表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/87

アンの登城

 鏡に映っていたその姿は、肩までの長さで切りそろえられた黒髪に、少々つり気味の茶色い瞳を持つ、王宮女性事務官の制服である茄子色のロングドレスを纏った女性であった。ドレスの膨らみは少ない。手には白い手袋。王宮に勤める令嬢にしては少々顔色が良いかもしれない。…田舎者設定だからいいか。

 クルリと回りと姿見に全身を映す。

 ふむ。社交に疎い設定だし、実際私も疎い。

 真面目で地味で堅物、控えめな感じの見た目になっている。

 殿下や上位貴族の皆さんと並ぶことは無く、あくまで後ろに控える感じなら、少しは女性からの反感は減ると思いたい。

 どこかで聞いたような言葉【命大事に】が頭に浮かんだ。


 ーーコンコンコンコンコン

 ドアが静かにノック5回された。ロベルト様の登場です。

 そっとドアを開けたら、スッとロベルト様が入ってきた。

 目を細めてスウッと上から下まで私を見て、「うん」と頷くと、私を手招きする。そして入って来たドアと反対の壁奥の濃い赤のカーテンの側まで一緒に移動した。カーテンをめくるとそこにもドアがあった。


 チロンとロベルト様を見上げる私。

 無言でロベルト様がギイッとドアを再度開ける。


「えっ。暗い…」


 戸惑う間もなくロベルト様が私の左腕を掴む。2人で狭い暗闇の通路に身を投じた。


「道順を覚えろ。」


 暗闇の中で、低くドスが効いたロベルト様の声に返事することも出来ず、私は右手で壁を手探りで伝い歩く。右へ左へとしばらく進んで行った。ヒンヤリとして(よど)んだ空気が身体に(まと)わりわり付く。声なんか出しちゃいけない気がする空間だ。


(うわぁ、これって王宮の隠し通路ってやつでしょ。)


 カチャリと軽い音と共に再びドアが開けられた。目の前には再び白いカーテンがある。

 聞き耳を立て、人の気配が無いことを確認して、カーテンから2人で出た。


「ふぅ。」


 私は肩で息をした。うわー、緊張した。明るい世界に戻ってきたわ。

 ロベルト様はやっと私の腕を離してくれた。


「帰りは同じところを通って帰ってもらう。出来るか?」

「驚きの方が強くて、覚えているか自信ありません。」

「では、あと一度だけ帰りも着替えた部屋までは送ってやろう。それで覚え込むように。書き留めたりするなよ。他言無用は理解しているな。」


 ヒエーッ、反論できないような怖い目で私のこと睨んでる。なんでこんな娘の面倒みなくちゃならないんだって、顔に出てるよ。

 貴族って暗記を強いられること多いとは思っていたけど、覚えることが当たり前なのを、忘れていたわ。

 覚えろ、私。


 今出て来たドアに鍵がかけられる。


 ロベルト様は私に鍵を二つ渡した。小さい方は今出て来たドアのもの。もう一つはさっき着替えに入った部屋のもの。

 つまり入った所と出る所が別ってことね。そうすれば二役が同一人物と分からないと。

 …私の願いが考慮された結果ですよね。


 再びロベルト様の背中を私は小走りで追いかけて、中宮の廊下を上下左右と進んで行った。時々侍女や騎士様とすれ違う。

(この道も覚えなくちゃいけないよね。)

 そして着いたのはいつぞやの中宮最奥2階の一部屋であった。扉の前に警護する騎士様がいらっしゃいます。

 ルーデンス殿下と再会です。



 ◇◇◇


「いらっしゃい。ご機嫌いかがかな? レディ・アン。」


 ええと、私は今、アンなのよね。

 大きな執務机に向かい、両手を組んだルーデンス殿下が私へ極上の笑顔で微笑んだ。…怖い。この笑顔見て、惚れるとか言う人の気が知れないわ。

 私は自分を奮い立たせて、キッと顔をルーデンス殿下に向ける。不敬もなにも無い。こうでもしないと色々なものに自分が負けてしまいそうだから。


「殿下こそ、ご機嫌麗しく。この度は私ごときを殿下の部下に採用頂きまして、大変光栄ですわ。どの位お役に立てるか分かりませんが、精一杯努力させて頂きます。」


 ドレスの裾を持ち、貴族の最上礼をとり、私もニッコリとわざとらしい笑顔を返した。

 やると決めたんだもの、殿下をちゃんとお守りして成果を出せば、何かしらの結果がついてくるはず。


「いいね、いいね。貴方は社交界に殆ど出ていないのだろう。この部屋にいる私達を相手にして貴族の腹の探り合いの会話の練習をすると良い。まあ、どちらかというとここでの私達は本音で語っている方が多いがな。貴方も私に本音を語ってくれて良い。不敬なんて言わずにね。」


「ルーデンス殿下はこう言っておられるが、あくまでこの部屋でだけだぞ。」


「分かっております。」


 それから、ルーデンス殿下とロベルト様から、仕事の内容について説明がなされた。


 この国の王族のメインである国王は主に政務を取り仕切り、第1皇子イシュバレート殿下は政務補佐、第2皇子オルレーン殿下は外交政策を担っているそうで。

 目の前の第3皇子ルーデンス殿下は国内治安政策を担っている。まあ、王族としての仕事は細々と他にもあるけど。


 今いる部屋は、ルーデンス殿下と仲間達(ロベルト様、ランセル様、レイヤード様)が主に王都の治安について相談する場なんだとか。

 各自が執務をする部屋は別にあり、そこで治安がらみで共有するべきと判断した案件をここに持ち寄り、4人で話し合いして案件に対応するそうで。

 私の仕事場はここ。ここにある案件を分類し、関連性のあるものを判断してまとめるのが主な仕事になると言われた。


 それでもまずは私が王宮に慣れることを優先するらしい。事務仕事をして様子をみるって。

 それから実際に私が使える人物かどうかを判断するそうでして。試用期間ってやつね。試用期間中の給料は25万Gもくれるそうで。父が家を出る時に持たせてくれた金額より多いわ。

 …お金がたくさん貰えるのはうれしいけど、使えない人物と判断されたらすぐに始末されそうで、怖い。

 役に立っていると実感出来た時に怖いっていう感情は無くなるのかな。




 一通り当座に必要な説明が終わると再びロベルト様に初めの部屋へ連れていかれ、ロベルト様は自らの執務室へ去って行った。私の着替えが終わり、いつもの私に戻った頃、ロベルト様の従者のカフールさんがやって来て、官舎へと案内された。


 王宮の大きな建物の東に3棟並ぶレンガでできた四角い建物が官舎だった。その中の一番外側の3階の一室が私の部屋としてあてがわれた。


「今の貴方はアーシャマリア様です。明日朝8時にお迎えに参ります。」


 カフールさんは官舎入口で帰って行ってしまった。

 そして私の怒濤(どとう)の一日はまだ終わっていなかったのである。

























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