新たな出会い
日の出前に早起きして食堂の手伝いに来ている。
早朝はまだ何となく肌寒い。
昨日、あれからボビルスさんと皇国警備隊クールデン駐屯地事務局って所に行って、「警備隊出入り許可証」ってのを発行してもらった。
ボビルスさんと面会したのは建物入って左の小部屋だったけど、玄関入ってガランガラン、チインチインの後に正面の部屋へ行ったのだ。
「俺が雇うって決めたんだから、早く許可証を発行しろ。」
なあんてボビルスさんが凄んだけど、警備隊なんてとこだから身元不明な小娘に「ああ、そうですか。」なんてスンナリ許可証を発行するわけもなく…伝家の宝刀いやサウザント家の紹介状を私が見せることで許可証は発行されたのだった。それにしてもボビルスさん、隊士さん相手になんとも強気なお言葉。けっこうな強者と見ましたぞ。
今朝は目の前で門番さんの槍がガキィンとされることもなく、許可証を提示することでスンナリと門を通ることができた。
それでも私が許可されて入れる場所は、門正面の建物の1階と食堂、前庭と呼ばれる部分だけ。まあ、他は用無いだろうし、問題ない。
「おはようございます。」
「おー、おはよう。」「うぃーっす。」「おう。」
あちこちから挨拶が返される。夕食の時より働いている人は少ないようだ。
7時から食堂は開くので、効率よく動かないといけない。時間が無い。それぞれ皆パンをこねたり、お湯を沸かしたり自分の分担をこなしている。
包丁の扱いが下手な私は専ら野菜や食器の洗いをする。
厨房の中で作業しながら、朝食を食べに来た隊士さんに挨拶をする。
ボーッと半寝ぼけで来る人もいれば、すでに早朝訓練やら自主練でもして来たのか体から湯気を出している人もいる。朝からご苦労様なことです。
ここの食堂は基本セルフサービスだ。お代わりも出来る。パンと卵料理、ハム、サラダ、果物、スープが並んでいる。
スープのお代わりを私がお椀にすくって渡せば驚かれた。
「えっ、君、朝もいるの?」
「おぉ、今日一日頑張れそうだあ。」
「飯がうまい!」
私なんかと会うだけで、一日良い気分でいられると言ってくださってこっちこそ有り難いわ。
(皆さん、意外と口がお上手よね。)
「アーシャ、ニコニコしてろ。そうすりゃ、皆の食べる量が増えるってもんだ。」
「は、はぁ。」
逆に私の何かが減って行く気がするんですけど。無料で食事させてもらう私は口答え出来ません。
◇◇◇
朝夕は一生懸命食堂の仕事して、昼間はスカーフの刺繍をする。合間にボビルスさんの家に行ったりして、私は新しい生活を満喫していた。
私を見下したり、さげすむ者はいない。
むしろ好意的にしてくれる方が多い。
無視されることはなく、やたら声をかけられている。
きっと私の存在が物珍しいのだろう。親切にされたらちゃんと返さなくちゃね。きちんと仕事することが今の私に出来ることだわ。
ちょっとズレた思考をしていた私を生暖かい目でボビルスさんが見つめていたことを私は知らない。
◇◇◇
3日程して、食堂の雑用仕事に慣れてきた頃、刺繍の図案を考えるために警備隊の前庭を散策することが増えた。
緑濃い芝生の奥には色々な植物や木々が植わっていたのだ。日当たりも良く、ただ散歩するだけでも気持ちいい。
その中の一本、初めて警備隊に来た日に面会待ちの時に見えた桜の木。
その木の蕾がようやくほころび始めたのだ。
遠目に見ると白かった輪郭が、今ではうっすら桃色に染まっている。近くで見ればまだまだ白い蕾ばかりだ。
しかし、よく見ればチラホラと桜の花は咲いている。
私は手に持ったスケッチ帳に花や蕾の姿を写し取っていく。一番キレイな姿を残したいと思って。
何とか見える一番低い枝を見るために背伸びをして一心にスケッチしていた。
「何をしている?」
その思わず背筋が伸びるようなゾクゾクくる美声の低音は私の頭上後方からした。
貴族の娘ならしない仕草、のけぞって空を見上げれば、うっすら白い桜の枝をバックに人がいる。…花びらが散っていたらすごく似合いそうだな。
本来女の人に使う濡羽色がピッタリな短髪。切れ長な目の瞳は濃い紫色、葡萄酒色だ。形の良い眉が怒った形を作っている。…私のこと不審者って見ている?
サッと姿勢を正し、彼の人の正面に立つ。
端正という言葉がピッタリな若いけど偉そうな隊士さんが居た。大きな徽章に金モールもフッサフサだわ。初めて会う方ね。
私はスケッチ帳に描いたページを見せつつ、説明する。
「刺繍につかう図案の参考にするために桜をスケッチしていました。私はアーシャ オルグと言います。食堂で3日前から働かせてもらっています。今は自由時間なのでスケッチしていました。」
「俺はここクールデン警備隊第2部隊副長のディック エイゴルンだ。初めて会うな。ディックって呼んでくれ。よろしく頼む。」
お顔立ちから貴族かな?と思ったけど、頭の中でめくった貴族年鑑にエイゴルン家は存在しない。貴族でないのに部隊の副長とは腕がたつのだろう。頭も切れるに違いない。だってこの眼の鋭さ、ロベルト様並みだもん。
私はニコッと笑って「こちらこそ、よろしくお願いします。」とお辞儀した。
二人が顔を見合わせた直後、あちこちから聞こえてきたのはピィーッという甲高い笛の音。至る所から聞こえる。
「予定外のお客さんか…」
ディックさんいやディック様が舌打ちして呟いた。




