表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/87

予想以上の出来映え

 花迎えの月も半ばを過ぎた。寒さも少しはマシになった。花の便りはまだ聞かない。

 私の誕生日まであと少し。これまでを振り返ってみれば、一応、独り立ち出来たと言えるだろうか。


 あれから私はのめり込むように地図の清書をしている。王立図書館で見た地図は見事としか言えないくらい、綺麗な作品だった。それでいて誰が見ても分かるような街並みが描かれていた。

 刺繍のスケッチで多少は上手く絵が描けるとは思っているけど、目で見たものをそのままでは無く、線を選んで書かなくてはいけない。花ならともかく、主要な建物が記入されている絵地図、難しいんだよね。そこまでの物を王宮では私に求めてはいないだろうけど、センスが試されていると思う。悩んで悩んで、頭が爆発しそうな毎日を過ごしている。


「はー、完成しても王立図書館にある地図と一緒に並べて欲しくないなあ。」


 夢で地図を描くほど、一日の大半の時間を費やしている。

 休日も洗濯も最低限にして、寝る時間と食べる時間以外はぜーんぶ地図の清書に費やしている。最近、ゆっくり外の景色を見ていないかも。ドンヨリした厚い雲から漏れる明るい春の日差しに当たることも無い。意識しなければ春の訪れを知る術も無い。

 1メートル四方ほどの地図の黒いペン書き部分はほぼ終了。後は色を付ければ完成だ。





 色を付ける前に本物の景色を見ておこうと再び私はモストダークにやって来た。

 慣れたからもう怖いとか汚いとか今更思わないけど、いつ来てもちょっと気分が落ちるンだよね。

 知り合いも増えた今、男性はともかくお金を稼ぐ手段がどうにもならなくなると身体でっていう女性を助けたいっていう気持ちが出て来た。そこまでのどん底を私は本当の意味で知らない。おこがましいが自分より大変な状況の人を助けたいと思うくらいには、今の私は恵まれていると思う。

 何か私にも出来ることは無いかな…と思うくらいは許して欲しい。





 黒いペン書きの地図絵を前にフーッと大きく息を吐き、薄く絵の具を付けた筆を紙の上に滑らす。

 モストダークの街並みに明るい色味は少ない。地味な焦げ茶や灰色が街の中に多かった。石畳に土の道、建物だってそんな感じだし、原色で痛いくらいの色を纏うのは専ら娼婦と言われる人達だった。ウェイは原色は殆ど着ていなかったけど、側にいる男達は色々な色を纏っていた。あちこちにたむろって居る人達の服は色あせていた。


「街自体は地味な色だったんだよね。そのまんまじゃ、寂しいから陰に差し色を少し入れてみようかな。」


 ほんのすこーし淡く赤や黄、オレンジなど色々な色を重ねる。それでも真っ黒と比べたら、格段に良いよね。

 1人でいることが多いせいか、作業しながらの独り言が増えたかも。

 完成をめざし、黙々と筆を動かす。




 ◇◇◇




「こんなものかな。終了っと。」


 ウーンと両手を天井に向かって伸ばし大きく伸びをする。ちょっとお行儀が悪いけど、完成したんだもん、誰もいないし許して欲しい。

 我ながら納得出来る物が出来た。これなら王立図書館に収められても、まあ良いかな。

 これなら誰が見たって「私がそれなりの成果を出した。貴族として王家に従い尽くした。」って言えるよね。王都の役人でさえなかなか入り込めなかったスラムの一画に入り込んで、地図作ったんだよ。スラムの有力者とのつながりを王家に作ったんだよ。

 もうルーデンス殿下は分かっていると思う。私がこんなに一生懸命地図を作った訳を。


「今度こそ、平民になれるよね。」


 変な屁理屈は今度は言わせない。

 有能さを見せてしまったかも知れない。でも、ルーデンス殿下達が貴族だけで無くもっと広く色んな人材に眼を向ければ、絶対に役立つ人材がいるはずだ。

 私は上品でいることや自分を良く見せる貴族でいる必要を感じない。良くも悪くもスラム街に接して、汚いことやどうしようもないことが世の中にあるって知った。それでも懸命に生きる魅力的な人に出会ってしまった。

 お金は多いにこしたことない。美味しいものは大好き。清潔な生活は快適だ。それでも自分の意思で思い通りに生きるなら、平民でしょ。この思いは変わらない。


「ルーデンス殿下、貴方に使われっぱなしは嫌なんですよ。」


 私は完成した地図を奉じる準備を始めた。



 ◇◇◇



 翌日、王宮治安相談部屋にはルーデンス殿下達が勢揃いしていた。いつにも増して、ルーデンス殿下、ロベルト様、ランセル様、レイヤード様達のお姿がキラキラしている。正装とまではいかないけど、いつも以上にキチンとした身だしなみです。それなりの対応で私の作った地図を受け取ってくださる様だ。そんな姿を見せられれば、いやでも緊張してくる。

