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おつかい

 慣れとは恐ろしいもので、嫌だ嫌だと言いつつもそれなりに王宮で生活している。官舎に住まい、身の回りのことは自分でこなし、生活費の心配も無い。何とも恵まれた生活と言えるだろう。一人の人間として扱われている。粗雑に扱われることも無い。

 レディ・アンとして王宮内を行き来していれば、多少の嫌味や文句をあびることはある。ルーデンス殿下の元にいるとそれなりに知られているからね。それでも事務仕事の内容は、ルーデンス殿下と仲間達のメモから関連事項を見つけてまとめて一つの事案とする高度な内容にレベルアップして仕事のやりがいも増していた。


 貴族の中の貴族である高貴な方々の側に居て、庶民寄りの貴族の私がボロを出さないかと自分でもビクビクしていたが、意外と何とかなっている。私の能力が予想以上に高いのか、高貴な方々が寛大なのかは分からないけど。

 王都にいないはずの貴族の娘となっているから本来の(いえ)のしがらみに囚われないでいられるのは助かっているし、正直、庶民にならなくても自立して生活するっていう目的は果たされている。…うーん、いつまで続くのかってのはあるけどね。


 ◇◇◇


 レディ・アンとアーシャマリアとアーシャの3人をこなす私を知るルーデンス殿下は、王都へのおつかいに私を出すようになってきた。ロベルト様やランセル様さらにレイヤード様まで…皆さん、自分のところの従者使えよー。プンプン。


「あぁ、暑い。日焼けするわね。」


 今日の私は、茄子色の服は着ているものの、ウイッグ付きでの外出は暑すぎるので、自前の髪を一つのお団子にしている。湿気が少ない国とはいえ、意外とウイッグは蒸れるのだ。屋外はつらい。

 ハンカチで汗を拭いながら、私は手に持った手書きの地図を見つめた。


 ロベルト様直筆の地図。今日のおつかいは王都第2地区にある今話題の焼き菓子店でマドレーヌを買ってくること。…ルーデンス殿下はともかく、あの人、甘いものが好物とは思えないんだけど。「流行のものはチェックしておく」のだそうだ。そしてなぜか通る道順が指定されている。街をグルグルをまわって橋を3本渡らなければ行けないらしい。治安のよいと言われている第2地区だが、それなりの距離を一人で歩くことに何か意図があるとしか思えないんですけど。


 本音を言えば、私の知っている王都の街なんてほんのごく一部だから、大手を振って街を歩けるおつかいはすっごく嬉しい。ただねえ、従者を持っているような方々がどうして私を使うのか…私って事務要員じゃなかったっけ?

 第2地区はお店が多いので歩きがいがある。ご指名の焼き菓子店は王都で一番栄えているメインストリートにある。王立図書館まで馬車で行って歩くのがメインストリートへの一番の近道だと私でも知っている。それなのに平民が多く住む下位地区の橋を2本渡って、グルリと上位地区へ入る道を通るよう、地図に示されているのは何故?

(おつかいのはじめの頃は目的地に真っ直ぐ向かうだけだったのに…遠回りとは、嫌がらせか?!)


 仕方なく私は王立図書館の馬車止めから、メインストリートと反対方向に向かって歩いていた。さすがに王宮からすべて歩くことは出来ないから、王立図書館までは馬車を使ったけど。

 上位地区と下位地区の中間に建つ王立図書館から離れるにつれ、町行く人が増えていく。図書館近くは本屋に文房具屋などインテリ相手の店が多かったが、やがてレストランや食材を扱う店にかわり、一本目の橋近くは比較的裕福そうな住宅が多くなった。

 住宅街で一本脇道に入る。水場を示す看板を見つけたからだ。


 馬車馬も休めるようになっている噴水が一基ある。水場で子供が遊べるスペースも少しあって、ちょっとした公園のような場所だ。

 私は水を飲んで喉を潤し、ハンカチを水で濡らした。木陰で濡らしたハンカチを用いて首の汗を拭う。ボーッと辺りを眺めていれば、一人の青年が大きな荷物を背負ったおばあさんに話しかけている。荷物を持ってあげようとしているようだ。

(面倒見の良い人がいるものね。でも、あのおばあさん警戒しているみたいだから、持たせないだろうなあ。)

