人捜し
「あぁ、疲れたぁ。水場はどこかな?」
あれから私は古着屋で着古された色落ちの激しい紺色の名残を持つ胸当て付き前掛けを購入した。手持ちの茶色いチュニックと青いズボンの上に纏って、下町の下っ端下働き娘の出来上がりです。
さらに髪をキッチリまとめないようにして、掃除に励んで埃にまみれるようにした。…残暑の中、これは辛かった。下働きのようなことをするのは平気だけど、庶民と同じような生活も抵抗ないけど、一応貴族の娘でもあったのだ。出来る限り身ぎれいにするのは当たり前だから、埃まみれの汚れたままでいるのは辛い。私の清潔感は何処へ行った…
今の私には、かなり薄汚れた感じがある。小汚いとは言いたくないけど、それに近いかも(泣)
(これならお金あるようには見えないよね。襲うのも躊躇するよね。)
この出で立ちで転ばされた地区へ再びやって来た。王都の北西に位置するここは、サバリールと呼ばれるところだ。スラムまではいかないけど、安い賃金で下働きとして雇われる者が多く住む雑多な印象の地区だ。そこに失火で一部が焼失した家屋がそのまま放置されている。持ち主が売り払うでもなく、立て直すでもなく焼け残ったまま放置しているので、最近、廃屋は家を持たない者や柄の悪い者のたまり場となってしまったのだ。
どこの地区でもよそ者は目立つ。警戒される。
だから私は素直に「人を探している」と言ってサバリールに入って行った。
薄汚れた姿を王宮内部の人達には見られたくないので、朝早く官舎を出て王宮の門を出て来たのだ。
「あのう、すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど、私、この辺りで噂の『親切な彼』らしき人に助けられたんです。お礼を言いたくて探しているんです。どこにいるか知りませんか? 何か彼について知っていませんか?」
転んだ辺りで朝から何人にも声をかけて聞いているが、不思議と本人につながる手ががりはない。
あのルックスだ。会えば誰もが絶対忘れないって。それなのに。
ルーデンス殿下でさえあまり情報が手に入っていないんだもの、私に簡単に手に入る訳が無いよね。
(この辺りによく居る訳じゃ無いのかな。土地勘ある感じだったんだけど。でも他の地区でも見かけなかったし。気長にいくしかないわよね。)
道端の暇そうにしている屋台でパンを買う。わずかな野菜と炒めた卵が薄いパンに挟まっている。パサついていて残念な昼食となってしまったが、仕方ない。最近の生活の食事が良すぎたのだ。食べることが出来ることに感謝しなくちゃね。
手頃な大きさの石を椅子代わりにして腰掛け、道行く人を眺める。
(同じ場所に長くいると変な奴に眼を付けられちゃうから、そろそろ移動しなくちゃね。次は木陰にしようかな。)
ーークイクイ
何かかが色落ちした紺色だったエプロンの裾を引っ張っていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん。また会ったね。」
目の前には何時ぞやのここに連れ戻してあげた迷子がいる。もう治ったけど、膝のケガの原因だ。
少年の名はキッカと言うらしい。と言うのは、前回この辺りに来たとたん、1人でダッシュして走り去ってしまったのだ。語りかけても反応無く、私に手を引かれベソをかいていたハズなのに。
よく私が分かったものだわ。
「この間はありがとう。家に帰ったら、母ちゃんに怒られたよ。助けてくれた人にお礼も言わないなんて!ってね。だから何か困っているなら手伝うよ。」
ベソをかいている時は女の子かと思うくらい華奢に見えたが、目の前にいるのはどう見ても色黒のやんちゃなガキだ。黒い髪を無造作に一つにまとめていて、青い眼がクルクルと人懐っこく動いている。
「私が何か楽しそうなことしていると思っているなら、全然楽しくないし、むしろ地味で大変なことするんだからね。それでも手伝いするの?」
「この辺りなら良く知っているし、オレ、きっと役にたつよ。」
下っ端の私に下っ端がさらに付いた。まあ、人捜しには人手が多いに越したことは無いからね。この子の好意はありがたく受け取っておこう。
私はキッカの黒い頭をちょっと乱暴にかきなでた。私を見上げてキッカもニカッと笑う。
さあ、人捜しの続きをしましょう。
◇◇◇
結局、翌日もキッカに手伝ってもらってサバリール地区で『親切な彼』の聞き込みをおこなった。
昼食には油の切れが悪い揚げパンを屋台で買って、キッカと2人で食べた。ちょっと胸焼けしたかも。
優秀な下っ端のキッカのおかげで、楽しい散策が出来たのは幸いだった。怖いと思っていた場所も、キッカにとっては日常の場であって、身の守り方をわきまえていれば他の地区と大して変わりない場所であった。まあ、少々ゴミが多く落ちていたり、ケンカの声が聞こえてきたり、キッカと何度か走りまわったりしたけどね。
揚げパンもお腹の中からもう無くなったであろう頃、私はポケットから飴を取りだした。休憩です。以前買ったロベルト様の眼のような色をしたあの飴だ。ちょっと多めに買っておいたんだよね。
「キッカ、手を出して。…はい、どうぞ。」
彼の薄汚れた手にべっ甲色の飴を一粒乗せる。私にも一粒。
キッカは眼をキラキラさせて「これ食べて良いのか?」と聞くなり、自分の口の中に放りこんだ。「うめえ、うめえ」と言いながら跳ね回るキッカを見つつ、私も手近な石に座り込んだ。元気なキッカのペースで歩き通しだったので、いつも以上に足が疲れている。ボーッと私は地面を眺めていた。
いつの間にか背に誰かが立ち、私に陰をつくる。驚く間もなく声がかかった。
「僕を探しているのって、君たちであってる?」
顔をあげれば、目の前には柔らかそうな白金色の髪を持つ皇子以上の王子様が、灰翠色の瞳で私を見つめていた。
捜していた人物が目の前に居るというのに、驚き以外今の私にはない。それでもジッと彼を見続けている訳にはいかない。私は挨拶をするために立ち上がった。




