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報告者のディックさん

復活です。

 少しは気を遣ってくれていたのかもしれないが、所詮ディックさんは大人の男の人なもので、更に体格良く人並み以上に体力ある隊士さまなので……そうですよ。この人、歩くの速いんですよ。

 ゆったり歩いているように見えながら、私よりは断然早い。よって私は小走り、もしくは時々小走り。

 めんどり亭に向かっている時は街を眺めたりしていたから、ゆっくりだったけど、今はもう王宮へ帰るだけなもので。自然と足並みは速くなっていた。

 日差しもオレンジが濃くなった夕方のものになりつつあった。


「ディックさん、ここまで来ればもう私1人で帰れますから、送らなくて大丈夫ですよ。」

「俺も王宮に王都に着いたと連絡しに行く用事があるから気にするな。」


 (ああ、なんだ。ディックさんも王宮に用事があるんだ。)

 ディックさんをわざわざ私のために王宮へ送らせることを心苦しく思っていたので、この言葉は私をホッとさせた。


 ホッとして私がちょっと立ち止まったところに、急いでいたらしい男が後ろからドンとぶつかってきた。

 力を抜いていたものだから、私はグランと思いっきりよろけてしまった。


「うわっ。」

「おっと大丈夫か?」


 よろけた私の腕を直ぐさま取ったのはディックさん。片腕一本で私の身体を支えているというのに、ディックさんの身体は全く揺らいでいない。

 はあ、おかげさまで転びませんでしたよ。


 …ハンパなくがっちりした肉厚で大きな手のひら。剣をたくさん振るっていないと出来ないと言われている剣タコらしきものもある。力を入れていない様子なのに私を掴む力は強くて痛いくらいだ。

 男の人に身体を支えられたことを驚く以前に、私はディックさんの鍛えられた身体の一端を知って驚いてしまった。

 力があると自慢するくらいのことをこの人は日々鍛錬して身に付けているんだと悟ってしまった。

 (護身法を教わっている時には気づかなかったな。)


