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慣れない生活

 ーーーポスポス

 私は枕を殴っていた。

 人見知りしてしまった自分がふがいなかった。

 舞踏会でもルーデンス殿下を相手しても、ロベルト様に怖い目で睨まれても足が動かないってことは無かったのに。

 下を向いていても、しなくてはいけないことはちゃんとやってこれていたのに。

 クールデンで感情に素直になっていたせいかなあ。弱くなっちゃったなあ。


 ここ王宮では貴族として振る舞わなくてはいけないのに。

 自分の感情に素直になる必要は無いのに。


「まあ、サウザント家から追い出されたアーシャマリア嬢だから、このくらいは良しとして良いよね。食堂に入った後はちゃんと振る舞えたし。」


 ちょっと堅めで小さめのベッドに潜り込んで私は早々考えることを放棄した。

 また貴族の仮面をかぶれたのだから、次は大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせた。



 ◇◇◇



 かなり早い時間に目が覚めて、そのまま身支度を整え、私は自室を出た。

 ちょっと早めだけど、朝食へ向かう。

 茄子色の王宮女性事務官の制服を身につけて。

 私服でいるより茄子色のロングドレスの方が何処(どこ)の誰だか分かりにくいと考えたのだ。昨晩の食堂に何人も居たし。


 一種類しかない朝食のトレーを受け取り、私は空いている食堂の隅に着席した。


「不味くは無いんだけど…。」


 王宮の食堂なんだけど、昨晩も思ったけど、何か物足りない。スプーンを持つ手が止まる。首をひねりながら食事を頂く。

 彩りもキレイだし、パンも柔らかいし、スープがやたら脂っこいことも無い。温かいし。

 文句言ったらダメだよね。

 有り難く頂かなくては。

 でも、何だろう? 何か物足りない。



 考えながらも1人で食事を終えて、金茶の髪を下の方で一つにまとめ、簡単に身支度を整えて、例の部屋へ向かう。

 変身するのに時間かかるからね。

 ちゃんと場所は覚えていた。忘れたからといって誰かにむやみに聞けないし。

 部屋に入って鏡に向かう。

 金茶色の髪を幾つにも分けて何本も三つ編みをつくる。ボリュームを無くすために、頭の反対側に毛束を渡らせる。ピンで留める。まだ時間はかかるが、何とかできた。黒髪のウイッグを装着っと。

 パウダーを軽く顔にはたく。鏡にグッと近づいて、アイライナーでラインをひく。手が震えるが、段々上手くつり目になるように描けるようになったかな。赤みの強いプラム色の口紅を乗せれば、アンの顔の出来上がりだ。白い手袋をはめて完成です。


 教えられた隠し通路を通って行く。

 紙に書いて覚えてはいけないと言われたので、地面に書いては消しを繰り返して覚えたのだ。必死に。往復通っただけで覚えた私エライ。今ここに居る私って度胸あるよね。

 暗闇の中、1人で壁伝いで進んで行くのはドキドキが止まらない。たぶん、この通路を灯りも無しに通るってのは普通ないと思う。明るくなって見られると困るものでもあるのかしら。サウザント家での夜、自室で節約のため灯りは殆ど使っていなかったから、暗闇が全くダメってことは無いのだけれど。

「私なんかがこんな通路を知っていて良いのか?」と聞いたら、王宮の外につながっている訳でないから問題ないって言われたのよね。ショートカットで使ったり、人をまく時に王族が使うらしい。

 明るい廊下に出た時は、つい、「はあ」と詰めていた息が漏れた。


 気を遣って、回りを見遣り、アンとなった私は王都治安相談部屋(私が勝手に名付けた)へと進んで行ったのだ。

 スタスタと隙無く機敏に見えるように歩いて行く。行き交う人には会釈をする。

 なんとか覚えていた行き方は正解であった。

 王都治安相談部屋に無事到着し、私は働き始めた。






 ◇◇◇



 穏やかな日が一週間ほど過ぎた。

 王都治安相談部屋での私の仕事は机拭きからから始まる。そして部屋の窓を開けて、新鮮な空気を取り入れる。

 ルーデンス殿下のメモ書きを清書したり、案件を分類していると、ルーデンス殿下や他の方々が部屋にやって来る。お茶を淹れ、私は自分の机に戻り仕事を続ける。

 言われたことをキチンとこなすだけ。父やお兄様の指示で事務仕事をしていた時と同様に。


「昼食に行ってきます。」


 ルーデンス殿下とその仲間達は、今日はまだ来ていない。私は入口にいる護衛の騎士に言って、食堂へと向かう。

 他の部署へカフールさんの付き添い付きで届け物をしたりして王宮内を歩くことで、最低限の王宮の部屋の配置を覚えたと思う。昼食も初めはお弁当的なものを部屋で頂いていたが、何日も一日中部屋にいるのはさすがに飽きる。それで昨日から場所を覚えた騎士や護衛兵士が多い食堂を利用している。官舎近くの食堂は少々遠く、行き来するだけで時間をついやしてしまうからだ。


 王宮の中では表情もなくそそくさと移動する私だが、中庭に入れば自然と顔もほころぶ。

 雑多な兵士が多い食堂で、サッサと昼食を済ませると、目を付けていた人気の無いケヤキの大木の下にハンカチを敷いて、腰掛けた。

 朝食時に残して置いた小ぶりのリンゴをポケットから取り出して、スカートでキュッとこすり、カプッと囓る。


「アンは疲れるのよね。私は役にたっているのかしら?」


 誰に言うとも無し、思わず声が出た。

 本当はここで寝そべりたいとこだけど、貴族の娘はしてはいけません。こんな木陰にいるのだっていけないだろう。

 でも、茄子色の服を着ている今なら単なる女性事務官ってことで見逃して欲しい。


 リンゴを食べ終わり、ウーンと伸びをしていればガサゴソと音を立てて令嬢が3人現れた。


「あら、本当に居たわ。」

「でしょ、私、こちらに向かうのが見えたんですもの。」

「ずいぶんとお行儀の悪い方なのね。」


 とりあえずスッと立ち上がり、貴族の礼をとる。

 ついに敵の登場なのかしら?




















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