めんどり亭
私の一番嫌いな「権力を笠に着て、自分の思い通りにことを運ぼうとする貴族」が目の前にいる。
何で狭い馬車の中でそんな奴と一緒に居なくちゃいけないのか。
(いくら私が危なっかしいからって、強制的に連れ出すことないじゃない。だから上級貴族って関わりたくないのよ。)
幸いちょっと馬車が走っただけで、すぐに何処かに止まった。
ロベルト様にうながされて馬車を降りてみれば、目の前の2階建ての建物には『エフェルナンド皇国衛士第2詰め所』と木の看板が掲げてある。
街の治安を守る衛士が私に何か関係あるのだろうか?
怪訝そうにしている私をロベルト様は「こっちへ。」と呼ぶ。
呼ばれた先は衛士の詰め所ではなく、すぐ側の木造のこじんまりした宿屋。入り口には赤いのれんが掛かっている。『めんどり亭』は一階が食堂になっていて、詰め所の衛士も食事に来るようだ。
「いくら何でも、ここの宿屋を襲おうとする奴はめったにいない。泊まるならここにしろ。…まったくサウザント家がいきなり世間知らずを放り出すから…」
はあ、ロベルト様、私に気をつかってくれたんだ。後半何か呟いていたが、まあいいや。
ロベルト様はいつの間にか、最初の宿屋で払ったお金を返金させたようで、私にお金を渡してくれた。
うなずいた私を見て、めんどり亭のマスターに声をかけてくれた。
代金は最初の宿屋の半分よりちょっと多いくらい。確かに最初の所は「お金を持っている人」が泊まる場所なのかも。
(取りあえずお礼言うかな。)
「ご心配おかけしました。ここへ連れてきていただきありがとうございます。」
「私も少々強引だった。その点は謝罪する。」
(上からの物言いだけど、謝ること出来るじゃない。)
「何やら私のことを色々知っているような点に関しては、今後私に関与しないことで見逃させていただきます。」
「あ、いや、関与しない訳にはいかない。アーシャマリア嬢のことは少し調べさせてもらっていたのだ。今朝も貴族戸籍課から後をつけていた。それで見かねて…ゴニョゴニョ。」
私の目がスーッと細くなる。
へえぇ、後をつけていたねぇ。調べていたねえ。ここ、すぐ側が衛士の詰め所だよねえ。大勢居るんだよねえ。
黙っていればよいものを。詰めが甘いわね。
どうせ家の者を使ったんでしょ。それ調査対象に言っちゃダメでしょ。
ロベルト様の琥珀色の瞳が所在なさげ揺れている。
私の冷めた様子にロベルト様の危険察知レーダーが反応したようで。早々用件を済まそうと動いた。
「一週間後に王宮の第三皇子ルーデンス殿下のもとに招待したいのだが「お断りします。」」
もう令嬢のマナーは必要ない。
きっぱり断る。ニコッと笑顔で。
ストーカーに関わっちゃいけない。上級貴族や王族は鬼門だ。嫌な予感しかロベルト様からはしないし。
ガバッと荷物を受け取る。
「ありがとうございました。」
私はスタスタと宿屋のカウンターへ行って、マスターから部屋のキーを受け取った。さっさと2階へ向かうとしよう。
磨き上げられた階段の手すりが良い感じだわ。
めんどり亭のマスターはあまり貴族とか気にしない方のようで、見るからに貴族然としたロベルト様に気後れする様子もなく、シッシと追い払うような仕草をしてくれた。
確かに良い宿屋である。
◇◇◇
めんどり亭の2階、一番端が私の今晩の宿だ。ベッドとサイドテーブルしか家具は無い。あとは壁に洋服とかを掛けるためのフックがあるだけ。
部屋に入って鍵をかけ、私はすぐにベッドに潜り込んでしまった。
お腹はすごく空いていたけど、精神的にもうダメージ大でして。
一眠りして、何やら騒がしい気配とお腹の虫が催促するような美味しそうな薫りで目が覚めた。
「ここの一階、食堂だっけ。」
私のモットーはご飯をチャンと食べること。食事はキチンと食べること。
まったく誰かさんのせいで一食抜いちゃったじゃないの。
まあ、今後は三食食べられる保証は無いけど。
そっと階下を伺うようにして階段を降りる。
仕事帰りなのか勤務の合間に来ているのか、衛士の方が大勢いる。
衛士の制服は紺色のジャケットとズボン。袖口には赤いライン。首には赤いスカーフ。スカーフの結び方はまちまちで、細い紐状の人もいるし、ネクタイの様にしている人もいる。そして同じく紺色のテンガロンハット。
騎士様も近衛隊士も素敵だけど、街を守る衛士は身近な憧れ対象だ。
その衛士がたくさん居る。
こんな店があったんだ。
一般の人も入り交じっていて、感じがいい店だ。
お酒を飲んでいる人もいるが、食事中心の店のようだし。ウエイトレスの女の人がさばけた感じで対応しているので、良くも悪くも変な色気は店内にない。
これなら私が混ざっても大丈夫だろう。
「マスター、私にも何かお勧めの食事をください。」
そう言って、カウンターの一番目立たない隅に座る。
ちょっと待っていたら、岩塩を擦り込んだ地鶏の炭焼きと油で素揚げしたジャガイモが目の前に差し出された。すごく香りが良い。
空きっ腹にはシンプルな料理がグッと染み渡る。
「美味しい!」
一気に半分以上食べてしまった。思わず両手を頬に当ててしまったくらい。
貴族界で無くても、美味しい物には出会える。それが嬉しい。
元気がでた。
そう、私は成人したんだ。今日は誕生日だったじゃない。笑って一日を終わろう。
「おめでとう。私。」
小声で自分に乾杯。水の入ったグラスをちょっとだけ上に掲げた。
こーんなに色々あったというのに誰もアーシャマリアに「お誕生日おめでとう。」や「成人おめでとう。」を言っていないんですよ。
ううーん、言ってあげたかった orz




