普通の貴族の娘って
ジャンル別1位、大変嬉しいです。皆さんのおかげです。ありがとうございます。
反面プレッシャーも大きいですが…今回少し苦労しました。
自分ことは自分でする。この事は私にとって当たり前のことなので、侍女並の雑務に嫌悪はない。
けれど自分が侍女のように誰かのお世話をする…あまりやりたいとは思えない。まして良いイメージの無い貴族に仕えることが出来るとは思えない。いくら高い給金をもらえるとしても。いや、期間限定ならお金のためにと割り切って出来るかも。うーむ。
逆に貴族のお嬢様として至せり尽くせりのお世話をされる…想像がつかない。無理無理。きも。
母のようにお針子となって生活する…多少貧しくても問題ない。ただ住む場所が確保出来ればだけど。そこまでは貯金無いんだよなあ。
大体なんで今、将来のことに思いを馳せなくてはいけないのか。
いやいや、成人前の今だからこそ誰もが将来に夢をみて、優秀な官吏として王宮で採用されて出世するとか、素敵な殿方と恋に落ちることを想像するものみたい。若者向きの本にはどれにもそんな物語が書いてある。
ふむ。
私としてはその前に同世代の友人が欲しいと思う。
本の中で描かれる友情、策略、好敵手…どれも私が経験したことは無い。
私の周りに居る人は、むしろ壁? 山? ってところかな。
恋愛? 今思えば、たまに行くとおまけしてくれた肉屋のお兄さんのことは好きだった。初恋というよりは餌付けされて喜んでいたともいえる。もう立派な腹の出たおじさんになってしまったけど。
久しぶりにドルシエ先生にお屋敷の廊下でお会いしたときに「読書」を勧められたのだ。それも若者向けの本を。
若者向けの本は少し前に刊行されたものだが、図書室にあったお姉様方が読んだであろうものを借りてきて、何とか時間をやり繰りして読んだ。
それがさっきの感想。
やはりというか、私はたぶん普通の貴族の娘の感覚を持っていない。
ドルシエ先生は本から若者の持つべき夢を学ばせようとしているのか? 知識として覚えておくかね。
代わり映えすることの少ない生活、本は良い刺激にはなった。
ある日、メイド服に私が刺繍したものをメイド長が目に留めた。
刺繍の腕が落ちないように、生地と同色で目立たないように裾に刺しておいたんだよね。ツタのように絡まって続く葉と花を。
「裾がまくれて足が見えちゃうんですけど」…とは声に出して言えない雰囲気だった。無言でジーッと縫い目に目を近づけ、指で刺繍をなぞっていく。小さいし紺の生地に紺の色糸だから目立たないと思ったんだけどなあ。場所が足らなくて裾の裏にも刺繍が刺してあるけど、これにも気が付いたみたい。
「貴女がこの刺繍を刺したのですか?」
見たんでしょ、わかるでしょ。と言いたいのを押さえてうなずく私。
それから私の仕事にドレスへの刺繍が増えた。…内職ならお金がもらえたのに。刺繍の材料は言えばもらえたけど、フローレ様やお姉様方の依頼と言われては断ることなんて出来るはずは無い。早くしろと催促されなかったのが救い。
フローレ様の側にばかりいるはずのメイド長がなんでこの日に限って私と会ったのか。神のみぞ知る。
でも刺繍を口実に、母と暮らした庭師の作業小屋に大っぴらに行けるようになった。母が残した刺繍の図案が沢山残っていたのだ。新しい図案をおこすために草花のスケッチが必要だったからだ。
小屋の埃を払い、簡単に掃除して、簡易コンロに火をつけ湯をわかす。
ただの荒れ地になってしまった畑でミントの葉を摘み、湯でミントティーを淹れる。
「はあ。」
思わず声が漏れた。お屋敷の敷地の中で日中に人目を感じないのは久しぶりだ。
テーブルに向かい手を動かして刺繍の図案を描き出した。
スケッチのための紙を持って私がお屋敷の敷地をウロウロする姿がよく見られるようになると、私がお屋敷を抜け出して街へ行く回数も増えていった。父の手伝いはもちろんしっかりやってからの外出だ。
増えたと言ってもせいぜい10日に1度。
お屋敷を抜け出して向かう先に手芸用品を扱う店が増えた。無地のハンカチを買っておけば、時間の空いたときに刺繍を施し、私の臨時収入として洋品店に売るのはお約束だ。
街行く人を眺めて、流行を確認する。色に柄。貴族の皆さんは流行り物が大好きだ。貴族のマネをする街人。街では全然貴族の方に会わないけど。どこで知るのやら。
私だってキレイなものや美しいものは大好きだ。身に付けたいとは思わないけど。
もしかしたら私が街に行っているのはバレていたかもしれない。けれど私が他の人が真似出来ないような刺繍をしているせいか、父から指示される仕事をきちんとやっていたせいか、私に関心がないせいか、おとがめはなかった。
良かった良かった。
ヒロイン、貴族らしいところ無く終わってしまいました。早く舞踏会に行かせたい orz