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小心者

 カフールさんに置いて行かれてしまった…自分で動けってことよね。アーシャマリアとして。


 建物の入口に入ってすぐの部屋に管理人らしき人に声をかければ、すぐに話は通じて、3階の私の部屋に案内された。

 女子部屋は管理人室の中の階段を昇らないと行くことができない。安全管理は万全です。


 管理人さんは子育てが一段落した肝っ玉母さんという感じの見てくれを裏切らない、スーザンと言うおばさんだった。

 3階は女子のみ。この官舎には平民と貴族が混じって住んでいるとのこと。まあ、普通の貴族なら自宅から王宮に馬車で通うってもので、ここに住む貴族なんてのは訳ありってこと。


「ここに住んでいる子は、みんな私の子も同然よ。だから平等に扱うわよ。がはは。」


 スーザンおばさんの笑い声はとてもよく響く。


 王宮侍女はもっと王宮奥の官舎に部屋を持ち、騎士さまはやはり此処とは違う場所に官舎があるとのこと。私が連れて来られたのは事務官の官舎、例外で女騎士さまが数人住んでいるらしい。ただ生活時間が騎士さまと事務官では違うので会うことはあまりないだろうって。残念。

 でも、貴族と平民が同じ官舎で暮らすってことは、身分を越えて友人になることが出来るかも知れないって事だわ。



「わあ、思ったより素敵な部屋ね。」


 鍵を開けて自分の部屋へ入って見れば、手作り感ある温かみのある木で出来たベッドと机、洋服タンスがあった。明るい茶色が部屋を明るく見せている。単純な曲線の彫った模様が特徴的だ。壁は淡いベージュ色の塗り壁。どこぞのオシャレな宿屋みたい。壁のすみが少々汚れているけど、この位はぜんぜんオッケー。サウザント家での私の古びた部屋と比べたら新築同然だわ。


「これって、クールデンの木製品よね。この手触りが良いわあ。地方の特産物を王宮で買い取っているのかしらね。私が自分の部屋を持つようになったらクールデンの家具をそろえたいな。」


 木肌を撫でればスベスベで、街を思い出して懐かしくなるけど、温かい気持ちをたくさん思いだして思わず顔がほころぶ。

 カーテンは無いし、シーツと布団は単なる白色で可愛くも何ともないけど、家具が良いから許せちゃう。

 小ぶりの窓を開ければ、爽やかな風が入ってきた。


「さあて、めんどり亭から引っ越ししなくちゃ。」




 スーザンおばさんに簡単な王宮内の地図を書いてもらって、一番近い王宮の出入り口から王都へと向かう。ここで見せるのはアーシャマリアの身分証明書兼出入り許可書。

 薄荷色のコートを着て、王都を歩いている自分が不思議だ。ホント、なんでここにいるんだろうね。


 めんどり亭に到着して、いつもの黒いカバンを2個持ち出す。もうしばらくは、めんどり亭に宿泊することもないだろう。

「住み込みの仕事をすることになった。」とマスターに話をした。でも、たまには食事に来るとも言った。同じ王都にいるんだもんね。エイダさんにも会いに来よう。



 官舎に戻って、黒いカバンの中身を自室となった部屋で仕舞っていると、スーザンおばさんが再度登場です。


「食事は食堂に行って食べてね。朝食は6時から8時まで。昼食は11時から2時まで。夕食は6時から8時までだから気をつけてちょうだい。食べそこなって外出した時はここの官舎の女子の門限は10時だからね。それ以降はここへの階段が使えなくなるから覚悟して。外泊なんてしないように。ほら、早く暗くなる前に夕食に行ってきな。」


 夕日が眩しい中、キョロキョロしながら食堂をめざす。きれいな植栽を眺める余裕はまだない。

 官舎に住む者は3食付きだ。給料から代金は天引きされる。3食とも食べなくても同一料金らしい。


 残念ながら同じ官舎から食堂へ向かう者はいなかった。それでも途中幾人かそれらしき人を見つけ、後をつけることで何とか食堂へたどり着いた。


 たどり着いたのだが、目の前にこじんまりとした平屋作りの活気ある場所が見えているのだが、私は入れないでいる…

 新しい淡いサーモンピンクのシンプルで品の良いワンピースを着ている私は決して不審者には見えない。入っても誰にも咎められないのは理解している。

 香ばしい肉の薫りや煮込み料理の香りが私を誘っている。それなのに、入口近くの木の陰から私は動けないでいる。


「もう泣きたい…。」


 こんなにも小心者であるとは思っていなかった。

 けっこう開き直って強気できていたと思っていた。

 それなのに…気後れするなんて。あそこに加わることが怖い。


 クールデンの警備隊の食堂の方が、がさつでうるさくて男臭くて入りにくかったはずなのに、あそこで私は厨房という裏方にいたせいか自分の存在の違和感は感じなかった。

 近衛隊の騎士さまや兵士、侍女、女官はこの食堂にはほとんどいないはず。事務官ばかりなのだが、知らない人がたくさんいることを意識しまくってしまったのだ。


「今さら、何でなの、私。こんなんじゃ、この先やっていけないわよ。きっと美味しい食事が待っているはずでしょ。」


 結局、30分近く木の陰からの出入りを繰り返し、食堂の人数が少なくなった頃、覚悟の決まった私は夕食を食べることが出来たのだった。

 中に入って見れば、どうってことも無く。

 2種類の夕食のうち、魚を選び、美味しく頂きました。


 官舎に戻れば、スーザンおばさんに「やけに遅かったね。」なんて言われ、苦笑いを返すしかなかった私です。


















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