 そんなことを考えつつ、私は元の道へと戻って歩き始めた。


 一本目の橋を渡って行けば、より雑多な感じは増してきて、店と住宅が入り交じっている。住宅も長屋のような共同住宅や、官舎のような集合住宅が増え、人気(ひとけ)が多く賑やかだ。住宅地が一区切りすると職人の町に入ったようで、金属を叩く音や木の香が漂ってきた。軒に訳の分からないものがぶら下がっていたりする。

 ふと、私の頭の中に地図が浮かんだ。

(あー、ここが職人の町タンタルなんだ。)

 百聞は一見にしかず…知識は実際に見聞きして裏打ちされることで身につくと。

 殿下達のメモにもよく出てくる地名よね。んー、渡った橋の名も最近見たわね。視察ってことかあ。一言言ってくれれば良いのに。


 二本目の橋を渡り、次の地区に入る。さっきと似たような所だ。昼食が近づき香りに美味しそうな食べ物がプラスされている。

 道ばたの屋台で揚げた魚と酢漬けのタマネギのバゲットサンドを買って昼食とする。レモネードも飲んで、エネルギー充電完了っと。

 ふと見れば、またもや迷子らしき幼女を背中に背負った青年の姿が目に入る。

(ここにも親切な人がいるんだなぁ。)

 さあ、私もあともう少し頑張ろっと。


 三本目の橋を渡り、上位地区に入った。閑静な住宅地からやや高級な商店街へと変化していく。メインストリートに入れば、それこそ最高級、最先端の店が建ち並んでいる。レストランに洋品店、宝石店などきらびやかな店も多い。馬車も行き交い、着飾った人が増えていく。こういう時、王宮女性事務官の制服って便利よね。取りあえず何処でもこの服なら出入りOKなのだから。

 甘い香りが漂い、若い娘が入れ替わり立ち替わり入って行く可愛らしい洋菓子店が目に映った。あそこがお目当ての焼き菓子店に違いない。看板を読めばアタリです。一番大きな箱入りのマドレーヌをロベルト様のサイン入り指示書を見せてツケで買った。今日の三時のお茶菓子になると良いなあ。

 箱を抱えて、王立図書館の馬車止めに向かう。遙かに短い時間で到着です。


 王宮に戻り、レディ・アンとなって王都治安相談部屋にマドレーヌと共に戻れば、すでにお茶の支度はされていた。でもお茶を淹れるのは私。

「ちゃんと私の地図は読めたようだな。レディ・アンもここに腰掛けるがいい。」

(お疲れ様とか、ご苦労様って言葉は無いのよねえ。一緒に座るってのもフルメンバー揃っているから緊張しちゃうわ。)


 出来るだけ隅に座り、皆さんがお茶に口を付けたのを見届けて、私も一口含む。

「…」

 はあ、お茶の香りに癒やされる。さすが良い茶葉。ご褒美マドレーヌを手に取る。なんだかランセル様ニコニコだわ。毒味なんだか一番に食べて、焼き菓子が気に入ったみたいね。


「では、今日通った道について順に話をするように。」


 ロベルト様の指示で、私は説明していく。時々質問も入り、思い出してなんとか返答した。視察かなと思って意識してあちこち見ておいて助かった。「覚えていません、わかりません」ってのは言いたくなかったからね。

 説明と質問への返答が終わり、やっとマドレーヌを口に入れた。あー、マドレーヌ美味しい。発酵バターかな。良い香り。甘さが染み渡る。暑い中苦労して買ってきた甲斐があったわ。


「レディ・アン。忠告するけど。日焼けして顔が赤いから冷やした方が良いよ。」


 レイヤード様のご指摘です。はい、私もそう思ってます。あちこち火照(ほて)ってます。


「とくに鼻の頭がな。」


 容赦ないロベルト様。クスッと笑うルーデンス殿下。まだ食べているランセル様。素知らぬ顔のレイヤード様。

 …誰のせいでこんなに日焼けしたと思っているんだ-。日傘を買うぞ! だって絶対またおつかいに行かされるもんね!!

 日焼けと違う原因とで更に真っ赤になった私は、「そうですわね。」とニコリと微笑みつつ両手を握りしめていた。この人達に鍛えられて、この位は言い返せるようになった私です。









新キャラ青年やっと出た。地味ですが、出せました。この人、主要キャラになれるのでしょうか?

…心配になってきました orz

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