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新天地クールデン

 気が付けば、考えているうちに寝落ちしてしまったようで、アッという間に朝だった。まだ夜明けくらいか。

 早起きして洗濯する必要も無いのでそのまま二度寝する。二度寝なんて何年ぶり?

「あー、なんか贅沢。お嬢様みたい。」


 再び目覚め、身支度を整えて、階下の食堂へと足を向ける。

 朝は宿泊客にしか食事を出していないようだった。

 マスターが朝食を作り、幾人かの男の人が雑務をこなしている。


 私は焼きたてのパンと野菜のたくさん入ったコンソメスープ、目玉焼きの載ったトレーを受け取り、皆から離れたカウンターの席に座った。

(うん、いい薫り。)

 めんどり亭は結構繁盛しているようで、いきなり来て泊まれた私は運が良かった。

 美味しい食事に安心して宿泊できる点で人気があるのだろう。

 私が王都に来たときは利用したいと思う。


「アーシャちゃん、おはよう。」


 背中から声がかかった。エイダさんだ。今日もツヤツヤの黒髪が美しい。昨日の下ろしたままのストレートヘアも色っぽかったけど、腰まである黒髪を一つにまとめてあって、頼りがいのありそうなお姉さん然している。


「おはようございます。エイダさん。」


 食事の手を止めて、頭を下げる。椅子に座ったままでは失礼か、と思ったが、周りで立って挨拶している様子が無いので、良しとする。まだ庶民の作法の加減がよく分からない。


「食事中にごめんね。はい、これ。」


 目の前に置かれたのは一通の封筒。思わずエイダさんを見遣る。

 そこに居るのはニコニコ顔のエイダさん。


「これの宛先はマスターのお兄さんなの。クールデンに住んでいるのよ。アーシャちゃん、知り合い居ないって言っていたでしょ。警備隊の食堂長をしている人で、保証人になってくれるようにって書いてある。マスターが書いてくれたの。警備隊の近くに住むと良いんじゃないかな。ぜひ頼って行って。」


 戸惑って見渡し、マスターと眼が合う。

 うん、うんと頷くマスターの姿。


「えっ、でも。ここまでしてもらう訳には…。」

「これは私達がしたいからしているだけ。気にしないで。気になるなら、王都に来たときは必ずここへ泊まってね。あとは私からの忠告。もっと砕けた話し方をすること。優しすぎる男には注意すること。嫉妬する女は無視すること。」


 それだけダーッと言うとエイダさんは手をヒラヒラと振って自分の仕事へと戻って行った。



 助かったと言うべきか…

 マスターとエイダさんの後ろ姿に向かいソッとお辞儀をする。


 昨日の話を聞いて、安全な居場所を確保するためには、父の紹介状をさっそく使わなくてはならないかと思っていたところだ。

 出来るなら完全に平民、庶民と言える場で生活がしたい。貴族を忘れて暮らしたいから。


 そう、確かにクールデンには皇国警備隊が駐屯している。

 北に広がる大きな深い森は林業の要となっているが、同時に森の端は隣国ネブランシアとの境界の険しい岩山につながっている。そのため深い森に棲む獣(これは滅多に人里には近づかないが)や密入国者(ならず者や密輸人がたまに来る)にすぐに対応できるようにしているのだ。


 ここの宿と同じように考えれば、警備隊の近くに住むってのは防犯面で安心だよね。

 父からのお金だけではひと月も持たない。だから無くなる前に収入源を確保しなくてはならない。希望はお針子だけど、お針子だけでは満足な収入は望めないと思う。どこからも仕事を得られなかった時はマスターのお兄さんの食堂で使ってくれたら助かるけど。…そこまで頼っちゃいけないよね。


(自立、自立。まずはクールデンで商業ギルドへ行って仕事探しだわ。)


 私は朝食を食べ終わると、マスターに会計をお願いして、紹介状のお礼を言い、そそくさとめんどり亭を後にすることにした。



 ◇◇◇



 めんどり亭の正面から出ていくと、衛士詰め所の前を嫌でも通ることになるので、衛士の皆さんにお会いしないように裏口からでる。

 悪い人達ではなさそうなんだけどねえ。

 自意識過剰かとも思うけど、昨日のウェラー隊長の様子だと私の行き先を絶対把握しようとしていると思うので、避ける。調べられて分かるのと、自分からバラすようなことするのでは気分が違うもんね。


 再び黒いカバン2つを持って、エイダさんの書いた辻馬車乗り場までの地図をたどって行く。昨日、馬車で連れて来られたが、歩いても大した距離では無かった。

 幸い付近に、私を監視するロベルト様のお屋敷の者らしき姿も見えない。

 丁度色々な方面へ向かう辻馬車が集合している時間であった。私以外にも大きなカバンを持っている人がウロウロしている。


 受付でチケットを買い、クールデン行きのくすんだ灰茶色の幌を持つ辻馬車に私は乗り込んだ。

 大きなカバンを持ちヨロヨロと乗り込む私を引き上げてくれる人もいる。短い時間でも互いに親切にできる人が同乗しているのは有り難い。

 程なくして辻馬車は満席となり、出発した。


 うーん。この馬車、今まで乗ったどの馬車よりもお尻に振動が来ているかもしれない。


 振動の変化で辻馬車が王都を出たことが分かる。馬の奏でるリズムも心なしか軽快に感じる。

 辻馬車の後方を覆っていた幌の一画をちょっとだけめくって外を見た。

 ぐるーっとつながる外壁が見える。

(あれが王都の外壁ね。収穫祭でハウプトへ行った時見た以来だわ。)

 もっと何か込み上げて来るかと思ったけど、ない。そんなもんかと思う。私が執着するものは王都には無いってこと。


 王都の外の街道を辻馬車はひたすら進んで行く。空は明るいが、西北へ向かうせいか心なしか空気が冷たく感じる。王都はマグノリアが咲く初春だが、クールデンはまだつぼみが堅そうだ。


 4時間ほど馬車に揺られ、目的地のクールデンに到着した。

 まったく知らない土地に来たせいかドキドキする。身体にまとわりつく空気感が違う。

 街の入り口近くの広場で馬車から降りる。

 思わず深呼吸する。緑が多いせいか、空気がおいしい。

 冷たい外気にさらされたせいか、私の頬はうっすらと赤く染まっていた。


 林業主体の街だからか、辺りの建物はログハウスのような外観か赤いレンガ積みであった。緑色の街路樹も多い。

 なんか全体的に可愛らしい街だ。好きになれそう。


(おーっし、最初の行き先は皇国警備隊だね!)


 カバンを両手に握り直して、眼をキラキラさせて私は歩き出した。








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