小鳥は私たちをみて危機を感じたのか、一層羽を必死に動かした。
それを指さし「あ”-あー」と繰り返す83番、通称ヤーさん。
・・・食べたいのだろうか。と思うも、そういえば彼らには食事は必要ないし、食欲を感じることもないはずである。私たちのように食事や睡眠に左右されるような体ではない。
それならば、空を飛べずに地を這う姿を哀れに思って私に助けを求めたのか・・・?
「はいはい、食べないから大人しくして。いった、痛い!待って、あんた翼折れてるんじゃないの?」
ガラスの小細工を扱うよう小鳥を優しく掌へと乗せてやれば、最初は必死の抵抗をして掌をつつきまわしていた小鳥も観念したように大人しくなった。
心なしか「呪ってやるから!」といった視線を感じるが、私はあんたを保護しようと思ってるのだと鳥語で声を大にして言いたい。
確かに、鳥の唐揚げは好物だが。
「んー、とりあえず、私の部屋で保護しようか。これでいいんだよね?ヤーさん。」
小鳥を助けたいと思ったのか、生き物への純粋な興味なのか、私をここへと呼んだヤーさんへと問いかけると彼は何も言わず私の掌をじっと見つめた。
小鳥は視線を感じると落ち着かなさ気に羽をばたばたと羽ばたかせる。
ただただじっと。
彼らの瞳には何が映っているのかいまいちわからない。
生きているものへの羨望なのか。嫉妬なのか。
・・・それとも何も感じていないのか。
ただ、その瞳は暗く濁るだけ。
小鳥を数秒見つめるとヤーさんは特に何も言わずに自分の仕事へと戻っていった。
休憩室に行くと菓子が入っていた籠をひっくり返して空にした。
そこに藁を敷き詰めて小鳥をおいてやった。私はあいにく癒しの白魔術は使えない。得意とするのはむしろ逆の効果を持つものだから、あとで誰かに頼んでおかなければ。
藁の上にちょこんと鎮座する小鳥はもう私に慣れたのか、きょろきょろと見回すと私をみてこてんと首を傾げる。
計算された仕草とは違う、自然なものは何故こんなに可愛らしいのかと思わず微笑んだ。
―可愛さなど。
この職場においてあったらうれしいものであり、絶対にないものであり、最も似合わないものである。
ここは霊魂担当室・使役科。
罪人に罪を償わせる場所。
最も不浄な場所と呼ばれ、忌み嫌われる、この神殿の中で最も罪深い者たちだけが集まる場所なのだから。