 ちなみに私はいつもの黒髪おかっぱウイッグに茄子色の王宮女性事務官服姿である。

(フー、落ち着け私。)

 握りしめていた手の力をゆるめ、そっと息を吐き出した。


 低い台の上に広げられた私が描いた地図に皆の視線が集まる。背の高い4人が頭を付き合わせるようにしている姿はちょっと笑いを誘うよね。


「ふうん、これはなかなか素晴らしい出来だね。単なる地図をお願いしたつもりだったんだが、予想以上だな。」

「わぁお、そうだね、殿下。もうこれは絵画だね。レディ・アンにこんな才能があるとわかっていたら僕の配下になってもらったのに。」

「これなら誰が見ても分かるな。実用的な地図とは少々違うが、主要な建物は絵としてチャンと入っているようだし。」

「レディ・アン、貴方は王立図書館の地図を真似たのか? ここまでのものを求めたつもりは無かったのだが…確かに良い出来だ。」


(きゃー、やったー! 私、褒められているんだよね。)


 にやけそうな顔を意思の力で平静を保つ。この人達からお褒めの言葉を引き出した私、エライ!

 でも、こういう地図を求められて無かったとか何とか…って…


「あのう、私が知っている地図って、王立図書館で見たものだけなのですが…他にも種類があるのですか?」


「「「「…」」」」


 何か私はやらかしたようだ。まあ、良い方向にやらかした様なので、良しとしよう。


「このレベルの物を描こうとしていたんだから、道理で気合いが入るはずだね、レディ・アン。この地図はありがたく受け取るよ。王立図書館保存レベルの地図という、私の予想以上の出来に対してご褒美をあげなくちゃならないね。欲しいものを言ってごらん。」


 ルーデンス殿下の何もかも見透かしたような碧い瞳が私をジッと見つめる。思わずドクンと心臓が跳ねたことに内心驚いた。


「貴族として王家に従い尽くした結果がこの地図です。今度こそ、私を平民にしてください。貴方の部下から解雇してください。」


 私は碧い瞳にひるむこと無く、茶色い瞳でジッと見つめ返した。豪華なドレスを纏っている訳では無いけど、さらに貴族の最上礼をとる。私の本気が伝わりますように…

 ジッと頭を下げたまま同じポーズでいる。どのくらいしていただろうか。


「スラムに通ってこれだけの仕事をしたんだもの、アン・デュ・デニスウエルことアーシャマリア・オルグ・デュ・サウザント、貴公の望みを叶えよう。取り消しは効かないよ。本当に良いんだね。あーあ、本当は貴方を手元に置いておきたいんだよ。スラムの様子とか知れば、貴族のままを望むと思ったのに。残念だ。」


 フンっと自嘲するような笑いをしながらルーデンス殿下の眼は笑っていない。眼の保養にはなるけど、やっぱり、この人って怖い。


「だからスラム行きは逆効果だと言ったんですよ。それ以上の成果が上がると言ったのは殿下ですからね。あと、貴方にはエフェルナンド皇国警備隊第2部隊副長ディック・エイゴルンから秘書としての引き抜きの嘆願書が提出されている。平民であっても構わないだろう。受ける気はあるか?」


 ロベルト様の琥珀色の不機嫌そうなアーモンドアイが私に突き刺さる。声は不機嫌さをまったく隠していない。

(えっ? もしかして私が居なくなることを惜しんでくれている?)


「クールデン駐屯地で働けるってことですか? はいっ、お受けします。」


 答えた声に嬉しさが滲み出てしまったと思う。あー、きっと今の私の顔はデレデレだわ。顔のしまりが無くなっているわ。

 思わず両手を頬に当ててしまう。


「わあ、本当にうれしそうだね。お嬢さんは希望を叶えたんだものね。」

「もう誰も止められないな。反対に、俺、殿下の苦笑いなんて久しぶりに見たよ。」

「ランセル、口に出して言うな。」

「レディ・アン、皆にお茶を淹れてくれないか。」


「了解致しましたわ。」


 足取り軽く私はお茶を淹れる支度を始めた。今日はすっごく美味しいお茶を淹れることが絶対に出来る自信がある! 淹れて差し上げますわ!

 この日の私は、これからのことを考えてワクワクが止まらなかった。





ルーデンス殿下から言質いただきました! やっとここまで来ました。あともう少しお付き合いくださいませ m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