桜の木の下で
ボビルスさん宅で王都での話をかいつまんでした。もちろん、言えないところは誤魔化して、ごめんなさいで通しました。
ルーデンス殿下に会ったことなんて言えるわけが無い。本当にごめんなさい。私にだって信じられなかったし。
そのまま、そんな私を責めるわけで無く、優しいボビルスさん夫妻のお言葉に甘えてお泊まりしました。
ランダとリリルはお土産のフルーツ味の飴に大層喜んでくれて何よりだわ。
そして子供達を寝かしつけ、大人はこれからの話し合い……ここクールデンには5日間しか居られないこと。再び王都へ戻らなくてはならないことを伝えた。
短い期間になるけど、私は再び皇国警備隊の食堂の手伝いをすることとなった。お針子にはなれないので、出来るだけ手伝いに入る。お金が必要なもので。宿泊は前回の処へ。
つかの間の日常へと戻ったのだ。クールデンにいる間は警備隊食堂お手伝いのアーシャなのだ。
◇◇◇
「うーん、疲れたぁ。」
私は大きく伸びをして、首を回した。
食堂での昼食の片付けが終わった後、皆が思い思いの休憩に入った時間、私は何時ぞやの警備隊前庭の桜の木の下にいる。
精神的疲労と違って、肉体的疲労は心地良い。
桜の木はもう満開を過ぎて、葉と花が入り交じり、ハラハラと白桃色の花びらを散らしていた。
花びらの雨を浴びながら、木の根元に座り、私は刺繍をしていた。
作品を見せてお針子として採用してもらうことは出来ないが、作品を買い取ってもらうためだ。少しでも当座のお金を増やしたい。どう考えても、王宮で働くとなれば支度にお金がかかる。だから休憩時間に刺繍をしているのだ。
情けないけど、いつの間にか「しょうが無い」とルーデンス殿下の言うことをきこうとしている自分がいた。
まだ王家に従い尽くしていないと自覚してしまったから。
貴族根性抜けていないってこと。
いつになるかわからないけど、平民になることは出来るようだし。
(それにあんまり反抗しているとサウザント家の印象が悪くなっちゃうしねぇ。)
私は肩をすくめ、ハァと溜息をついた。
今思えば、雲の上過ぎる人達相手だったから、私でもあんな強気な対応ができたのかも…と思う。この先も同じ態度で許されるかは不明だが…
首を上に向ければ、桜の木の葉花の隙間からはキラキラ眩しい春の日差しがこぼれている。
風もソヨソヨと穏やかで、絶好のお昼寝日和だ。しないけど。
私は再び針を持って刺繍枠に目を落とす。
春の日差しが人影によって遮られた。
ふと、顔を上げたら、目の前にはディックさんが立っていた。。
「よう、久しぶり。元気…じゃねえか…。」
「お久しぶりです。ディックさん。無事に王都から帰って来ましたよ。ほうら、こんなに元気です。」
俺は騙されねえよ、なんて舌打ちと共にちらっと聞こえた。
私はそんなディックさんにはかなわないと微笑んだ。
「王都で何があったか教えてくれないか? 相談に乗るぞ。」
うーん、ディックさんにこれ以上関わる気は無かったんだけどね。ルーデンス殿下に他言無用とも言われていないし…話してみるかな。
そういえば誰かに困り事を相談するなんて初めてかも。ちょっとドキドキしちゃう。
真面目な顔で、ディックさんは私の近くにドカッと座り込んだ。
私は刺繍を止め、自分の横に置き、話し始めた。
ーー話し始めれば、私の口からはツラツラと言葉が紡がれていった。
ルーデンス殿下の元で働くように言われたこと、猶予は10日しかないこと、また王都へ戻ること。
ああ、私、こんな風に誰かに隠し事無く話がしたかったんだな。
ディックさんは私が貴族であったことを知っている。まだ貴族だと知っている。でも彼は貴族では無い。
その彼に「王家に従い尽くさなければならない」私の気持ちは伝わるだろうか…
「俺もさぁ、学生の時にルーデンス殿下の元で働かないかって本人に打診されたんだぜ。」
「えっ…。」
「自分で言うのもなんだが、けっこう優秀だったんだ。俺んちは商家なんだが、護衛の奴に剣を教わって、試しに王都の高等士官学校を受けたら受かってしまってな。入ってからのクラスは違かったけど、平民で優秀な俺のこと聞きつけて、殿下は何かと声をかけてくれたんだ。まあ、やっかみの原因になるからありがた迷惑でしかなかったんだがな。俺は校則に明記されているからと、王族や上位貴族相手でも、敬語は殆ど使わなかったし、容赦しなかったし。そんな俺が面白かったのか、使えそうと思ったのか、学校卒業前の進路決定の頃、ルーデンス殿下の元で働かないかって打診が来たのさ。」
ディックさん、よくぞ貴族相手にそんな態度で、士官学校で生き延びましたね。…突っかかったのはロベルト様だけじゃないんでしょうねぇ。
とても商人出身には見えません。引き締まった身体に隙の無い身のこなし、どこから見ても騎士様です。
「そんなディックさんはどうして今、ルーデンス殿下の元にいないのですか?」
「ロベルト様とは昔っからソリがまったく合わないし、王族と上位貴族ばかりの場所は居心地悪いから断ったのさ。断ってすぐに警備隊に引っ張ってもらった。さすがに他に本決定していれば無理は言ってこなかったぜ。」
ディックさんは白い歯を見せてニカッと私に笑いかけた。
…はあ、そうですか。貴方は逃げ切ったんですね。




