ドレスの選び方
再び王都へ向かう辻馬車の中。今度こそもうしばらくはここの道を通ることもないだろう。
畑の所々には黄色い菜の花が色鮮やかに咲いていた。花が終わって実をつければ、菜種油が取れるのだ。夏の初めには新油が王都にも出回ることだろう。
私は一通の書状を両手で握りしめていた。
辻馬車乗り場へ向かう時に、端正な佇まいに真剣な目をしたディックさんに手渡されたのだ。
『俺の書いたお前の身分を保障する紹介状だ。何かあってルーデンス殿下の元を離れた時、困った時使ってくれ。貴族はダメだが、近衛の下っ端か衛士に見せれば力になってくれると思う。貴族界に俺は近寄る気にもならないが、あの面倒なとこへ行く健気なお嬢さんの力になりたいのさ。他意は無いから、安心しろ。』
(ふふ、格好いいこと言ってくれたわよね。散々、お前呼ばわりされたけど。)
今日の昼過ぎには辻馬車は王都へ到着する。
ルーデンス殿下の元へ行くのは明日。
さて今日の予定を考えますか。
私はディックさんから受け取った書状を背負いカバンにしまった。
王都に着くとすぐに「めんどり亭」へと向かう。ここしか知らないもので。
額に汗をかき、ヨイショヨイショと私の全財産である黒いカバン2個を両手に提げて歩いて行く。
はあ、皇国警備隊で私が大事にされていたってよく分かったわ。…別れ際に荷物は皆が争うように運んでくれたっけ。
でももうこれからは自分で再び何でもしなくちゃいけない。
めんどり亭に着けば、マスターも慣れたもので、相変わらず無言だが、いつもの部屋の鍵を渡してくれた。
部屋で、王都に着いたことを書状にしたため、めんどり亭で働くおじさんにエデンバッハ邸へ少額の心付けと共に届けてもらうようお願いした。
「次はドレスよね。」
いつものミルクティー色のドレスに着替え薄荷色のコートを羽織る。王都のメインストリートの洋品店を私は目指した。
めんどり亭近くの雑多な平民の多い街を抜け、王宮や主要部署の多い地域を抜けて、王都で一番華やかな地域のメインストリートへと向かう。
たぶん、明日、王宮女性事務官が着る服ってのを支給してくれると思う。
でも、王宮で王族や最上位貴族と仕事するんだもん。支給服以外のドレスも必要になるだろう。あまりみすぼらしい格好ではいられない。今、何とか王宮に着ていけるレベルのドレスはミルクティー色のこれだけだ。
流行のデザインのドレスはいらないが、仕立てのいいドレスを手に入れたいものだ。
ケバケバしい装飾のある店は避け、上品そうな洋品店に入る。足がすくんだが、ええいと心で気合いを入れて、ドアを開けた。
そういえば、自分でドレスを買うのって初めてだわ…
イメージはドルシエ先生が着ていたような落ち着いたデザインで、足首が見えるくらいのもう少し裾が短いもの、と。襟元の開きが少なくて、動きやすいのが良いな。色くらいは可愛いのにしたい。
「既製品でシンプルなデザインのドレスを見せて欲しい」と言ったら、私相手でもにこやかな笑顔のおじいさまが丁寧に対応してくれた。
(5着ほど目の前に並べてくれたけど、どう選べばいいのだろう?)
ふむ、野菜の選び方のようにすれば良いのかな? 母さんと野菜の買い物は行ったし、料理長のトムとも買い出しにも行ったわよね。
肌つやや弾力、色を見るってことかな?
目をこらして見れば、どのドレスも既製品なのに、生地は織りむらが少なく光沢もある。縫い目も合格。触り心地もいい。見えない部分はちょっとランクの落ちる生地を使っていて、これが少し安い理由なのね。
(このお嬢さんは何なんだ? デザインで普通は選ぶのに。こんな真剣にドレスを選ぶとは。生地を触ったり、縫製を見ている…同業者か? こちらも気合いをいれて対応しなくては。)
生地の違いやデザインは分からないけど、この仕事ぶりなら思ったより安いかも…。
この店すごい!と思ったら、王室御用達でした。看板さえないのに。
「お嬢さんならこれはどうかな?」
おじいさまからさらに5着ドレスを見せられ、チェックして、勧められるままに試着して、そのまま一着購入です。
サイズの調整とかして、およそ6万G払いましたよ。…財布の中身は残りわずかです。
私が自分で選んで初めて買ったドレスは「めんどり亭」へ届けてもらうことになった。
夜会や舞踏会で着るようなドレスとは違うけど、既製品のワンピースに近いものでもドレスはドレスだ。
こういうドレス買う人は普通護衛や侍女付きで馬車で店へ来るものだもん。私が自分でドレスを抱えて歩くのはありえない。
大きな買い物を終えて、充実感でウキウキしながら私は街を歩いた。
財布の中身は減ったけど、自分で稼いだお金での買い物だ。満足感でいっぱいだ。
商業ギルドへ寄ってお金を少し下ろした。
たくさん歩いて足は疲れたけど、まだまだ歩けそうだったけど、商業ギルドから辻馬車に乗ってめんどり亭近くへ戻る。
少しだけどお金下ろしたし。お上品な格好した娘の1人歩きは危ない危ない。
その晩、届いたドレスを部屋でニマニマして撫でていたら、ロベルト様の来訪の知らせが届いた。
私、まだ夕食食べていないのよ。早く用事が済むことを祈るしかない。
宿泊客用の夕食は鶏肉のコンフィと聞いたのだ。これを食べはぐる訳にはいかないよね。
(ロベルト様の用事が早く終わりますように…)




