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レディ・アンはアーシャ

 人の悪い笑顔でルーデンス殿下がディックさんに問いかける。美形はどんな表情をしても(さま)になるが、悪い顔は特に様になることを私は知った。翠色の瞳がいつも以上にキラキラしていますよ。でもそんな姿はここだけにしておかなくちゃダメですよ。世の中の令嬢達のあこがれの頂点にいる方だと自覚していますよね。


「んふ? レディ・アンとお知り合いかな?」

「…この方はレディ・アンと言うのですか?」


 (ああディックさん、殿下の問いに間の抜けた声で問いで返しちゃダメでしょ。いつもの余裕があって隙の無いディックさんは何処行ったんですか。)


 私はソファに引き返し、あくまでも冷静に平静にディックさんにお辞儀をする。間違ってもニコッとなんて微笑みかけたりはしない。

 私は単なる茄子色の服を着た事務職員です。心の中ではお二人にツッコミ役していますけどね。

 ディックさんは不思議なものを見たって感じで私を見つめている。


「初めまして。アン・デュ・デニスウエルと申します。縁あってルーデンス殿下の元で勤めさせていただいております。」


 私の様子から、ディックさんは状態を把握したようで、私に合わせて話をしてくれた。もう表情は引き締まり、ポカンと開いていた口は閉じられている。さすが、状況判断に優れていますね。


「殿下のお招きにあたり、知り合いの女性がこちらに出入りしているとの噂を聞いていたもので、会えるかと思っていたのですが…存外にレディ・アンにお会いできて光栄です。」


 今まで見せられたことも無い極上のキラッと光るようなよそ行きの笑顔付きで返答がされた。うわぁ、きっとこれで女の人のこと口説くんだと想像ができる。私にとっては胡散臭(うさんくさ)すぎるだけだけど。


 私はそのままソファの側に立ち、お二人の話を聞くはめになった。金髪頭と黒頭、観賞用としては極上の対照的なお二人です。ライオンにタカだっけ。

 辺り触りの無い会話の所々に、クールデン国境の様子の報告や、警備隊の話が付け加えられる。

 私が聞いていた以上に二人の関係は良好のようだ。皇子相手にこうまで普通に話ができる人は、貴族平民を問わず少ないだろう。心なしかルーデンス殿下は会話をかなり楽しんでいるようだ。確かに自分の部下に引き込もうとしたという話にもうなずける。


「皇国警備隊第2部隊副長殿、今日は良い話が聞けて良かった。ぜひ、また聞かせてくれ。」

「機会がありましたら。」


 余分なことは話さずディックさんはスクッと立ち上がり、綺麗なお辞儀をすると退出するべくドアへと向かう。流れるような身のこなしが美しい。

 そして私とすれ違いざま小さな声で言ってきた。

「化けたな。」

 あやや、いつものディックさんでした。小声なのに声が鋭いです。私の心に刺さりましたよ。タカの目以外にも凶器(ぶき)があったんですね。

「ごきげんよう。」

 動揺を隠して私も丁寧なお辞儀でディックさんを見送った。知っているか分からないけど、感情隠すのは得意なんですよ。

 それでも次回会った時には説明しなくちゃならないよね。捕まったら絶対聞かれるのなら、自分から言ってしまった方がいい。



「良い出会いが会って、良かったであろう。」

 口の端をちょっとだけ上げて、ルーデンス殿下は紅茶をたしなむ。

 私は黙って、空になったカップに新たな紅茶を注ぐ。


(なぜ、わざわざレディ・アンとなった私の姿をディックさんに見せる必要があったのか…)


 私の視線は充分言葉を語っていたに違いないが、殿下の返答を聞くことも無く、私は無言で自らの業務へと戻っていった。

 だって新たな仕事で手一杯だったんだもん。書き出したい言葉がまだまだあるんだもん。


 ランセル様、レイヤード様、ロベルト様が居なくてよかった。ロベルト様が居たら、私をネタにどんな舌戦がディックさんとの間に繰り広げられたことか。

 ああ、だからルーデンス殿下しか居ない時にディックさんを呼んだのね。一応、分かっているんだ。ふむ、ちょっと見直したわ。


 ディックさんまで私のことに巻き込みたくないんだけどなあ。

 とりあえず、与えられた仕事をきちんとこなすことを考えるかな。

 私は黒髪をサッとかきあげ、再び手を動かし始めた。




 ◇◇◇



 と、言うわけで、王立図書館に居ます。


 王宮とはちょっと離れているので馬車で来ました。小さく国旗が記されている王宮からのお使い用馬車なんてものがあったんですねえ。マイ馬車を持つ貴族以外に平民も働いているからでしょうかね。ロベルト様の署名入りの馬車使用許可書を見せれば、すんなりと馬車には乗れました。乗り心地は辻馬車よりちょっと良いかなって程度。でも一人で使えると思えば充分ぜいたくよね。


 ダメ元で「図書館に行きたい」と言えば、「王宮内の図書館は蔵書が偏っているので、用語や地図を主に見たいならと王立図書館がよい」と殿下の仲間達に勧められたのである。

 王宮内の偏った蔵書ってのも気になるわよねえ。そっちはまたの機会にってことで。


「懐かしいわあ。」


 馬車を降りて一人歩き出せば、自然と言葉が漏れていた。

 以前、サウザント家のアーシャマリア嬢として同じ道を歩いて、まだたった三月程しか経っていないのに。

 そして今日の私は、黒髪おかっぱで茄子色の服を着たレディ・アンです。


「2時間、有効に使わなくちゃ。庶民向けの書架にも行きたいな。地図だけは国防の関係で貴族向けの書架に行かなくちゃならないけどねえ。」


 一人のせいか自然と独り言が多くなるのは仕方がない。

 誰かのお使いではなく、自分のための自分の時間としての図書館訪問。それも仕事の合間に堂々と行けるんだもん。嬉しいことだわ。


 私は王立図書館の入口目指して歩いて行った。









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