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幸運の乙女

 貴族向けの店が多い街へはレディ・アンとして茄子色の王宮女性事務官の服に日傘を持って行く。庶民的な街へはアーシャとしてチュニックにズボンという身軽な服装で行く。

 ここ最近の王都散策はこんな感じだ。まあ圧倒的にアーシャとして庶民的な街へ行く方が多いけど。

 ウェラー隊長に連れられて街をまわったことで、私の顔は良くも悪くも隊長の知人として知れ渡り、一応歓迎されている。連れられて行かなかった街へ行っても、街歩きに慣れたせいか気負うこともなく住人のように歩けている……と思いたい。


 初めこそルーデンス殿下達に行き場所は指定され「あれ買ってこい」状態だったが、私の書く報告書の視点が興味深いとかで、今では私が気の向くまま王都のあちこちの地区を見て歩いている。一応、殿下達のメモ書きにあった地区を心掛けているけどね。

 物騒だからと入り込まない様にしている地区や場所は未だにあるけど、初めに比べたら王都のかなりの場所を訪れていると言えるかな。

 ルーデンス殿下達へのお土産も有名高級店の菓子に始まり、今では庶民的おやつを買って帰ることもある。庶民的おやつってのは、香ばしく焼いた甘いイモだったりするんだけど、意外と侍女さん達に好評だったりするのだ。


 うーん。最近、王宮内に居る時間より外出している時間の方が長い気がする。




 王都治安相談部屋でお茶しているときに聞いたことによると、ランセル様の見いだした騎士は順調に育ち、そろそろ見習い騎士から正騎士に昇格できそうだとか…。レイヤード様の見いだした令嬢は外交使節団のメンバーに選ばれたとか、王宮お抱え楽団でソロの演奏を披露したとか…。

 私と同じ頃にルーデンス殿下達に見いだされた方々は順調に成果を発揮しているらしい。ランセル様やレイヤード様が誇らしそうに語っていた。

 でも、私は?

 王都の住民(庶民よね)に困っていることを相談されて殿下達に報告したり、街中で修繕した方が良い場所を見つけて伝えたりしているだけだ。

 まあ、王都の住人の皆様の役にたっているとは思う。でも、私以外にもそういう報告を上にあげる仕事をしている人っていると思うんだな。

 ルーデンス殿下達の書類をまとめたりもしているけど、あのレベルのことは他の人でも十分出来ると思うし。…ロベルト様は私のことを誰かに誇ってくれているのだろうか?

 私に向かって感謝の言葉やお褒めの言葉をくれるようなお方は残念ながらいないのが、現状なのだ。



 ◇◇◇



「王都に来すぎて、最近の休みは洗濯と自室の掃除で終わっちゃうのよね。」


 今日も独りで馴染みの庶民的な街へ繰り出している。洗濯物を取り込んだり、大通りの花壇の手入れをしている人の姿を見れば、言葉がこぼれた。

 気になる『親切な(イケメン)』には、あれから会えていない。

 それなら!と私も出来るだけ困った人を見かけた時には親切なことをするようにしている。なんか彼に近づいた気になるじゃない。


 雑多な街の喧騒と職人が生み出すざわめきが、王都の街に活気をもたらしている。


 人と関わることで私は自分を取り戻した。人の優しさを知っている。

 今度は私が誰かの手助けを出来たら良いと思う。


 ◇◇◇


 素朴なべっ甲色の飴が昨日の私が手に入れたお土産だ。

 明るい場所で見たロベルト様の眼の色にちょっと似ている。ねらった訳じゃないけどね。

 ガラスの器にコロコロと飴を移して、お茶菓子の一つとする。

 王宮治安相談部屋に在室しているルーデンス殿下と仲間達にお茶を淹れる。私は皆さんのメモ書きをまとめる仕事が溜まっているので、執務机に戻ってお茶を頂いていた。


「最近の王都で噂の『幸運の乙女』の話は知っているかな?」


(はて? 私、まだ聞いたこと無いけど。ルーデンス殿下、ニヤリ顔で話を振るなんて嫌な予感しかわかないわ。)


「良いネーミングでしょ。親切な(イケメン)(つい)となる良い語呂がなかなか浮かばなくてね。苦労しちゃった。」

「レイヤード、貴殿が流した噂か。」

「人聞きが悪いな。元々、ある女の子に会うと親切にされたり、壊れていたものの修繕が早まるって言う噂があったんだよ。だから、どうせなら良い名を付けた方がより彼女のイメージアップするでしょ。」


 レイヤード様は私の方を見て、パチンとウインクしてきた。

 えっ、ええーー?! もしかして幸運の乙女って私のこと?! なんて恥ずかしい名なの!

 心の中で動揺しつつも、表情は変えない自信のあった私の耳が熱くなっている自覚がある。…きっと真っ赤だわ。 


「乙女の顔や容姿は特定できないようにしてあるから。誰のことかは一部の者しかまだ知らん。彼女が安心して王都をさまよってくれると助かる。」

「手回しがいいね。さすがランセル。」


「対が出来たなら、彼の方の特定ももう少し進むか…。レディ・アン、何か情報は得ていないか?」


 いきなり私に話を振られても、報告書以上のものは手元にありません。ロベルト様を無言で見つめ返す。もう平静だもんね。


「『親切な(イケメン)』の情報がもっと欲しいのだがなかなか手に入ってこなくてね。さすがにそれだけのために人員は割けないし。」


 ルーデンス殿下の碧い瞳がキランと私を容赦なく射貫く。

 ーうぐっー

 はいはい、情報をもっと集めるんですね。私に聞き込みをしてこいと。


「王都の治安は守る。インフラも整備する。住民に娯楽も与える。しかし、王都の住民の持つ日常の不満には対処が直ぐにはできない。幸運の乙女達が頑張ってくれると正直助かる。」

「恋した乙女と彼の再会がまだとは、神様もなかなかに意地悪だよね。今度は歌でも作ろうかな。きっと流行るよ。」

「前回出会った地区を中心に歩く方が良いと思うが。」

「あそこ、治安あんまり良くないんだよ。お嬢さんの1人歩きには十分注意が必要だな。衛士に優先的に見回りするように指示を出しておくよ。」


 色々考えてくださるのは良いのだけど、あくまで私が探すってことは変わらないのよね。忙しいし、立場上自ら動くことが出来ないってことも知っているけど、ちょっと人任せすぎで腹が立つ。

 …怖い思いをした場所にまた行くのよ。独りで。そりゃ、王都散策には慣れたけど。


 私はべっ甲色の飴を一粒手に取り口の中へ放り込むと、ガリガリと音を立ててかみ砕いた。無意識に。

 ギョッとした顔でルーデンス殿下と仲間達が私を振り返る。


 私はガラの悪い地区で身を守る算段を一生懸命考えていた。

 下町を散策することが増えたせいか、私のお行儀は以前よりだいぶ悪くなっていたらしい。


「まあ、あれなら何とか探し出すんじゃないか?」


 ポツリと呟いたロベルト様の言葉が王都治安相談部屋に小さく響いた。

 期待はされているらしい。









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