ご褒美
レディ・アンが王宮内の他部署に書類を届けているさなかの王宮治安相談部屋では、ルーデンス殿下とロベルト様が優雅にソファに座り、側にカフールさんが控えていた。
キラキラしいソファの二人に対し、何処にでも居そうなふつーうの従者であるカフールさん。普通でありながら平然としている時点で、実は普通で無いのかも知れない…
「カフール、昨日のレディ・アンの外出についての報告をするように。」
ロベルト様は冷静な声で指示を出す。
「今回もエデンバッハ閣下の作成した地図通りに歩きました。服装は王宮の事務服で、髪型は変えてあります。事務服姿のせいか、今回も特にもめ事には巻き込まれていません。一度、裏路地に入りかけましたがすぐに大通りに戻って来ています。裏路地や人気のない場所は避けるべきだと認識できています。下町に入ると日傘をたたみ、歩き方も変えて貴族らしさを無くしています。昼食は今日も屋台で済ましており、タコスを食べました。食堂に興味があるようですが、まだ入ってはおりません。平民の住宅街では積極的に挨拶をしています。まだ、世間話とまではいきませんが、下町の住人との接触にもだいぶ慣れてきたように見受けられます。」
「彼女に声をかけてくる人物は居たのかな?」
「挨拶をかえす者はおりますが、警戒が必要な人物は今の所おりません。殿下や閣下達の指示の元、王都を散策しているとは思われていないようです。」
「それは何よりだな。まあ、どこで誰が見ているかは分からないが。」
「カフール、引き続き彼女の身辺警護と王都の見回りをするように。」
見本のような折り目正しいお辞儀をして、カフールさんは部屋を出て行った。
残されたルーデンス殿下とロベルト様は部屋付き侍女の淹れたお茶に手を伸ばす。どちらからともなく、「くん」と一嗅ぎした後、物足りない様子でゴクンと飲み干す。レディ・アンと部屋付き侍女が淹れたお茶の違いを感じつつも、あからさまに比較はしない。褒めることはあっても、卑下した時の影響を知っているからである。
「ロベルト、あれから橋の方は進んだのか?」
「ああ、彼女の視点からの考察が役に立った。我々は有力貴族の要望を優先しやすいが、納得出来るだけの理由が付けられるなら優先順位は変えやすい。目に見える老朽化は橋の修繕順位にすぐ結びつけられるが、日々利用する者の視点に気づかされたのは彼女のお陰だ。木製であるがゆえに建て替えが頻繁になるなら、橋を架けるのに時間がかかっても堅牢な石橋が良いという意見は今まで拾えなかったものだ。事務以外に使える人物とは想定外だった。」
「平民目線か。」
「貴族の目線も持っているから、利用者目線と言うべきだな。」
二人の視線が交差する。
「ともかく国民の不満は王都の治安の悪化に直結する。ひいては国への不信となる。近隣国との関係が良好である現在は、王都の不満解消が私達の優先事項だ。」
天井から下がる小ぶりのシャンデリアを見つつ、まとめの言葉をルーデンス殿下が言った。直後にレディ・アンが部屋に戻ったことでこの話は終了となった。
◇◇◇
暑い夏も本番。益々、日差しが強くなり、陰が濃くなる。
王宮内の人が減り、見慣れない人物が増えている…
夏になり、入れ替わりで領地へ避暑に行く貴族が増えているのだ。避暑以外に帰郷する者も多い。
夜会や舞踏会は夏の間は無いし、無ければ関連部署の仕事は無い。人が少なければ重要な政策を決める会議も少なく、役人も休みを交代で取ることが出来る。
(ルーデンス殿下は離宮に避暑に行かないのかな? 騎士のランセル様はともかく、他の方々も行かないのかな?)
私には避暑に行く場所も帰郷する場所も無いから関係無いけど。休みがもらえるならクールデンに行くのも良いなあ。書類をまとめる手を動かしつつも、書類の内容とは違うことを考えたりする。
「そう言えば、レディ・アンには知らせて無かったね。来週から10日間、私はハッセンブルクルの離宮に行くから。その間はロベルトの指示に従うように。」
ハッセンブルクル、夏でも万年雪を頂く山を抱えた高原の避暑地だ。天然の要塞を抱え、冷涼なので夏に人気の土地と聞く。王族は入れ替わりに向かうとか。特産品は乳製品だ。バターをふんだんに使ったお菓子でもお土産に買って来てくださると良いなあ。
ちょっと離れた場所にある私の執務机から、ロベルト様の指示を仰ぐべく、お顔を拝見する私。
「殿下が居ない間、レディ・アンは一子女となりエフェルナンド皇国衛士第2詰所の者と共に王都の見回りに行くように。通うのが大変であれば、どこかに宿を取っても良いからな。」
離れているのにハッキリ聞こえましたよ。ロベルト様が下向いて書き物しながら話したのに聞こえました!
はあ? それってアーシャになって見回りに行けってことよね。ウェラー隊長と。それと『めんどり亭』に宿泊しても良いってことよね。もちろん、宿泊費は出して貰えると解釈しました。
お言葉の前半はともかく、後半は私への夏休みですね。報告書の提出という宿題はあるけれど。もはやご褒美としか思えません。ちょっと見直しました。頑張って慣れない仕事したのが報われたんだわ。報われるって、こんなに嬉しいのね!
浮かれそうになる気分を抑えて、「了承致しました。」と平坦な声で私は頭を垂れた。
(エイダさんに会いに行ける。マスターの美味しいご飯が食べられる。ワクワクが止まらない。)
夕方、自室に戻ると直ぐさま、私は黒いバッグに着替えなどの荷物をまとめたのであった。




