見回り
朝です。
めんどり亭で気持ちの良い目覚めを迎え、美味しい朝食で身も心も満たされた状態です。これなら見回りだろうが何だろうが、いくらでも歩けそうだわ。
今は、第2衛士詰め所の前でウェラー隊長の出待ちしてます。
見回りなどの仕事に出て行く衛士の皆さんが、私をチラ見していて、恥ずかしいです。
「おはようさん。ちゃんと来たんだな。歩くのが辛くなったら、意地を張らないで言うんだぞ。」
テンガロンハットまで被って、紺色の衛士の制服一式をバシッと身に付けたウェラー隊長の登場です。対する私は、茶色い半袖のチュニックに青いズボン…地味にまとめました。久しぶりのポニーテールです。頭をエイダさんおすすめの大きな青いスカーフで覆っています。これで日よけです。
ウェラー隊長の他にもう一人、背が高くて細身のおじさんが付いてきました。目も細いです。ベインさんです。「若い娘と二人で街中を歩き回ったら何言われるかたまったもんじゃない」からだそうで。何かあった時に隊長1人では不安があるから、ってのが本当の理由だと思うけど。
王都の大通りから中通りくらいまでしか私は散策したことがなかったけど、隊長達との見回りでは、裏道に始まり、生活感あふれる洗濯物の干されている住宅の隙間まで歩いた。ゆっくり歩いてくれたから、気になるものを質問することが出来る。
1人で歩くことも楽しかったんだけど、複数でってのも楽しい。
衛士さん達は王都の住民の身近なあこがれ対象のせいか、ウェラー隊長の人徳か、歩いているだけなのに色々な人から話しかけられるのだ。
「あらあ、今日は女の子なんて連れてどうしたの?」
「おお。」
「作りすぎたから差し入れに持って行くがいい。」
「いつも悪いな。」
「隊長、ボールが屋根の上に乗っかって取れないから、取ってよお。」
「坊主、何やってんだ。しょうが無いな。」
愛想が良いとは言えない、素っ気ない返事を分け隔て無く返していく。それなのに…
「だてに隊長やっていないのね。」
やられた。
めんどり亭でグダグダの姿ばかり見ていたから、ウェラー隊長を単なるおじさん扱いしていた。申し訳ないと心の中で謝っておく。私の行方をロベルト様が直々に聞くくらいの人なのだ。優秀でないはずがないのです。なんて豊かなコミュニケーション能力を持っているのだろう。
私が散策していても街人と表面上の会話しかない。年期の差なのか、ウェラー隊長はハンパなく王都の住民と馴染んでいる。
「隊長は聞き込み上手なんですよ。相手の懐に入るのが上手いんですよね。まあ、腕の方も中々のものですけど。」
さらに目を細めて、ベインさんが少々うれしそうに教えてくれた。貴方にとって、尊敬する上司なのね。
◇◇◇
毎日毎日3人で昼食をはさんで夕方まで見回りをした。
昼食はあこがれだった下町の食堂で食べました。肉と野菜を炒めた定食や煮込み。大ざっぱな味付けで、塩気が強かったり、薄かったり、大量だったりしたけど。昼間っから大声でお酒を飲む人がいたりして緊張したけど、ウェラー隊長達がいたので安心して食べることが出来たんだな。「アーシャって度胸あるよな」なんて言われた。1人じゃちょっと入れなかった。有り難いことに、隊長の奢りでした。
小雨の降る日は詰め所でデスクワークです。
第2詰所内のウェラー隊長の執務室にお邪魔しています。
隅の机を借りて、私は今まで歩き回った場所について報告書を作成する。ウェラー隊長は私にお付き合いして捌き切れなかったらしい書類に向かいガンガン書き込んでいる。私という余計な仕事を抱え込んだというのに、私に愚痴はでるが、責めることはしない。
「アーシャはうわさの『親切な彼』に会ったことはあるのか?」
「遠目で、そうかなと思った方に会ったことはありますが…ないですね。」
「俺も比較はよくされるんだが、実際会ったことは無いんだよな。」
そうなのだ。ウェラー隊長と居るとよく話には聞くのだ。「隊長みたく、親切なんだけど、見た目はだんぜん向こうのが上なの。もうお礼言うのにドキドキしちゃって、若い娘に戻ったようだわ」なんて言われるのだ。
「アーシャは世のお嬢様憧れのロベルト様を側で見ているんだろ。やっぱりドキドキするのか?」
「色んな意味で緊張はありますけど、異性としてのドキドキはないですね。仕事で一緒に居るだけですから。」
そうよねえ。見目麗しい方々とお会いする機会は多いけど、意識していなかったわ。立場が違いすぎるし。貴族で無くなれば関係無いし。
それでもドキドキしない私は女子として欠陥あるのかなあ。
◇◇◇
少々治安に不安がある地域も連れ歩いて行かれ、ウェラー隊長と一緒にいる娘の存在があちこちに知られるようになった。私の脚力はパワーアップして、靴の底の減りさえ気にしなければいくらでも歩けそうだ。残念ながら色白とは言いがたい程度に日焼けもしている。庶民の格好で日傘は合わないし、毎日キューリのパックはエイダさんと一緒にしていたんだけど。お日様の力、恐るべし。
そうこうするうち、ブルーグレーの服のリボンに鈴蘭の刺繍が完成する頃、私は『親切な彼』にとうとう出会ったのである。
なぜかウェラー隊長達とはぐれ、道に迷って、石畳につまずいて転んだ私の前に手を差し出した青年。
柔らかそうな肩下まである白金色の髪に灰翠色の瞳。こんな色の組み合わせを私は知らない。頭の中でページをめくるが、貴族年鑑に載っていない。
心配そうに私を見つめる瞳が揺れている。
(この人誰?)
私は地面に四つん這いになったまま固まって、目の前の手を取ることが出来なかった。
まばたきも出来ない。息の仕方も忘れてしまった。
ドキドキする前に私の心臓は止まってしまったようだった。
読んでくだっさった皆様、ありがとうございます。
暑いですね。
やっと彼が目の前に登場です。お待たせしました。




