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場違いな人

 めんどり亭の二階から降りていけば、食堂の喧噪の中に空気感のちがうテーブルが一つ……あぁ、ロベルト様ね。

「場違いな人が来ちゃってすみません」とばかりに私はマスターにペコッと頭を下げた。


 私はツツッとロベルト様の側に行き、深々頭を下げて挨拶する。ここで貴族の挨拶したら浮いちゃうもんね。

「こんばんは。ロベルト様。私の報告は無事お屋敷にに届いたようですね。」

「ああ。」


 一言返し、エールをゴクリと飲むその姿。俗っぽくって、貴族らしくないですね。

 地味な安っぽいマントを羽織り、キラキラを少々隠しているようですが、妙な緊張感がこのテーブルには漂っていて、ロベルト様の存在感丸わかりです。

 貴族では無い振りをしていると判断して、私も庶民としての態度をとることにしますわ。


 私はロベルト様の隣りに座った。

 エデンバッハ家に滞在して居た時の食事より、距離が近い。私達の関係が変わったわけでは無いのに。

 食堂の雑多な喧噪の中では、私達の話し合いも聞き取ることはむずかしそうだ。今後の話をしても大丈夫だろう。


 うわぁ、つまみ……豚の臓物の煮物だわ。この人、これ食べられるの? トマトと唐辛子の辛さがおいしいとは聞くけど…これって貴族のディナーとかでは絶対に出て来ない料理よね。うぅう、私には食べられないわ。母さんは作らなかった。それにあれ。血で出来たソーセージだっけ? 血の塊を食べるなんて、私には無理無理。何てものをロベルト様は食べているのよ。

 半目になった私を責める人はいないだろうと思う。


「これか? 出された物は毒で無い限り、好き嫌い無く食べるものだ。」


 ロベルト様、意外とたくましい部分があったのね。「おすすめだとか。けっこう、いけるぞ。」なんて言いながらドンドン食べていく。

 庶民に混じって同様の食事が出来るのね。でも、このつまみ、嫌がらせでおすすめされたんじゃないのかな。


 私にも夕食が提供された。良かった夕食を食べはぐることはなさそうだわ。

(わーい、コンフィだ! 油でじっくり煮込まれた鶏肉の柔らかい身とカリッカリの皮目が何とも言えない美味しさでして。鴨で無いとこが庶民的かつ食べやすくて良い感じ。あー、身体に美味しさが染み渡るようだわ。)


 気が付くとジーッとロベルト様が私を見つめていた。しかし、その琥珀色のアーモンドアイに色は無い。そのかわりいつもより少々優しくみえる。


「今は貴族の仮面を着けていないのだな。今の貴方は感情が丸わかりだ。生き生きしているな。」

「…」


「食べながらで良いから聞いてくれ。」


 独り言のように明日からのことについてロベルト様は私に語ったのだ。エールをグイグイ飲んでいるのに酔った感じが全然しなかった…この人ザルなのか?

 一通り話というか説明をして、ウイッグの入った入れ物を置いて、ロベルト様は帰って行った。

 エイダさんとの会話もそこそこに、私も自室にすぐに戻った。1人で色々考えたかったのだ。




 ルーデンス殿下の元で働くにあたって、サウザント家の人間と知られたくないという私の意向は考慮された。

 ロベルト様の遠い遠い親戚ということにされ、アン デュ デニスウエルという名を与えられる。…貴族年鑑の子爵にデニスウエル家は載っていたわよね。辺境とされるサボレイン領の一画に小さな領地を持つと。

 ど田舎育ちで社交界には顔を見せたことも無い、ロベルト様に庇護されている一応貴族の娘。ってのが用意された肩書き。

 官舎には本名(これも変な言い方よね)のアーシャマリア オルグ デュ サウザントで入ることになっている。


 要は二役(ふたやく)するってこと。


 官舎ではアーシャとして暮らして、王宮ではアンになる。どっちも貴族。


 王宮の一室で姿を変えるらしい。面倒くさいとは言えない。私がそう望んだのだから。

「はぁ。」

 溜息がでる。

(ルーデンス殿下は私に何をさせようとしているの? 単なる事務をさせるだけとは思えない。)

 上級の学校に通っていたわけでもないし、社交に励んでいたわけでも無い私が、無事に王宮で上手く人間関係を構築出来るだろうか…まずはそこが問題なのよね。


 新しいドレスにウキウキしていた気分もすっかり消えてしまった。


 私は早々床についた。色々気になって眠れないかと思いきや、グッスリと眠れた。

 自分で考えていた以上に図太い神経を持っているようだ。


「何とかなるかな。」


 私は新しいドレスに身を包み、身支度整え、朝食をしっかり食べて、薄荷色のコートを纏い、王宮へと向かった。



 ◇◇◇


 薄荷色のコートを脱いで、王宮入り口の警護をする騎士様に「ロベルト様を呼んでくれるように」お願いする。すでに言付かっていたようで、程なくロベルト様付きの従者カフールさんが私を迎えに来た。

 まず、前宮右翼側のエフェルナンド皇国統治部にあるロベルト様専用の一画に行く。そこで書類を一式受け取り、今度は中宮にある執務部のロベルト様用の部屋へと向かった。


 続いて今度はロベルト様自らの案内で中宮の一室を目指す。倉庫が多く、人気が無い場所に部屋はあった。ここでアンになるよう指示された。

「1時間後、再び来ます。部屋には鍵をかけておくように。私が来た時にはノックを5回します。」


 部屋には空のクローゼットと姿見、小さな机一つと椅子が3脚あった。


 私は髪を三つ編みに編んでいった。ウイッグがかぶれるように。

 何とかウイッグをかぶり、ウイッグの入れ物に一緒に入っていたアイラインとマスカラで目元を強調する。慣れていないからアイライン引くの難しい。マスカラだって同様だ。

 格闘が終わると、姿見に前にいつぞやの女性が立っていた。


(完成しましたわ!)





















豚の内臓丸ごと煮込み料理は食べたことないですが、血のソーセージはあります。充分、美味でした。何でも食べてみないと美味しさは分からないものですね。

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