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いい女

「警備隊で出世して、今の俺は第2部隊副長だ。…金も権力もそこそこ持っているぜ。だからまぁ、多少はお前の力になれると思う。それでも俺は平民だし、これ以上の出世は無理だろうがな。」


「すごいですね。色々な意味でディックさんが(うらや)ましいです。私なんかこうして、誰かに自分の意見を伝えるようになって、まだ一月(ひとつき)も経っていません。ですが、こうして誰かと対等に話が出来るというのはとても楽しいです。今が一番楽しいんです……だから、本当は今の生活を続けたいです。」


 私はディックさんの葡萄色の瞳を見て、しみじみと言っていた。

 そう、人の顔色を伺い、床ばかりを見ていた生活からまだ一月も経っていないのだ。

 そして今度は、貴族の思惑が渦巻く王宮で、王族の元で、上級貴族と共に仕えなければならない。悪意と嫉妬に(さら)されることだろう。


 一呼吸して言葉を重ねる。


「ディックさんから見ても、私は貴族とは見てすぐに判断がつかないでしょ。私は貴族として中途半端なんですよ。実際、平民として働くことが楽しいくらいです。そんな私でも貴族として教え込まれた心構えがあるんです。その心構えに反することが出来なくて…。」


 ディックさんは私の言葉を無言で聞き、私の言葉をじっと待ってくれた。

 一人の人間として扱われていると実感して胸が苦しい。


 言葉を重ねていけば、自分の頭の中が整理されていく。


「覚悟が決まりました。ここでの生活は続けたいですが、貴族として教え込まれたことをルーデンス殿下の元で果たしてきます。果たしてくれば、誰に咎められること無くアーシャになれると思うんです。」


「いい顔になったな。…そう、決めたんだな。好き勝手やっているようだが、あれでもルーデンス殿下達は優秀だ。ちゃんと考えてお前のことを使うって決めたんだと思うぞ。」


「ディックさんの話を聞いて思ったんですけど、やっぱり実力を持った人物は優遇されるってことですか?」


「そりゃ、そうだろ。俺の場合、警備隊でエライ人の命を守ったってことで上の階級に上がったってのもあるけどな。」


「それなら私もルーデンス殿下をお守りします。あっ、そうだ。ディックさん、私に護身術を教えてください。たぶん、私、色々危ないです。生きてここに戻って来たいんです。」


 ルーデンス殿下にとって私は使い勝手が良い駒となり、厄介払いもしやすい存在だ。いなくなっても探す有力な身内はいない。

 ルーデンス殿下の周りをうろつく目に付く女は殿下の寵愛をねらう令嬢が排除すべき存在となる。絶対目に付くよねえ。

 ルーデンス殿下を含むイケメン有力貴族に取り囲まれた女は愛人と思われることだろう。やっちゃっても良いんじゃねえ…なんて思われて襲われる事態は起きなくも無い。私を取り込んで殿下に近づくという手段も考えられる。

 ホントに私、偉いなあ。よくルーデンス殿下の元で働くって心を決めたよな。

 母さん、貴族って面倒くさいんだよ。庶民を私が選ぶの分かるでしょ。


 いつの間にか、私の手は止まっていた。

 ストールに幾つもの花びらが落ちている。


 ーポンポン

 私の頭が優しく叩かれた。


「えらいえらい。アーシャはいい女になるな。まあ、俺の好みとは違うがな。…俺の好みはこうセクシーでボボーン、キュウウ、プリンだからなあ。」


 (褒められている気がしない。すっごい久しぶりに褒められたはずなんだけど…)




 ◇◇◇


 何ていうかディックさんは面倒見が良かった。

 空いている時間を見て、私に護身術を教えてくれた。場所はいつもの警備隊前庭の桜の木の近く。


「アーシャ、お前はどんな風に身の守り方を教わったんだ?」

「身の危険を殿方から感じた時は、…股間を蹴り上げるように言われました。」


 ディックさんが私を可哀想な人を見る目で見て、ダメダメと首をフリフリする。


「それ、ダメだから。むしろ逆上して襲って来るから。」

「えっ。」

「狙うのは目とか首、関節。手の甲でもいい。自分で鍛えることが難しいところを引きちぎるつもりで攻撃しろ。足の甲なら思い切り踏みつけろ。ひるんだ隙に逃げろ。とにかく逃げろ。」


 ディックさんの講義は続く。

 私はここ警備隊でも身の危険に注意を払わなければいけないらしい。とっても男の気を引いているんだとか…幸いロベルト様の知り合いっていうこととボビルスさんの保護下であるということ、ディックさんが目にかけていることで守られているらしい。

 確かに男の人が圧倒的に多い。


「大体、お前はのんき過ぎる。自分への評価が低すぎる!」


 あー、ディックさんの私への言葉遣いがドンドン悪くなってきていますわ。

 実践と称して私にディックさんが抱きつく振りをする。護身術教わっている時、遠くからボビルスさんが見ているもんね。後が大変だから、振りだもんね。

 スッと身をかがめ、履いていた靴を手に取り、(すね)を靴でパコンと蹴る。

 イテテ、イテテと騒ぐディックさん。

 あはは、と笑う私。

 穏やかに時は過ぎていった。




 ◇◇◇




 食堂での仕事、護身術の練習、エメリーさんと子供達との癒やしの時間、刺繍、で5日間という短い時間はあっという間に過ぎていった。


 豪華な刺繍を施したスカーフは一枚1万Gで買い取ってもらえた。「これが王都で噂のものですか」と大層喜ばれた。地方で買い取れるほど数がまだ出回っていないようだった。二枚しか作れなかったのが残念。

 食堂の仕事で4万G。王都へ行く前の分と合わせた金額だ。前回は朝食だけだったし。食事食べているし、下働きなんだからこんなもんでしょ。

 …宿代と辻馬車代払って、ギルドでちょっと貯金下ろせば、何とか既製品ならシンプルなドレスが一着買えるかな。まだ、最終手段の指輪を換金するほどお金に困ってはいない。


 餞別として、ボビルスさん一家とディックさんにイニシャル入りのハンカチを渡す。

 毎回これくらいしか出来ない自分が残念だ。

 後は頭を下げてお礼を言うくらいしか、今の自分には出来ないのがもどかしい。

 もう少し時間があれば、食堂の手伝い以外に畑の手入れや繕い物だって出来たのに。どれも貴族の仕事では無いけれど。


 前回はこっそりと皇国警備隊を去ったけど、今回は大勢の見送りを受けている。朝早いのに警備隊士の方々もけっこういる。

 王都行き辻馬車乗り場まで事務官のマルチェさんが馬車で送ってくれることになっていた。ディックさんもなぜか同乗です。


「アーシャちゃんのいない食堂はさみしいよ。」

「アーシャちゃんのご飯は美味しかったよ。」

 えーと、私、直接食事は作っていません。

 私との別れを惜しむ声が多くかけられ、照れくさかった。ここで働いて本当に良かったと思う。めんどり亭のマスターにはホント感謝だわ。


「短い時間でしたが、お世話になりました。王都での仕事が済んだら、是非ともここで再び働かせてください。」


 警備隊の門の近くでユキヤナギが咲いていた。新緑の鮮やかさと小花の白さが目に焼き付く。身体にあたる風はもう冷たくは無い。

 私は大きく身体と頭を皆に向かって下げた。

 私はニコッと皆に安心感を与える微笑みを残した。

(私は大丈夫ですよ。)


 無骨な馬車に乗り込む。

 後ろは見ない。心残りが多く出来すぎたから。











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