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書状

 前庭から戻る私達の姿を見た隊士達が「何事か」とどんどん集まってくる。

 そうだよね。

 笛を吹いてまで来訪を皆に知らしめたロベルト様を伴って、私が歩いているんだから。更に不機嫌顔のディックさんも一緒だし。

 食堂の看板娘アーシャちゃんが認知されつつあったのに、ロベルト様と知り合いの訳ありっぽい娘に認定されちゃったんだろうな。


 元貴族アーシャマリア嬢の顔が剥がれて、アーシャマリア嬢の顔でうつむきたくなる…


「上位貴族がなんだってアーシャちゃんと一緒にいるんだ。」

「あの子に何かするんだったら、俺たちが只じゃおかねえぞ。」

「ええっ、ロベルト様の知り合いなのか?」

「アーシャちゃんに誰かが会いに来たって!」


 隊士は集まって来たものの一定の距離からは近づいてこないで、ガヤガヤと話をしている。遠巻きに私達を見ている。



 面会室のある建物の前にはボビルスさんと舞踏会でお会いしたランセル様が待ち構えていた。


「アーシャ、大丈夫か?」

「はい。ボビルスさんを始め皇国警備隊の皆さんにご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。」


 私は頭を下げるしかない。

 …面倒な奴だからもう知らんなんて放り出さないでください、と心の中で祈った。


「迷惑だなんて思っていないさ。何だか訳ありって分かっていて雇ったんだからな。出来るだけ力になる。」


 ボビルスさんはフンと身体をのけぞらしてガハと笑うと私の頭をポンポンと叩いた。

 ーあぁ、なんて頼もしい人なんだろう。ちょっと子供扱いされている気もしなく無いけどね。

 ちょっぴり元気出た。


「ロベルト、面会の手続きを俺に任せて行くなよ。」

「ランセル、ありがとう。おかげですぐ彼女に会えた。」


「ごきげんよう、ランセル様。」


 仕方ない。貴族の礼をとる。

 ディックさんとロベルト様達は知り合いのようだ。



 ロベルト様との話し合いには面会室を使おうと思っていたが、事務局員さんに案内されたのはもっと上等の調度品の並ぶ応接室であった。そりゃそうだよね、ロベルト様にランセル様、2人も上位貴族が訪問して来たんだもんね。

 何があるのか見届けるぞといった様子のディックさんは応接室の入口のドアにもたれかかっている。

 ロベルトさんはさすがにこの部屋には入れない。事務局で話し合いが終わるのを待っていてくれる。


 事務局員さんがお茶のセットを持ってきてくれた。

 私がお茶を淹れた方が上手く淹れられると思うので受け取る。


「あまり部外者には聞かれたくない話をすると思うのですけど。ディックさんが在室していて良いのですか?」


「構わない。今日は貴方にルーデンス殿下からの書状を持ってきたのだから。」


 お茶を淹れていた私の手が止まる。

 書状?!


 …嫌な予感しかしない。わざと不味いお茶を淹れてやろうかしら。いやいや、それは私のプライドが許さない。ドルシエ先生直伝の極上のお茶を淹れてやるわよ。


 お茶をロベルト様とランセル様の前に置き、私は2人の正面の席に座る。

 ディックさんの分のお茶を私の座った席の隣りに置けば、ディックさんも隣りに腰掛けた。


「茶が旨いな。」

「そうだね。」


 当たり前のように上位貴族のお二人はお茶を啜る。

 私もお茶を手に取った。うん、良い香りが出たね。味もまろやか良い感じ。

 事務局員さんはお茶菓子は持って来てくれなかった。無かったのか、上位貴族の2人を早く帰すためか。残念。


 ひとときの沈黙の後、フッと息を漏らし、ロベルト様は私へ1通の書状をスッと差し出した。

 受け取って裏を見れば、封蝋(ふうろう)に王家の印璽(いんじ)()されている。


 覚悟を決めて封をきる。


『アーシャマリア オルグ デュ サウザント殿   

 貴殿との面談を希望する。

 この書状を貴殿に渡した者と共に王宮に参じて欲しいと思う。

 ルーデンス アルフレッド ジョルイン エーメレ デュ ポンド エフェルナンド      』


 あー、本物ね。何だか長ったらしい名前のサインがウネウネ書いてあるわ。

 ルーデンス殿下の希望はイコール命令って事くらい、私でも分かる。ようは、ロベルト様の「王宮への招待」をはぐらかしたり、言わせないようにしていたつけがここへ来てこうなったと…出向命令よね。


「大丈夫か」とディックさんの視線が言っている。

 私は固まっていた身体を動かして、文書をディックさんに見せた。この内容なら見せても問題ないだろう。


 受け取り、文章を読んだディックさんの眉間にシワが寄った。


「あんたは貴族なのか? 何で呼び出されているんだ? 大体こいつらに関わったって碌な事にはならないだろう。」

「元貴族です。もう、貴族界には関わりたくないのですが。何故か私をロベルト様はルーデンス殿下に会わせようとしているのですよ。あと、ディックさん、私が元貴族ということは他言無用でお願いします。」


 私はディックさんの眼をしかと見て確認を取った。

 それまで黙って様子を見ていたロベルト様が口を開く。


「アーシャマリア殿はまだ仮平民だ。貴族戸籍は抜かれていない。そのことを理解していた方が良い。」


「えっ? 戸籍が抜かれていない? ロベルト様も知っていますよね。私、貴族戸籍課に申請したじゃないですか!」


 何事にも動じないアーシャマリアの仮面がアーシャの顔になる。自分でも顔色が悪くなっていると分かる。

 握りしめた両手が白くなっている。


「そのことも含め、ルーデンス殿下と面談して欲しい。明日の午後1時にクールデンを()つ。荷造りしておくように。明後日、ルーデンス殿下と面談となる。心しておくように。」

「おいおい、ロベルト、もう少し時間をかけて説明しても良いんじゃないか。」

「ダメだ。そんなことしていたら、この方はどんどん逃げて行くだけだ。決定事項をとっとと告げた方がいい。」


 それだけ言うとロベルト様はもう一口お茶を飲み、立ち上がる。

 口角をちょっとだけ上げて告げた。


「貴方の淹れたお茶はたいへん美味しかった。私はこれから木工ギルドに行ってくる。ではまた明日。逃げることは出来ませんよ。ランセル、では後ほど宿で。」


 ロベルト様退場。

 …何だか色々腹が立つんですけど。

 ディックさんも無言。


「あー、俺は警備隊の視察するから。ディック殿、案内してくれるか?」

「そんな気分になれん。事務のやつに声かけろ。」

「ああ、わかった。ええと、アーシャマリア嬢、不本意なことに巻き込んで悪いな。ルーデンス殿下に会わないことには終わらないから。とっとと会って納得させた方が良いぞ。」


「何を納得させるのですか?」

「あー、それも殿下に会うしかないな。悪い。詳しくは俺からは言えない。」


 私は退出するランセル様をボーッとソファに座って見ていた。

 身体から力が抜けて、立って見送りする気にもなれない。

 ドアが開いて再びドアが閉まる音をただ聞いていた。













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