初めての・・・
誤字直しました。
「大丈夫ですか?」
ボーッと突っ立てる姿が余程目に付いたなのか、1人の青年が私に声をかけた。
ハッと正気に戻った私はその黒髪と空色の瞳を見て、図書館の貴族専用エリアの受付にいた人と思い出した。
向こうは父の紹介状を見たのだ、私が誰だか分かっているのだろう。良くも悪くも流行遅れの着古している感のドレス姿の私は印象に残るだろう。
…空色の瞳を持つ人物はあまりいない。さらに黒髪で青年という年齢だとほぼ1人に限られるのは先ほど認識していた。
慌てて微笑みと共に貴族の礼を返す。貴族の娘が馬車止めとはいえ、1人で突っ立っているのは不用心以外の何物でも無い。
「エイドス デュ ノワール 様。お気遣いありがとうございます。先ほどは失礼な姿をお見せして申し訳ありません。ご覧のようにもう何ともありませんので。それに直に馬車も来ますので大丈夫ですわ。」
知識はあっても、家族以外の貴族と挨拶以上の会話をしたことないんだもん。こんなに長く人と話したことも久しぶりだ。何か変じゃないだろうか。アラが出る前にこの人から離れなくては…
父のために借りた本で顔の下半分を隠し、恥ずかしそうな振りをする。たぶん、これでこれ以上は関わって来ないだろう。
「私の名を知っているとは。どこかでお会いしたでしょうか? 貴女はサウザント家の令嬢でしょう?」
もうこれ以上会話したくなかったのに…サウザント家関係者で金茶の髪なんて私しかいないのに、図書館関係者なのに貴族年鑑ちゃんと読んでいないのかなあ?
怪訝そうな顔は隠して、にこやかな微笑みを顔に貼り付けて返事を返す。
「貴族年鑑に空色の瞳に黒い髪の青年はノワール伯しかいらっしゃらないですわ。私はサウザント家のアーシャマリアと申します。本当にもう大丈夫なので、どうぞ私のことはお気になさらないでください。」
…まだ伯爵家の方でよかった。もっと上位の貴族だったら、こんな強引に話を終了させるのはさすがに戸惑う。ノワール伯は良い人っぽいがおとなしそう。
下を向いて私は困ったオーラを出す。これでもう話を続けようとはしないだろう。
「アーシャマリア嬢、では私はこれで失礼します。また図書館にいらしたらお声をかけてください。」
そろそろと顔を上げてみれば、ノワール伯はすでに2メートルほど先の馬車に乗り込むところであった。
ホッと肩の力を抜けば、ノワール伯が振り返りにこやかに私に手を振っていた。
何か彼の気を引くようなことをしてしまったか…名を他人の男の人に呼ばれたのは初めてだったな。苦笑が漏れる。
サウザント家の馬車が来て乗り込み、何事も無かったように、私はお屋敷へ帰った。
お屋敷に帰ると丁度、父とフローレ様が正装をして家を出るところだった。
服装からして舞踏会か…
フローレ様の正装姿を見るのは久しぶりだが、年齢を感じさせない美しさだ。普段は凜としているフローレ様が、父といるときは隙間無く寄り添うようにしている。何だかんだ慕っているのがよく分かる。
私はいつものように壁に近づき、無表情で目線を床に落とし、頭を下げる。
「…アーシャマリア、無事に本を借りてきたようだな。」
「はい。」
私は頭を下げたまま返事する。
見えないのにフローレ様の冷ややかな視線が身体全体に刺さるようだ。
「貴女、その格好で外に出掛けたの? その格好でサウザント家の名を名乗っていないでしょうね。」
私に本当のことは言えない。その後、どうなることか…無言でやり過ごすしかない。
そのくらいの知恵はついている。
「まあまあ、もう時間もないし。私の渡した紹介状を受付に渡しただけなんだから。どこの誰か詳しくはわからないだろう。」
そう言うと父はそそくさとフローレ様の腰を抱いて行ってしまった。
どこの誰かわからないだろうって…そうなの? 髪と目、年齢でかなり絞り込めるだろうに。父はあまり貴族年鑑を読まないのだろうか? 直接お会いする機会が多いから、読まなくても誰か知るのだろう。
2人ともかなり豪勢に着飾っていたから、今日の舞踏会はかなり規模が大きいに違いない。
たぶんお兄様、お姉様方も参加するのだろう。
そうすると今日の私の夕食は厨房に行ってまかない飯をもらってこなくては。
1人になれる時間が多くとれる。丁度よかった。
図書館で見つけたことについてよく考えなくては。
そう考えると私は執務室へ本を届けに向かった。
今日の夜は長い。
翌日、装飾はないが、流行遅れで無いドレスが私の部屋に届けられた。
新品なんて初めてだ。外出用にしろってことだろう。
外に出る機会がまたあると言うことだろうか。…今の私はまだ言われるがままに暮らすしか無い。
ドレス素直に喜べよー。誰からの贈り物か? 皆さん予想付いちゃいますよね。