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好みのタイプ

「ねえねえ、アーシャマリアちゃんは誰派(だれは)? 誰が好み?」


 食堂でちょうど会ったマリエッタさんと一緒に夕食を頂いていたところ、唐突に聞かれた。ゲホゲホ。夏野菜のシチューを吹き出さないで、ゴクンと飲み込んだ自分を褒めたいと思う。今日は仕事から帰宅して直行したから茄子色の事務服だけど、赤いトマト色の染みを作るのは避けたいよね。

 さっきまで、一番好きな食事のメニューの話をしていたハズなんだけどなぁ…

 怪訝(けげん)そうな顔を返した私をワクワクした表情で見返しているマリエッタさん。期待したって何にも出て来ませんけど。

 私は首を(かし)げて(ちゅう)を見つめて考える。


「…うぅん…」

「いつもこのての話になると皆の話を聞いているばかりで加わらないでしょ。好きな人は隠す派? 心に秘めて思う派なの? 私は知っての通り、ランセル様押しよ。平民相手でも、護衛騎士さまなのに偉ぶったとこが無いし、あの背の高さと胸板の厚さ…ああ、ギューッてされてみたい。」


 マリエッタさんの顔の前で両手が右へ左へヒラヒラと振られる。一緒に三つ編みの髪もしっぽの様にゆれている。上気して頬がほんのり赤くなっている。小柄な自分と大きなランセル様の抱擁を想像しているのか、女子していてかわいいなあ。1歳上だけど、年下みたく思えちゃう。


「さあ、言ってみよう。」


 さすが優秀な王宮採用の文官さんです。私を指差し、グイと詰め寄る姿は迫力満点で逃げるのは難しい。

(ええぃ、考えろ、私。)


「私の好みはル、ルーデンス殿下です。いやあ、あのお顔は人間離れしていますよねえ。(性格はともかく)まさに眼福(がんぷく)ってものですわ。」


 口から出任(でまか)せ出た-!! その場しのぎ出たー!!

 顔は平静を保っていたが、声が上ずってしまったわ。

 失敗したかとマリエッタさんを見たら、激しく頭を上下に振って「うんうん、そうかそうか。」と頷いている。そうしている姿は単なる町娘ですね。

「ナターシャもルーデンス殿下派よ」とか「お顔ならレイヤード様も捨てがたいわよね」とか言われたことに取りあえず頷いておく。


 平民であるマリエッタさんやハーミイさんにとって、お貴族様は雲の上の人、いくらでもいじって憧れることが出来るらしい。日頃の溜まったストレスを見目麗しく素敵な殿方の噂話で発散しているとか。

「貴族ではない素敵な殿方はいないの?」って聞いたら、「ワイワイ皆で噂するなら、皆が知っている方々をネタにするほうが盛り上がる」らしい。直接会うことがほとんどないから、想像ばかりが大きくなっているようだ。そこが貴族であったサウザント家のお姉様方の騒ぎ方と違うところ。結婚とかに結びつけないからね。

 異性との出会いを純粋に楽しめるところが貴族と違う平民の特権。物語にある恋愛ってのを実際経験できるのは平民の方が圧倒的に多い。


 いつの間にかマリエッタさんのペースにのせられて、私もうまく会話が出来るようになった気がする。誰かと一緒に食べる食事はやっぱり良いね。一日の気疲れも吹っ飛ぶわ。



 ◇◇◇



 ドンヨリとした雨雲が空を覆って、お日様のキラキラした姿はここのところ見ることも無い。湿気で髪の毛が膨張しやすいのが悩みの種だ。

 雨がシトシトと降って外出が億劫なのか、王宮治安相談部屋にはルーデンス殿下をはじめ、ロベルト様、ランセル様、レイヤード様と勢揃いしていた。


(この光景をマリエッタさんやハーミイさん、ナターシャさんが見たら喜ぶんだろうなあ。)


 皆真剣に各自の執務机に向かい何か書いている。このメンバーの真剣に仕事するひたむきな眼差(まなざ)しを見れる人は殆どいないだろう。クールな眼差しに思わずゾクッとしちゃう。

 私もメモの清書には大分慣れて、各自の清書を仕分けていれた箱にはさっき新たに追加された分しか残っていない。ここ最近では余力が出て来たので、メモの清書と共に使えそうな資料を添えたり、参考になりそうな本のタイトルとページを添え書きしている。少しは役にたっているかな?


 私は皆さんが一息いれるタイミングを計っていた。

 すでに侍女さん達がいつでもティータイムをもてるようにお茶の準備はしてくれている。あとは熱いお湯を用意すればOKなのだ。

 ルーデンス殿下の視線が机から上がり、お仲間へと視線が注がれる。最後に私へのアイコンタクトがなされた。


 私は美味しい紅茶を淹れる。


 ソファにはルーデンス殿下と仲間達。

(ドクダミ草の傷薬を渡すのは今だわ!)

 私はナターシャさん達にあげたものよりも高価な瓶に入ったドクダミ草の傷薬を各自の前に置いた。この殿下に渡してもおかしくない瓶を探していたから渡すのが遅くなったのだ。中身のン十倍はしている。


「私が自作したドクダミ草の傷薬です。効果は普段皆様が使うものよりはだいぶ劣ると思いますが、良かったらお使いください。」

「ああ、これが王宮の魔女の傷薬だね。有り難くいただくよ。」


(ん? 魔女?)


「いやあ、光栄だね。貴方の一番好ましい殿方(・・・・・・・・)が私だとはね。」

「なんだそりゃ?」

「○▲××~~~~!!!! 傷薬をどうやって作ったかお教えいたしますわあ!!!!」


 ロベルト様の言葉を淑女にあるまじき謎のコトバで私はぶった切った。

 なんで、ルーデンス殿下、「私の好みがルーデンス殿下」って言葉を知っているの? その場しのぎで言ったと分かっている口調よね。


「顔が赤いよ、レディ・アン。」


 そう言ってルーデンス殿下は紅茶を一口飲むと頬杖をついた。穏やかな微笑みがわざとらしく見える。恥ずかしー。

 何とか私はロベルト様やランセル様、レイヤード様にドクダミ草の傷薬の作り方を無理やり教えた。ルーデンス殿下の顔はまともに見られない。

 あの言葉はマリエッタさんと食事した時にしか口に出していない。あの時近くに人はいなかった。聞いた人は余程耳が良いってことよね。


 何はともあれ口に出す言葉には注意を払わなければいけない。サウザント家を出てから少し気を抜いていたわ。

 ルーデンス殿下にも気を付けなくちゃね。色々知っているようだから。












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