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エデンバッハ邸

 再び馬車の中は無言に支配された。

 私に情報を渡さないようにしているのか。ロベルト様とランセル様は会話をしない。

 私の刺繍の邪魔をしないようにしているのか。私と視線を合わせない。


 それにしてもそろそろ何処かに止まらないかな。

 お腹空いた。

 お腹が鳴るのは年頃の娘として避けたい。


 一心不乱に刺繍を刺して、空腹を忘れるようにする。

 しかしお腹が鳴るのは止められなかった。


 ーーーグウゥキュルルゥ


 私は固まった。顔が赤くなったり青くなったりしているのが分かる。きゃい、恥ずかしい。恥ずかしい。


「…失礼いたしました。…」

「あー、気にしなくていいよ。昼食の時間取れなかったんだね。」

「次の休憩時間を長く取るから、そこで何か食事をとればいい。」


 私に恥をかかせないようにしてくれているのか、笑ったりは2人ともしなかった。紳士だね。

 ランセル様は「俺の携帯食だ。どうぞ。」なんて言ってチョコレートを私にくれたし。久々のチョコレートはとても甘く美味しかった。

 ほんのちょっとだけだけど、2人のことを見直したかもしれない。断じてチョコレートに誘惑されたわけではないと思いたい。


 次の休憩所ではお茶と共に軽食として卵と野菜のサンドイッチが出された。「はむっ。」と食せば卵がはみ出さんばかりのボリュームで大層有り難かった。立ち寄った村のおかみの手作り感満点だ。

 急に立ち寄った村には迷惑だったかもしれないが、私的には感謝しかない。


 馬車を護衛している騎馬は4頭。…ここまでして私を迎えに来ているとは。上級貴族2人が乗っている馬車の護衛だからこのくらいの人数は妥当と言うべきか。

 そしてそのまま護衛と共に馬車は王都へ入り、王宮の一角でランセル様は下車して、護衛も半分の2頭に減り、ロベルト様のお屋敷へ私は連れて行かれた。


 ◇◇◇


 王宮からほど近い上位貴族のお屋敷が建ち並ぶ一角の奥の奥にロベルト様の住むお屋敷、エデンバッハ家のお屋敷は建っていた。

 はあ、サウザント家のお屋敷の2倍? いや、3倍? の広さか。

 もう夜と言って良い時間なので、薄暗くてよく分からないが、広そうなことはよく分かる。

 気を抜くとポカンと口が開きそうだ。私は辺りを見回していた。


 馬車を降りれば、ズラリと並んだ執事侍女侍従のお出迎え。頭を下げられ、一糸乱れぬ姿に内心驚きながら、当たり前のような態度をとる私。

「貴族として振る舞え。」と事前にロベルト様に言われていたから。

 たぶん、これで良いのだろうとしか分からないけど。


 センスと質の良い調度品の数々、眼の肥えていない私でも分かる。洗練された仕草の召使い達。だてに何代も宰相を輩出している侯爵家ではないね。

 貴族にしては質素な服を着ている私を見下げることも無く、ロベルト様に「お客様だ。明日、皇子と謁見される。」と言われれば侍女達は何の疑問も無く私を丁重に扱う。

 入ったことも使ったことも無いほど豪華な客間に私は通された。


 付き添いを断り1人で入浴する。出れば新しいドレスが用意されていた。

 装飾の少ない淡い桜色のドレス。

(こんな愛らしい印象のドレス、私に着こなせるのかな?)

 侍女に香油を塗り込められ、髪を乾かし整えられて、化粧まで施され、気づけば年頃の可愛らしい少女が鏡の前に立っていた。


 案内されて向かった部屋にはロベルト様がすでに座っていた。

 ほう、ここで夕食ですか。

 他の家族がいないのは助かった。だって何て自己紹介すれば良いか分からないもん。


 夕食は素晴らしかった。

 ボビルスさんの作る食事が不味いわけではない。分野が違うと言えば良いかな。

 エデンバッハ家の料理人は細やかな気配りの料理をしていたのだ。繊細な包丁さばきで野菜が華やかな宝石のように輝き、肉や魚は口の中で主張をしながら蕩けていく。ソースに至っては複雑すぎて私の舌では材料の判別が付かない。

 きっとロベルト様のために料理人が腕によりをかけたんだろうなあ。


 でも私とロベルト様、2人だけの夕食。…ほぼ無言。

 私には居心地の悪かったサウザント家の食事の時でも、もう少し会話はあったんだけどなあ。せめて美味しいという気持ちを共有したいものだけど。

 上位貴族になるほど家での食事の時の会話は減るのだろうか?

 ワイワイと賑やかな警備隊の食堂に慣れつつあった私には、この食堂は寂しいかぎり。

 ちょっとくらい話しても良いよね。どうせ後数回しかロベルト様と一緒の食事なんてしないだろうし。マナーはチャンとしているのだから。


「すごく美味しいお食事ですね。こんなに繊細な料理を頂けて大変嬉しいです。」


 私は給仕をしていた男性に微笑んだ。

 彼はちょっとビックリした後、直ぐさま佇まいを元通りに戻し、「お褒め頂き、料理人一同光栄です。」と返答した。


「それなりの料理人をそれなりの給料で雇っているんだから、旨くて当たり前だ。」

(ロベルト様なら言うと思った。)


 後数回の食事だけど、私は美味しかったとチャンと伝えよう。

 誰かのために想いを尽くした仕事は、それが伝わった時に五感を刺激し、感動は倍増するってことを私は知っているのだから。



 ◇◇◇



 フカフカの布団に包まれ夢も見ないくらいグッスリと私は眠った。

 馬車でかなり緊張していたようだ。

 身体が覚えてしまったのか日の出前に目覚めた。ここはもう一度寝なくちゃね。

 気力体力満タンにしておかないと、第三皇子に対抗出来ないもん。


 二度寝して再度目覚めると、黒髪おかっぱのウイッグと新緑色のスレンダーなロングドレスが部屋に用意されていた。

(うわぁ、こんなドレスも着たこと無いよ。)


 いよいよ今日は、第三皇子と対面ね。

 思わず顔がにやける。強敵を前に笑うことが出来る自分を褒めよう。

 身支度が整って鏡を見れば、年齢不詳の才女と言わんばかりの女が居た。

 ドアがノックされる。


 さあ、戦いの場へと(おもむ)きましょうか。









すみません。響きが良いのでアデンバッハからエデンバッハに変わってしまいました…orz

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