小娘に注意をする令嬢達
目の前には貴族のお嬢様としか見えない方々が3人いらっしゃる。
ドルシエ先生から読むように言われた乙女な小説に登場していたような、典型的「小娘にちょっと注意をする令嬢」風な雰囲気で。
周りに咲いている山吹の花の濃い黄色に負けないような存在感です。
あー、真ん中の娘がリーダーかな? 強くカールした焦げ茶色の艶やかなうねる髪が印象的ですね。
3人のドレスが原色なので目に刺さります。痛いです。類は友を呼ぶをしなくても良かったのに。赤、緑、空色…プラス山吹色。目がチカチカするわ。
「ちょっと、何処を見ているのかしら。失礼で無くて!」
思わず眉間を揉んで、目を伏せ、地面を見ていたら、リーダーから声がかかった。ちょっとだけ顔を上げて、再び俯く。
考えろ私。冷静に冷静に。
今の私、アンは貴族としては末端に近い子爵令嬢の身分。まして辺境から来た田舎者設定。目の前のチカチカする方々は、王都に住む子爵よりは上らしき身分の方々。完璧に上から目線で私を見ている。
王宮女性事務官として身分に関係無く淡々と事務的に対応するか、それとも一貴族の令嬢として対応するか。
…頭の中で、瞬間的に考えた。
目の前で何か色々私の存在を否定するようなこと言っているのよね。「貴方はあの方々の側にいるのに相応しくない」とか「自分の立場をわきまえろ」だとか。
でも、お屋敷で暮らしていた時のお姉様方のキツい物言いに比べたら、可愛いもので。お屋敷の召使いのうっぷん晴らしに意地悪で言われた言葉より態度より、心に刺さらない。
同じくらいの年かな? 腰に手をあて、胸を突き出すようにしている姿は微笑ましいくらいだ。
この人達、ただツラツラと言っているだけだわ。名乗りもしないし。
どこかで私のことを聞きつけて、でもどうしようもない現状の不満を私にぶつけているだけ。
お年頃の令嬢って、暇なのかしら…
私は小説のようなヒロインポジションではない。
私を守る騎士が側に居るわけでも無い。
えっと、見た感じ武器みたいなのは持っていないわね。
この方々の気が済むまで庶民寄りのアーシャマリアなら聞き流せるけど、ルーデンス殿下の部下のアンはこのままで居るわけにはいかない。
「私はルーデンス殿下のご指示に従うことしかできません。」
(好き好んであそこで働いている訳じゃないんですよ)
キッと顔をあげて、心持ち頭を下げた後、私は茄子色のドレスの裾を両手で持ち上げ、猛ダッシュでケヤキの大木の脇をすり抜けた。
「「「えっ?!」」」
臭いものに蓋…いや、君子危うきに近寄らずだっけ。逃げるが勝ち。色んな故事成語だか教訓が頭に浮かぶ。
わずかな風で若葉を揺らすケヤキの大木は笑っているようだった。
王宮にいる女性は猛ダッシュなんてしない。せいぜい小走り程度。運動場での女性騎士ならするかな?
「「「……」」」
ケヤキの大木の側の茂みがわずかに動く。
「うわぁ。…逃げ足早っ。変な奴。ロベルト様に報告しなくちゃな。」
人気が無くなった後、口元に手を寄せ、茂みからそっと顔を出したのはカフールであった。
なぜか人目に届かない場所へ向かうアーシャマリアの姿を見かけ、そっとつけてきたのだった。
案の定起きた一悶着。
一騒動となる前に自分が出て行くことで場を納めようと思っていた矢先の、アーシャマリア嬢の退場であった。
「はあ、はあ。体力落ちたわ。でも、これで良いのよね。」
さすがにこのところ走るなんてしていなかったので、息があがっている。
あんまり長く走っていると他の人の目に留まってしまうから止めた。
ふと、『嫉妬する女は無視すること』と以前私に忠告したエイダさんを思い出す。エイダさんなら今の私の行動を褒めてくれそうだ。
「次の休みにはめんどり亭に行こうかな。エイダさんに会いたいし。それにそろそろ私も疲れたわ。」
ルーデンス殿下の側につくことで、私にちょっかいを出してくる人物や家が出てくるかもと、極力必要なこと以外の外出は避けていた。
幸い、アーシャマリアでいる時に不審人物や私の挙動を探るような人物には遭遇していない。
アンでいる時には不躾な視線は何度となく感じたけど。直接接触してきたのは今日が初めてだった。
慣れ始めてきた事務仕事も、めんどり亭に行くと決めれば、いつも以上にこなすことが出来た。
◇◇◇
「アン嬢ってさ、僕達にだいぶ慣れたよね。仕事もちゃんとしているし。ただ…僕としてはもう少し親しみを持って欲しいていうか。」
「そうそう、ランセル、俺も同感。変な親しさで寄って来ないのは助かっているんだが。以前はもう少し取っつきやすかったよな。」
「仕事さえ出来れば良いという条件では無かったか?」
「必要以上に私達と関係を深めないようにしているのだろう。賢いことだな。」
王都治安相談部屋では今日もメインメンバーが言いたい放題でしたとさ。




