表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/87

ちょっと昔のこと 3

多くの皆さんに読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます。

「アーシャマリア。」


 甲高い叱責の声と共に私の手の甲は細い指示棒で打たれた。

 家庭教師のドルシエ先生が怖い顔で私を見ている。

 幼い私はスープを音を立てないで飲むことが中々出来なかった。食事のマナーが完璧に出来るようになるまで、食事は学習室でドルシエ先生の監視の下で摂っていた。


 ドルシエ先生…サウザント家の家庭教師として彼女は自分の役割をキチンとこなす公正な人だった。

 キチンとしているが故に幼い子供に対しても指導は厳しいものであったが。私には殊更厳しく感じたけど。

 焦げ茶色の髪を一つにまとめ、質のよい簡素なロングスカートをまとった、母よりもフローレ様よりも年上の近寄りがたい雰囲気を持つ人であった。

 彼女の指導でできないことは3回までは見逃されたが、それ以上になると指示棒で身体のどこかを打たれる。打たれたからってすぐにできるようになるものではないんだけど。まして逆らうなんて無理無理。

 大きくなって侍女が、ドルシエ先生のことを没落した裕福な男爵家の娘とうわさしていたのを聞いたことがある。まあ、私には関係ないけどね。



 私がお屋敷に呼ばれて「貴族としての教養」を勉強するのは学習室。余計なものは見当たらないが広い部屋であった。

 シンプルな机4台を一つの島にした場所が座学の場所。猫足のソファとテーブルでティータイムマナーの練習…ようは美味しい紅茶の淹れ方を覚えるってこと。空いているスペースの一部は板張りの床でダンスのステップを踏むことができた。


 座学の場所なのに、私は8歳くらいまでお屋敷にいるときは学習室の机で食事を摂っていた。5歳を過ぎた頃にはお兄様もお姉様もこの部屋にはいなかった。

 今思えば、ここでの食事はドルシエ先生の叱責さえなければ十分にくつろげる時間だった。侍女がカートで食事を学習室に持ってきた後は、自分たちで給仕し、カトラリーを並べ、食材について知識を深め、味わう。気の利いた会話や団らんとは無縁であったが食事の味はちゃんと美味しく感じた。

 先生がちゃんと食事のマナーを身に付けたと判断されてからは、家族(?!)と食堂で食事を摂る羽目になってしまい、たいそう食事が美味しくなくなってしまった。

 いくら高級食材や吟味された食材で一流のシェフが調理していても、私はほぼ無視されているから。


 一番美味しいのは母が作ってくれた食事を母と食べること。幾つになってもこれは変わらない。


 私がした座学と言えば、初めは字を覚えること。それから主に書き取り。

 字が読めるようになってからは、お屋敷で1人で過ごす夜が少しだけ怖くなくなった。けっこうな蔵書を誇るお屋敷の図書室で絵本を借りたからだ。3歳でいきなり夜1人で寝るのは怖くて怖くて、布団を頭からかぶって歌を歌っていたものだ。いくらベッドがフカフカで寝具が清潔であってもね。母と同じベッドでずっと寝ていたんだもの。人恋しくて泣きたいけど、泣いたらきっとすごく怒られると思ってできなかった。素直に感情を表せないのはこの頃のトラウマじゃないかってホント思うよ。


 座学はお兄様やお姉様と比べると全然時間が少なくて、私がトコトン覚えさせられたのは貴族年鑑まるごと一冊。

 貴族年鑑はこの国の貴族に関して丸々載っている辞典のようなもの。千ページくらいある。貴族戸籍に載っている人物について、名前は勿論、髪と目の色、際だった特徴や功績まで載っている。王族なんて似顔絵まで描いてある。さらに王族の家系図だけで15ページ、主要家の縁戚関係図なんてのも載っている。

 ちなみに私もちゃんと載っているのだ。名前と金茶色の髪と目って。たった1行だけど。母の名が空欄てのが腹立つよね。

 この貴族年鑑は毎年新しいのが刊行されて、いつまでたっても暇さえあればドルシエ先生に色々質問されるから、「私の愛読書は貴族年鑑です。」て言えるくらい読み込んでる。答えられなければ勿論指示棒で…

 なんでドルシエ先生はこればっかり私に読ませたのかなあ。


 あと学習室でよく勉強したのがダンス。庶民がする踊りとは全然ちがう。

 まず姿勢が良くないとダメ。何時間頭に本を載せて立っていたことか。お姉様達に意地悪されて、本を落としてはドルシエ先生に指示棒で打たれた。

 そしてお姉様達のお下がりのドレスを着て、ハイヒールを履いて、にこやかにステップの練習。

 私が舞踏会に招待されることなんて無いのにって思っていたけど、ドルシア先生には逆らえず。新しいステップが流行ればすぐにマスターするように教えられ、まあダンスは嫌いではなかったからちゃんと覚えましたよ。ついでに愛想笑いもマスターしました。自分でも身のこなしは軽やかだと思う。


 学習室でお茶を煎れるのもほとんど私だったので、これもちゃんと上手くなりました。お嬢様付きメイドで就職できそうなくらいにね。

 母との生活ではお茶なんて高級な贅沢品はめったに飲めなかった。でも品質が劣化した茶葉は時々もらって帰って美味しくいただきました。



 貴族の教養、これが何の役にたつのか?

 貴族としての責務…学習はした。領地を治め、領民のお手本となる。国のために奉仕する。自分がそういうものに携わるとは全く思えない。結婚? 自分が望まれるとは思えない。

 私には貴族のプライドは全く育たなかった。半分しか貴族の血を持たないために、生粋の貴族である家族から見下げられ、お屋敷で働く者からも疎まれていてはプライドなんて育つわけが無い。庶民である自覚ばかりが育っているのに、貴族の振る舞いだけはできるちぐはぐな私。


 庶民である母が大好きな私には、貴族であることの意義は見いだせていなかった。






説明ばかりで長くなって申し訳ないです。次話は楽しい話にしたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