 ボビルスさんやマスターの腕や手には無数の細かいやけどの痕と切り傷がある。割れた爪もある。フライパンを主に振る右手だけがやけに筋肉隆々なことも見て知っている。

 あれと同じだ。

 ディックさんもその道を究めた人なんだ。その結果が皇国警備隊の上のほうの役職なんだ。


 なんかズルいなんて思っちゃ失礼だった。

 ちゃんと努力して身に付けたものなんだ。今もちゃんと努力しているんだ。


「何ボーッとしているんだ? それにしても色気無い悲鳴だな。ここはキャッっていうとこだろ。」


 むー。思わず頬が膨らむ。

 ディックさん、乙女の扱い方の勉強してくださいよ。心の中で私は舌打ちした。

 せっかく感心して褒めていたところなのに。

 先に歩き出したディックさんの後ろ姿をパタパタと私は追いかけた。


 ◇◇◇


「それでアーシャ、仕事はどうだ?」

「順調です。まだ慣れることが優先で、仕事と言うほどのことはしていませんが。」


 前を向きながら、何ともないことのようにディックさんは質問してきた。

 私も淡々と返答する。

 歩き進んで行くにつれて、街の高台にある王宮が大きく見えてくる。


「今回の警備隊の定期報告、報告者に俺が指名されて来たんだ。更に第3皇子から「遊びに来い」との声までかかっている。お前何した?」

「だから、まだ仕事と言うほど仕事していませんって。何もしていませんよ。」


 顎に手をやり、ディックさんはボソリと呟く。


「じゃあ、これから何かするのか…。ずっと接触の無かったルーデンス殿下からの声かけだから、絶対アーシャがらみだと思うんだよな。」


 最後の方の声は小さく私には殆ど聞こえなかった。


 私は何にも分かりません。

 庶民になることが延期された今、(私はそう信じている!)とりあえず上司の皇子について仕事してお金を稼ぐ。これが現状の私。

 よく分からない王宮での生活。言われたことをする日々の生活で精一杯ですよ。

 きっと庶民になることにプラスになることがあると信じている。プラスになるスキルを何か身に付けなくちゃ。


 そうこうするうちに王宮の出入り口に到着です。

 検問を受けて2人とも無事入城です。

 堂々と検問所にいる衛兵に対応するディックさん。さすがだわ。


「送っていただきありがとうございました。」


 私は丁寧な礼をディックさんへ贈る。

「またな。」と右手を挙げて挨拶を返した後、ディックさんは王宮前宮左翼側に消えていった。警備関係だからそこなのか。まあ、私と会うことはしばらく無いだろう。

 私は中宮奥の東に位置する官舎へと向かう。

 身を照らす日はだいぶ弱くなり、時折吹く風が身体を冷やす。


 エイダさんは私の友人になった。

 ディックさんは…護身術を教えてもらったし、師匠?でいいかな。心の中で呼ばせてもらおう。実際に呼んだら、さらに威張られそうだから。

 あとは王宮内での知り合いが増やせたらいいなあ。友人になれたら更に良し。でもこれは難しそう。気長に行くしか無いね。





 ◇◇◇





 ディックさんと再会した休日の翌日から、書類の清書とお届け物が中心だった私の仕事は、王都治安相談部屋へ来る面々の持って来た文書やメモ書きの清書とまとめへと変化していった。ある程度の事務仕事は出来ると判断されたのだと思う。

 文書やメモ書きは一度ルーデンス殿下が目を通してから手渡されるから、私が読んで問題ない内容なのだろうな。

 幸い皆さん達筆で、惚れ惚れするような文字をお書きになるので、走り書きのようなメモ書きであっても何が書いてあるか分かるのは有り難かった。

 それでも、関連性を見つけてまとめるにはまだまだ実力不足と自分でも分かる状態であった。

 初めて見る地名に聞き慣れない用語などを手元の本で確認していれば、たった数行のメモの内容を把握するのにかなりの時間を要することも多々あったからだ。


(あー、図書館に行って王都の地図と治安関係の用語集をきちんと読んで勉強しなくちゃダメだわ。まとめるには総合的知識が必要よね。)


 ドルシエ先生から私が身に付けた地理は、エフェルナンド皇国の主要都市名と特産品、周辺国の名と特色くらいなものだ。

 灯台もと暗し…サウザント家の近くの街と王都中心の一部しか王都の地理は分からない。

 治安に関してなんて気にもかけたこと無かったわ。


 私は文書やメモ書きの知らない地名や用語を他の用紙に書き写すことをセッセと業務の合間にしていた。

 周りの様子も音も気にならないほど集中していていた時、ルーデンス殿下から「お客さんにお茶を淹れてくれ。」と指示を出された。いつの間にかお客様がいらしていたらしい。私がお茶を淹れて良いのかな? 


 疑問を持ちつつ、そそくさと自分に与えられた机から、部屋付き侍女さんが用意してくれたお茶セットへと移動する。

 ソファを見ればお客様の濡れ羽色の黒髪が目に映った。

(ん?)

 ちょっと気になったが、まずはお茶をお客様に早くお出ししなくては。

 いつもの様に丁寧に丁寧にお茶を淹れる。うん、良い色だわ。

 まずはルーデンス殿下に、続いてお客様に。

「どうぞ。」

 余計なことは話さないでお茶をテーブルに並べる。

 今の私はレディ・アンなのだから。深く素性を知られる必要は無い。


 お辞儀をして、サッサと下がる。

 なんか強ーい視線を感じるんですけど。首をかしげないでくださいよ。


「おおぅ?! あぁー。」


 人を指差すのは、貴族平民関係無くお行儀悪いですよ。

 眉をしかめて見返せば、口をポカンと開けたディックさんがソファに座っていた。私の姿は充分ディックさんを驚かせたようだ。

 側にはククッと肩をふるわせて笑いを堪えているルーデンス殿下の姿がある。


「またな。」と言ったディックさんの言葉通りの再会です。








ちょっと時間が空いてしまったら、書くのに戸惑って時間がかかってしまいました。

おまたせしました。引き続き楽しんでいただけたらうれしいです。

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